第21話 果実酒と女の心の価値とは(魔王追跡編②)

 ──十個くらいの果実酒の一リットル瓶と俺たちを柔らかく受け止めた光の玉は荷物が揃うと同時に瞬間的に空へと飛翔した。

 後はこの玉に揺られながら空の旅を満喫しようじゃないか。


 広さ的に軽自動車の車内くらいか。

 玉の中はクッションみたいにソフトな手触りでここに住みたくなってくる。


「さて、今くらいは嫌なことを忘れて、ここは一つトランプで遊ぼうじゃないか」

「シュウくん」

「何だ、新発見の大陸でも見つけたのか? 俺的にはニホン島で一番デカイ島であるホッカイ島に憧れていてな」

「あのね、もう着いたよ」

「えらい速いな!?」


 使い捨ての道具とはいえ、想像の上を超えた効力。

 俺の安っぽい転移魔法とは違い、到着までほんの数秒とかからなかった。


 ──役目を終えたテレポの羽はその場で燃え尽き、俺たちを包んでいた球のバリアも消え去る。


 辺りはヤシの木に覆われた常夏のジャングル。

 いつものパーティーが地面へと下りていき、その一番上の風化した岩の丘に静かに足を着けた。


「どうだ。アンバー。ここらへんに魔王は居るのか?」

「ええ、ここからは見えにくいのですが、あの建物に入っていったかと」


 崖の手前で伏せているアンバーが指し示す場所に灰色のプレハブ小屋が目に入る。

 俺も気配を悟られないよう、同じ体勢となり、アンバーが指した建物の壁に書かれた赤いペンキの文字を小声で読み取った。


「キャンプ・モクサーか。もずく生産工場でもあるまいし、随分とふざけた建物名だな」

「アメリコ軍が根を下ろした米軍基地の名称ですわ。迂闊なことを云うとその口に拳銃を突っ込まれますわよ」

「……と言うことはここはオキナワ島になるのか。道理でさっきから日差しがキツイわけだぜ」


 この島が独立しても今もなお、アメリコから支配される身のオキナワ島。

 俺の居た異世界ではこのアメリコ軍が未知のモンスターに敗れ、廃墟同然の場所となってるんだよな。


「シュウくん、ここの木を登ったら周囲が見渡せそうだよ」

「あのな、ミミ。まず俺たちは果実酒の運搬からやらないといけないんだぜ。猿のようにのんびり木登りしてる暇はないんだぞ?」


 特別大きいヤシの木を前にして駄々をこねるミミ。


 だが、俺も男だ。

 下手にミミの誘いに感化もせず、あっさりと断ってみせる。


 魔王クロワは女性だが、それなりに苦しめられた手強い相手でもある。 

 できれば魔王に出会うまで、余計な体力は使いたくないのが本心だ。


「あっ、シュウくん。魔王クロワさんが色っぽい水着姿で小屋から出てきたよ」

「なっ、何だと!? それは見逃せないな!!」


 あのスタイルの良い魔王のプライベート水着だぞ。

 清楚なワンピースか、セクシーなビキニか、ここで見ないと男が廃る。


「うーん、でも草木が邪魔して盗賊のスキルがないシュウくんには見えづらいかな。まあ、この木に登れば別だけどね」


「でもいくら男の子でも、こんなに高い木ならよじ登るのは無理かなあ」


 茶色のポニーテールを揺らしながらその場で小さく飛んでみるミミ。

 そんなヘボなジャンプで届いたら苦労しないし。


 待てよ、ここから見える位置なら転移魔法で……今日の俺は冴えているぜ。


「俺の肩に掴まれ、ミミさんよ。瞬時にひとっ飛びだぜ」

「はい。じゃあ、お言葉に甘えて♪」


 今日一番の笑顔なミミが遠慮なく俺の肩に細長い手を添える。


『テレポーテーション!!』


 俺は転移魔法を使用して、その木のてっぺんの枝へと一気に飛び移った。


 見渡す限り広がる青い海にどこまでも続いてる白い砂浜。

 透明感があり、底まで見えそうな海は珊瑚の輝きで宝石を封じ込めたようにキラキラと光り輝いていた。


「……で、あのお姉さんはどこだよ」

「ああ、ごめんね。どうやら人違いだったみたい」

「何だって!?」

「でも綺麗な景色が見れたから万事オッケーじゃん」

「……何だよ、それ」


 どうやらミミに上手いこと使い回されたようだ。

 ガッカリした面持ちで地面へと下りても、衝撃を隠しきれない俺。


「シュウ、どうしたのかしら。えらくやつれた顔をして?」

「ああ。女の子に玩具のように使われてネジの取れたゼンマイロボットになった男の運命さだめだぜ」

「よく分かりませんが、女の子に弄ばれたと言いたいのかしら」

「その辺はご想像にお任せするよ……」


 アンバーが日焼け止めクリームを二の腕に塗りながら、男心が分かる雰囲気に持ってい

く。

 その流れに乗り、背中には塗らなくてもいいのかと言いかけそうになり、思わず口を閉じる。


 危ない、もう少しでセクハラで通報される所だった。

 向こうは複数で目撃情報もあるし、間接的な言葉でも害を与えたらそれまでだしな。


「──シュウくん、もう少しで基地につくから頑張ってー!!」

「すっ、少しは持ってくれよ!?」


 ──先頭に身軽なミミが進み、果実酒の入ったやたらと重たいバッグを抱えながら彼女の後を追いかける俺。

 転移魔法で移動したい衝動にもかられるが、俺の転移魔法の力じゃ、到底運べそうにない。


 手軽に補給できる水分だが、その分、重さもあるだけに運ぶのも一苦労だ。

 こんな時、馬車があったらいいけど、個人で買うには高価な代物だしなあ、馬とかも別途に必要だし……かといってレンタルするにもそれなりに高いしな……。


 取得できる年齢は不明だが、車に乗るには、この世界専用の運転免許がいるだろうし……。


「何言ってるのよ。可愛い女の子にそんな重たい瓶を持たせる気ー?」

「……くっ、嫌味な女め」


 俺は数個のダンベルが入ったような重量のある荷物を運びながら思う。


 こんなことなら建前でも勇者な、リンクを連れてきた方が良かったと。

 体力なら持ち前の薬草で回復出来たし、何より男手は多い方がいい。


「まあ愚痴を吐き出してる場合じゃないよな。女の子はか弱いんだからな」


 いくら仕事がバリバリ出来ると言っても、女性にあまり重たい荷物運びなどの無理はさせられない。

 ゴツくて筋肉質な野郎とは違い、根本的に身体の作りが違うのだから。


「シュウくん。何、ボケーと足を止めてるの。クロワさんのセクシーショットをスマホに収めるんだよね」

「なるほど、待受画像ですか。シュウも男の子ですわね」

「待受に水着とか、シュウさんの破廉恥……


 なあ、お前さんら。

 仲良く会話するのはいいが、俺という人間性を捻じ曲げて、勝手に変質者サイドに染めないでもらえるか……。

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