第26話 その奥に潜めた物(ダンジョン突入編②)


 ダンジョンの中を探索して、何時間が経過しただろうか。

 俺はスマホを出して時刻を確認しようとズボンのポケットに手を伸ばす。


「あれ?」


 しかし、ポケットの中にはなく、何度も手触りを確認する。

 いくら疲れて注意不足だといえ、ついさっきまでやっていた行為を忘れるなんて、あり得ない。


 俺はちょっと前までスマホを扱っていて、確かに入れた経験があるからだ。

 右手にもスマホを触っていて、ポケットに戻した感触も残っている。


 でもその端末はポケットにはない。


「おかしいなあ」

「どうかしたの、シュウくん」

「いや、俺のスマホが無いんだよ……」

「ポケットの底が破けてない?」

「えっ、破れてる?」


 俺はズボンを上から直視してポケットを見ると、確かに底の方がぱっくりと千切れている。

 そうか、やっぱり気のせいじゃなく落としていたんだな。


「しかし、ミミもよく分かったな。感心するぜ」

「えへへ。盗賊のスキルが役に立ったね」

「ああ、お前は凄いよ。伊達にこの世界で経験値を上げてるだけのことはあるぜ」

「ありがとー♪」


 見た目ほんわかでドジで、女の子らしい部分もあるミミだが、彼女は誰よりも負けない努力家な性格でもある。

 その裏の顔を見る人はほとんどないと

からに、この世界の学校でも汚れなき天使と噂されていた。

 俺がその彼女を知ったのも、この世界に来てからだった。


 俺が寝ている間も必死に筋力トレーニングをしていたり、この世界の言葉を辞典で勉強したり、夜間のモンスターを倒し、盗賊のスキルを上げたりと。


 それらの行為は夜中に偶然、トイレで目が覚めて知った行動だったが、あれから俺はミミをいっぱしの戦士と認め、何かがあったら守ってやろうと思っていた。


 さらに後から知ったのだが、盗賊の職の前には農民をやっていたらしく、そこからコツコツと小さな努力を重ねて、大きな夢だった盗賊になったとか。


 現在、農民から大きく出世したミミは業界から高く評価され、関係者からは盗賊きってのモデルケースとも言われているほどだ。


「……何というかミミには頭が上がらないな」

「えへへへ。そんなにいっぱい褒めても何も出ないよ」

「何だよ、天然ガスくらいなら出るだろ」

「もう乙女になんてこと言ってるのよ。ブヒー」

「あははっ。ウケるぜw」


 俺は動物の鳴き真似をするミミの洒落に爆笑し、再び元に考えを戻す。

 このまま脱線していても答えの駅にはたどり着けないからだ。


「……となるとどこかで落としたか。参ったな」

「そのスマホみたいのなら私が見つけたよ」


 ミミの即答に思わず首だけを回す俺。

 魔法戦士ともなれば奇怪な動きも可能だ。

 不思議な魔法を使うマジシャンだけに。


「えっ、どこで見たんだ!?」

「うーん、この部屋の隅だったかな」


 このフロアに落としたのか。

 だけど、これだけ静かなダンジョンなんだ。 

 床に落ちたら音がするはずだが、長旅の疲れからか、その音には気付かなかったのか。


「でもね、ちょうどモンスター除けのバリアがある場所にあるせいか、私の力じゃ取れないの」

「なるほどな。そこで俺の出番と言うわけか」

「うん。シュウくんならバリアなんて簡単に破れるよね」


 まあ、レベルカンストの魔法戦士でこれまたカンストのファイアーボールが使えるとなるとな。

 そこいらのモンスターが作ったバリアなど一瞬で消し飛ぶし、一発が駄目でも連発のファイアーボールで破壊できる。


 例え、自動修復が出来るバリアでも炎の玉で叩くだけ叩いて楽に壊せるのだ。

 初期魔法だから詠唱時間もほぼ0だしな。


「じゃあ、俺、少しパーティーから外れるから」

「えっ、シュウさん?」

「悪いなテイル。少しの間、アンバーと留守を頼む……。もしモンスターを見つけたら上手いこと逃げ切ってくれ」

「はっ、はいっ!!」


 テイルは眼鏡のふちを指で支えながら敬礼し、大きく頭を下げる。

