第27話 罠にかかったウサギたち(ダンジョン突入編③)

【アンバーSide】


「シュウさん、遅いですね」

「まあアイツのことだから腹を空かせて食料の調達をしてるのかしらね」

「食いしん坊のミミさんもいますしね」


 テイルがお上品にしゃがみ、地面に敷いたハンカチに腰を下ろし、心からシュウの心配をしている。


 彼女は心から優しい子だと思っているらしいけど、わたくしが考えてる感覚とは違うようね。


 もしやシュウのことを好いてるのかしら。

 男というより、仲の良い友達としてね。


「そのうちひょこっと顔を出すわよ。それに彼はこの国最強の魔法戦士でもあるのだから」


 そうよ、彼はこの程度で倒されるような弱い人間じゃない。

 レベルはカンストだし、唯一の攻撃魔法のファイアーボールもとてつもない破壊力。

 その魔法を初期魔法ゆえに簡単に操り、今まで色んな強敵を簡単に倒してみせた。


 シュウと出会った頃は、テイルにはプロのマジシャンと勘違いしてたみたいだけど。


「はいっ。アンバーさんってシュウさんのことをよくご存知ですね」

「まあ、あれだけわたくしの前であんなドラゴン騒ぎを起こしたらねえ」


 あの公園に出現した魔王の使い魔でもあるドラゴンさえもファイアーボール一発でやっつけたんだ。

 鋼鉄の肌も炎のブレスもなんてことなく。


「ドラゴンですか?」

「いや、こっちの話。それだけ彼は強いってことかしら」

「答えになっていませんよ?」


 むむっ、どう表現したらいいものか。

 わたくしは知り合いに教わったファンタジーのゲームから、このニホン島の異変も理解できるようになったけど、この子には耐性は無さそうだしね。


「……うーん、何ていうか、まあシュウと旅をしていたら嫌でも分かるわよ」

「そうですね」


 テイルが乾いた地面の土を指で触りながら主の帰りを待つ。


『──その彼が二度と戻らないとしたらどうするのかなあ』


 広々とした岩づくりの空間から女の声が拡声器の感じで反響する。


「誰だ、姿を現しな!」


 怯えるテイルから前に出たアンバーは、突然の声だけの存在に敵意を剥き出しにしていた。


「ああ、怖い目つきねえ。あの男のパーティーだけのことはあるわ」

「あ、あなたは!?」

「そうよ。あたしは妖魔団長のシスター=イサベラ。この時が来るのを待ってたわ」


 柱の影から出現した久々の登場である魔王軍の女幹部、シスター=イサベラ妖魔団長。

 年甲斐もなく、鎖骨のラインがはだけた派手な法衣でこちらにアピールをするが、同性のアンバーには効果がないようだ。


「何なのよ、あなたは魔王城に帰ったのではないですの」

「うーん、そうしたかったんだけど魔王様が留守でね、こんな封書が食卓のテーブルに置かれていてね」 


 わたくしは敵が投げてきた手紙を両手でキャッチし、中の文面を声に出して読む。 


「何なに……」


 ──親愛なるシスター=イサベラ。

 三つある幹部のメンバーにて、あなたが我が魔王軍の最後の団長。

 敵に倒された二人に変わって、お主の手であの魔法戦士の息を止めろ。

 そして暁には、その証拠として魔法戦士の首を持って帰ってくるのだ。


 手段はどんなに姑息でも構わない。

 お主の健闘を祈る──。


「──ということは所詮しょせん、魔王軍の飼い犬というわけか」

「犬となると、シュウさんの骨でも埋めるのですか?」

「違うわよ。この漫才コンビがー!!」

「きゃあああー!?」


 イサベラのヒステリーに身を縮めるアンバーたち。


『ガキイィィィーン!』


 その弱々しい部分に付け込んで攻撃を仕掛けたイサベラだったが、その蹴りに反応して見えない壁で防がれ、アンバーとテイルを守る。


「ななっ? この障壁は!?」


 驚いた、あの幹部が苦戦するほどの見えない鉄壁の障壁よ。

 どんだけ頑丈なのかしら。


「クッ、こんなバリアなんてあたしのフルパワーの力で!」


『キイィィィーン!!』


 イサベラがどれだけ攻撃を駆使してもビクともしない。

 どんな攻撃魔法も当てても同様の無効化であった。


