第25話 大喜利な出だし(ダンジョン突入編①)

 俺たちは基地らしき工場を離れて森の中を移動し、時折休憩を挟んでは歩き、やがて一つの大きな古びた洞窟、リュウカドウにやって来た。


「シュウくん、こんな所に洞窟があるよ」

「何だ、見るからにダンジョンっぽいな」

「もしかすると魔王はここを通ったかも知れませんよ」

「なるほどな……」


 確かにここからだと転移魔法でルートを探られることはないし、瞬時に近付こうにも四方は壁で塞がっている。


 魔王クロワは俺の転移魔法の存在をいち早く察知して、あの生産工場から抜け出したのだろう。

 そう考えると逃げた辻褄が合う。


「よし、俺たちも後を追うぞ!」

「ちょ、ちょっとまってよ。シュウくん」

「何だよ、トイレならさっさと……」


 ミミがモジモジしながらも次の言葉が見つからず、指さした先にあった錆びついたトタン屋根のお手洗い場。

 こんな古びた小屋でも安らぎを求める個室くらいあるだろう。


 俺のいた異世界の個室では綺麗に纏められたロール状の紙はなく、薄汚れた布の紐が吊るしてあり、流す水もなく地面に穴が掘られてる簡素なもんだったが……。

 このニホンって島は衛生管理がしっかりしてるよな。


「アホですの、この、ド変態ー!」

「ぐはっ!?」


 アンバーの容赦ない平手打ちが顔面にまともに入る。

 いくらカンストな俺でも盗賊のようなスキルは持ち合わせていない。

 不意のダメージを受け、ふらつきながらも腰を下ろす。


「シュウ、女の子相手に何セクハラしてるのかしら!!」

「余程、わたくしの鉄拳の掟が食らいたいようね」


 おい、きちんと認識して行動に移してるか。

 どう見ても拳じゃなくて泣く子も黙るビンタだったよな。

 スライムやゴブリンの攻撃よりも数倍痛かったぞ。

 たまにモンスターが繰り出す痛恨の一撃よりもだ。


「あー、いてて。普通ボコった後に言うかよ」

「女の子は先手必勝ですわよ」

「あのなあ、レディーファーストの意味、間違えてないか?」


 本来なら何かあった時の女の子優先による言葉であり、遠方のアメリコでよく使われる言葉でもあるが、元が異世界育ちな俺にはジェントルマンという心が緩慢なあだ名は似合わない。

 それに例えファーストと言えど、先に手を出した方が悪いぜ。


「何なら正当防衛にもなりますわよ」

「だから俺、何もしてないよなー!?」


 アンバーの男が苦手とする意識にようやく気付かされた近々だったが、こうまで嫌がられたら心から参ってしまう。

 何がアンバーをここまで捻くれ者にしたのだろうか……。


****


「──全く感謝してよ。私が止めなかったらいつまでも先に進めなかったよ」

「お二人とも仲の良いことはいいですが、時と場合を考えて下さいね」


「「すいません……」」


 俺とアンバーはお互いに罪を認め、ミミとテイルに心の底から謝った。

 まさかいつもの喧嘩があんなに炸裂するとは思いもしなかったな。

 両者とも長旅で鬱憤が溜まっていたのだろう。

 激しく燃えるような争いが集結した今はそう信じたい……。


「まあ、シュウくんが可愛い女の子に目がないことは承知してたけど」

「あはは……ミミさん、ガチで顔怖いって……」


 ヤキモチ焼きのミミが獣の本能にも満ちた眼光で逃げようとする俺を踏み留める。

 肉食獣に睨まれたカエルな俺は身動きさえもできない。

 食うか食われるかとなりそうだが、所詮しょせんカエルが暴れても逆に生きのいい餌になるだけで……。


「所でリンクさんは置いてきて良かったのですか。船の所在も気になりますし……」

「ああ、そのことなら問題ない」


 リンクの転移魔法の力なら俺たちがダンジョンを出た頃を感じ取り、瞬時に船もろとも転移してくるだろう。


「俺はリンクの可能性を信じるまでさ」


 整った歯並びを見せて、親指を立てる俺。

 アイツは頭もキレるし、この世界での最強クラスの勇者なんだぜ。

 あの勇者リンクなら今頃もお一人様作戦会議をして、万全な対策は練っているさ。


「要するにいちいち戻るのが面倒くさいだけなのですね」

「そうか。シュウくんもハラスメントのスキルを習得したか」

「いや、ミミさん。それは至らぬ誤解ですからねー!?」


 女の子と一緒に旅を続けてきたのはいいが、慣れに乗じて手を出すなんて男として最低野郎だぞ。


 何かと勘違いされがちだが、ハーレムに見えて、女の子だらけのパーティーだと男の方が色々と気を使う。

 女は大人しそうに見えても出世の波を上手に渡り、王妃に君臨するタイプもいるからな。


「──大分、奥深くまで進んで来たな」

「地下十階という所ですわね」


 何事もなく、静か過ぎるダンジョンを下りていき、俺たちは二桁目となったフロアを進む。


「しかもこれまでに倒したモンスターはゼロ」

「倒すどころか出現率もゼロですわ」


 ここまでイベントらしきことも起きず、緊張感が薄れていた俺はさっきのようにアンバーと激しい喧嘩の衝突をしたが、こうも何もないと反対に狂ってしまいそうだ。


 体の体内時計すらもおかしくなりそうな現実。

 最後にまとまった食事をしたのはいつだったか……。


「うーむ。これだけ散策しても出会うのは鍵のかかった宝箱だけ。これはどういうことだろうな」

「魔王が何かしらの策を立ててるのは間違いないでしょう」

「その策は何とか見破れそうか?」

「うーん。ずる賢い女の人が考えることですからね。色々と謎が多いものです」


 俺にもクロワの考えが読めない。

 魔王の幹部と口語して実は魔王だったりと裏切り行為もあるゆえに、自身の経験の無さが悔しくなってくる。


「おいおい、お前ら同じ同性なのに、この程度のことも分からないのか?」

「この程度とは何かしら?」

「シュウくんは鯛のおかしらが好きなんだって」


 ミミだけが外れたことを言いながらも久々に食いたくなるお頭。

 ちなみにあの鯛ではなく、たい焼きの頭か尻尾どっちから食べるかの話である。


「お前ら、こんなダンジョンでよくそんな大喜利が出来るよな……」


 薄暗くて不気味なダンジョンを何とも思わない女性陣を見て、守る側の魔法戦士としては苦笑いしか浮かばない。


 ああ、野郎一人だと心苦しいし、やっぱりリンクも連れて来たかったな……。

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