 あのなあ、今から帰れない戦場に旅立つわけじゃないんだから。


「ちょっとわたくしには何も言うことないわけ?」

「豚骨鶏ガラスープ」


 俺の発言に怒りを露わにするアンバー。

 牛も加えた方がジューシーだったか。


「……そう、それがわたくしに対しての暴言。上等だわ」

「悪いな。時間がおしていて」

「下がるくらいましでしょ」

「ああ。大人しく待機してくれ」

「オッケー」


 アンバーが俺に片手を上げて、にこやかに白く整った歯を見せる。


「さあ、行こうか、ミミ」

「うんっ!!」


 俺はミミと横並びとなって、目的の場所へと少し足早に進んでいった──。


****


 ──歩き続けて10分くらいだろうか。

 前方に鏡のように反射する壁が見える。


 その大きな壁は透明で先の道が筒抜けになっていて、すぐ向こう側に長方形の黒い固まりが転がっている。


(あれは間違いなく、俺のスマホだ!!)


「ちょっとシュウくん!?」


 意を決した俺はミミの静止も聞かずに、壁に向かって走り出す。

 そしてぶつかるのと同時に炎の魔法で勢いをつけた片足で壁を大きく蹴りあげた。


『バリィィィーン!!』


 派手な粉砕音を立てながら滝のように落ちるガラスの破片を聞き流しながら、例のスマホをゆっくりと掴む。


 画面は割れてない、外部から操作された痕跡もなしと、奇跡的に無傷な携帯電話。

 俺は目的の物を回収し、割れた壁の先にいるミミの方へ戻る。


『サアアアアアッー!!』


 すると、これまで割れていた壁の破片が宙に浮き上がって一点となり、球体になって集まっていく。


『カチィィィィーン!』


 やがて、氷が出来るような音を立て、壁は10秒もせずに新品の状態に仕上がり、俺は壁伝いにミミと離れる形となった。


「ミミ、無事か!!」


 俺は迷わず駆けつけ、隔たれた透明な壁の向こう側にいるミミに声をかける。


「うん。大丈夫」


 ミミがいつものように屈託もない笑顔を見せる。

 服が軽く泥で汚れているが、見たところ大きな外傷もない。


「……でも」

「何だ、怪我でもしたのか?」

「ううん」


 ミミが大きく首を振って否定する。

 こんなにも感情豊かなやつだったかと思いかけ、自らのその意思を捨て去る。

 俺は自分の仲間に疑いをかけるのかと……。


「……でも、シュウくんは大丈夫じゃないみたい」

「えっ?」


 不意に自分の体に目をやると、壁だった物が鋭い長剣となり、自身の体が貫かれていた。


「ぐはっ!?」

「あははっ。これで終わりね、シュウ」


 ミミが指を鳴らしたと同時に俺を刺した剣が抜かれ、再び壁へと戻っていく。


「あなたはまだ死なせないわよ。仲間の断末魔を聞きながら、そこで這いつくばってなさい」


 ミミがゆっくりと立ち上がり、体をくねらせながら、うつ伏せ状態の俺がいる壁際に寄ってくる。


「……お前はミミじゃないな……ミミをどこにやった!?」

「さあ? あたしの幻覚魔法をかけたから、今は大の字で寝てるのかしら? モンスター

にとっては格好の餌食よねーw」


 幻覚魔法だと?

 新手の魔王軍の幹部か、それともあの時、姿をくらませたアイツの仕業か……?


「……くっ、このやろうめ」


 俺はひざをついて起き上がろうとするが、体に力が入らず、その場に伏せる形となる。


「無駄よ。大量の壁の破片が砂となって体内に入り込んで神経を侵してるの。下手に動くと心臓に回ってアウトよ」

「……じょ、冗談じゃないぜ」

「まあ、今はゆっくり寝てなさい。あなたの大切な仲間の命を奪った後、最後にじんわりとやってあげるからw」

「……くっ、まちやがれー!!」


 俺は大声を張り上げるが、耐え難い激痛が体を蝕み、そのまま床に転がりのたうち回ることしか出来なかった。


「待てないわ、あははははー!!」


 えらく甲高く叫ぶ女の声を耳に留めながら……。

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