「本当ビクともしないわね。この二人は魔法力は感じ取れないし、一般の人間かと思っていたけど、まさか?」

「そのまさかでございますよ」

「お、お前はあの!?」

「はい。巷では勇者リンクと呼ばれております」

「何だってえええー!?」


 わたくしたちの影にいたリンクがひょっこりと出てきて種明かしをする。

 突然の展開にイサベラはあっけにとられていた。


「お前は留守番をしているとあの魔法戦士から聞かされたんだけど?」

「はい、ちょっと前までは」


 イサベラがリンクに質問するが、彼は迷うことなく言葉を続ける。


「彼女らが携帯電話で教えて下さったのですよ。自らの身に危機が迫っていると」

「なっ……!?」

「ご存知でしょうか。最近の携帯は今居る場所を特定出来る機能も付いておりまして」

「そんなことはどうでもいいわ。何であたしが来ると思ったのよ。いくら電話でも通話するような時間も余裕もないはずよ!?」


 苛立ちで眉間にシワを寄せるイサベラ。

 アンバーはやって退けたとその場で勝者のポーズをする。

 ただのVサインだけどね。


「お馬鹿なオバちゃんねえ。全てはシュウの策なのよ」

「そうです。あなたは罠にかけたと見せて、逆にシュウさんの罠にかかったのですよ」

「何だって!?」

「詳しい説明はこうよ」


 ──シュウはダンジョンに入ってから、ミミのおかしな様子に気付いたの。

 それはダンジョンでミミがお手洗いを理由に別れた際だったわ。


 そこで再度合流したミミにシュウは色々とミミと話を交えてみたの。

 その中で日頃は言わないことを返したりして。


 彼女と会話を重ねるうちにシュウはとある疑問が気にかかった。


 レベルがそれほどない盗賊なのにシュウのポケットに穴があるのを知らせ、なおかつ落とした場所まで認識し、落ちた場所がモンスターが作ったバリアの中というのも矛盾してる。


 モンスターなんて、このフロアでは遭遇さえもしてないし、一人さえ中々通せないバリアに、スマホが入り込むなんて不可能だと。


 いつもは真っ赤になって黙り込む様子ではなく、シュウが溢した下ネタに関して、冗談に交えて同じ下ネタで返してくる部分とかもね。


「……クッ、ぬかったわね。あれに例えてブーブーはマズかったか」


 そこでシュウはスマホを探すついでにミミを連れていき、ミミに変装したあなたを追いやることにしたのよ。


 その時にわたくしとアンバーに普通に話しかけたと見せかけて、あるメッセージを残したの。


 一つはシュウが言った『豚骨鶏ガラスープ』と下がるというワードよ。


 豚骨鶏ガラスープは勇者リンクの大好物だけど、メインの麺がないからリンクをスマホで呼べという緊急事態の意味。


 二つ目のわたくしが答えた『下がるくらいましでしょ』とは、そのリンクがすぐに来れるように下手に動かず、ダンジョン内で密かに待機するという点。


 後はリンクから下がった状態で防御壁を発動してもらい、あなたを待ち伏せすればオッケーだったのよ。


「クッ……。全てはそちら側の策略ということね。見事に騙されたわ」


「でもね? これだけは言わせてもらうわ。もうあの魔法戦士は虫の息よ。あたしの相手をしてる暇なんてあるのかしら?」


 もう勝機もないはずなのに余裕をかますイサベラ。

 団長クラスだけに後にも引けず、ただのハッタリのつもりかしら。


「誰が何だって?」

「へっ!?」


 岩陰から登場したのは紛れもなくあの男だった。

 これにはイサベラも予想外だったらしく、シュウを見る視点が定まっていない。


「シュウさんっ!」

「もう遅いわよ」

「シュウ殿、お久しぶりです」


 多少、服装に乱れや破れがあるけど、大きな怪我はしてないみたいね。

 混乱に生じてやられたかと思ったのよ。

 あまりわたくしを心配させないでよ。


「それじゃあ、イサベラ。第二ラウンドといこうか!!」


 シュウが左右の手首を軽くほぐし、片腕を回しながら対象者を見据える。


 さあ、あんな女なんて、最強のファイアーボールで一撃必殺ですわ。

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