第20話 寄り道先で得られたもの(魔王追跡編①)
五つあるニホン島の内のシコク大陸、温暖な気候なエヒメの簡素な街。
街中は緑に囲まれて癒やされるが、建物などの建造物は寂れており、まばらな人の流れからして、街より町の響きの方があってるか……。
──俺たちはシコクを船で北上しようとしたが、先の海に大きな渦が発生して先には進めないことを知った。
大渦という障害物に阻まれ、このままでは海伝いでは渡れない。
──俺はミミと話し合って魔王捜索計画を一時断念し、乗ってきた船の預りをこの町の船乗りに頼み、近くの漁港に停泊させたのだ。
「───それでこの街に寄ることにしましたのですか?」
「ああ。あの渦の攻略法もだが、このまま宛のない旅を続けても気が滅入るだろ」
「つまり自分たちに特別休暇を与えるということですね」
「まあ、色々と情報収集も兼ねてな。それにアイツらも遊びたい盛りの女の子なんだ。たまには何もかも忘れて楽しみたいだろうし」
「ふふっ。いかにもシュウさんらしい判断ですわね」
メンバーで一番年下のアンバーの落ち着きに安心感を覚える俺。
さん付けだが、いつの間にか下の名前で呼ばれてるし、幾分か心を開いてくれた感じだな。
「シュウくん、この木に実ってるのって、ひょっとして……」
ミミが果樹園にあたる木の枝にぶら下がった、小ぶりな黄色い果実を指さしている。
「ああ、俺たちの世界にもあったミカンというものにクリソツだな」
「食べられるかな?」
「食べるんだったらミカン農家さんに尋ねてみないとな。このままじゃ窃盗犯だ」
「うん。職業が盗賊でもやったらマズイこともあるよね」
例え、手頃に生えてる果樹園の果物を取っても盗みは盗み。
いくらミミが盗賊でも、この世界でやってしまうと犯罪になりかねない。
ここは法律という鎖でガチガチに縛られたニホン島なのだから。
「だったらまずはミカンを肴に農家さんに色々と話を聞くか」
「うん、あっちに大きな民家が見えたから早く行こうよ」
「はいはい。せっかちさんだな」
お腹を空かせたミミの後ろ姿を追いながら、俺たちメンバーは特に文句も言わず、揃ってついていった。
****
「ええー、あのミカン、全部食べられないのー!?」
ミミの大きな声が藁葺き屋根の端の端まで響き渡る。
あの様子だと飢えた獣のようにショックを隠しきれないようだ。
「ええ。あのミカンは魔王様に差し出すための売り物のミカンであり、
褐色で筋肉質の丸刈りであるミカン農家のおじさんが丁寧な対応でミミに接しているが、俺には神の使いにしか見えない。
俺の手には負えないあのじゃじゃ馬娘が見事に手懐けられてるんだぜ。
──俺たちと同じ目線となり、八畳の畳部屋に敷かれた座布団に正座するおじさん。
そんな誠実そうな物言いの左手にキラリと光る愛の証。
ミミとは初対面とはいえ、世帯持ちは乙女心がよく分かってるな。
「だったら勇者の我輩がここで一肌脱ぎましょう」
「止めろ、いくら肉体に自信があっても、ここで脱ぐな。勇者の職に汚名を付ける気か」
リンクが重い甲冑を脱ごうとした所を手で制する。
ここで裸踊りなんてされたら、いい迷惑にもほどがあるし、今後の冒険に支障が置きかねない。
「それにあのミカンは夏ミカンと言いまして、生で食すには酸っぱく、もっぱら果実酒専用なのですよ」
「えっ、見たところ、普通のミカンっぽい小ぶりなサイズなんだが?」
「樽の中で貯蔵しやすいように小さめに品質監理をしていまして。このサイズの方が作りやすいと結論をしてですね」
「ふーん、ミカン農家さんも大変なんだな」
「ご期待に添えらず、誠にすまないねえ」
最近のミカン事情にも苦労があることを知り、思わず生返事をしてしまう俺たち。
「それでその果実酒は魔王城に宅配して運んでるのか?」
「いえ、現時点の魔王城はワケありで今は留守でして、魔王様の手にダイレクトに伝わる配達方法にて……」
もう魔王の留守の状態が伝わってるのか。
ネットってヤツは裏を返せば簡単にストーキングにもなるよな。
ここ最近、物騒な事件が増えるわけだぜ。
「なるほど。もしかするとテレポの羽で運搬しているのですか」
「──そうです。
旦那がスマホを片手に『ちょいと失礼』と忙しそうに席を立ち、代わりに台所にいた美人な奥さんが俺の聞き手相手をしてくる。
そう、教会で魔王の呪いが払えた俺と勇者リンクは転移魔法が使用でき、地図で地形さえ分かれば瞬間移動は可能だが、ターゲットの足取りなどの気配を掴んでの移動は出来ない。
それで携帯のGPSを利用し、遠隔にて居場所を特定する方法がある。
これにより自分の足で歩む先の危険な場所もデータとして残り、最低限の足取りで済むのだ。
……と誰かさんから永遠に聞かされた覚えがある。
誰だったかまでは思い出せないが……。
そうやって忘れるということは大したことじゃないんだろうなと思い込む。
「なあ、お姉さん。そのテレポの羽で俺たちごと送ることも可能か?」
「えっ、夏ミカンの果実酒ごとですか?」
ふと脳裏に降ってきたナイスなアイデア。
そこで隣にいた奥さんに、酒と一緒に便乗されるという作戦にノッてみた。
「お酒自体が結構な重さになりますし、人ごと運ぶには荷物を極力、ここに預けないと」
そっか、忘れてた。
あの羽には重量制限があったんだよな。
確か、注がれた魔力の質によって運べる量が変化するんだった……。
「シュウ殿、それなら問題ないですよ。我輩が羽に魔力を直接注入すれば良いのですから」
なるほど、テレポの羽の充填は勇者リンクがお得意とするスキルの一つだ。
一からアイテムを作って物の重量さも調整できる。
リンクはどんな難問も平気で改善する優れた才能の持ち主だった。
「リンク、お前、本当に発想が柔軟だな。感心するぜ」
「礼には及びません。勇者の育成学校で学んだ理屈ですので」
リンクは手慣れた動作でテレポの羽に魔力を込めるとその白い羽が黄金色に輝いた。
「なっ、何が起こったの!?」
「フル充電完了です。これで大体の荷物を運べるようになるのです」
「へー、凄いですわね」
ミミとアンバーが尊敬の表情でリンクを褒め称える。
「ですが、我輩の魔力はこの程度で限界に致しまして……」
「リンク!?」
大きな身体が揺れ動き、派手に金属音を鳴らして、その場に倒れ込むリンク。
「ご心配には及びません。一晩眠れば体力も魔力も回復しますので……」
「しますじゃねえよ! 毎回お前さんは後先考えず無鉄砲過ぎだ。少し俺たちのことも考えろよな!」
「はい。シュウ殿。承知致しました」
この勇者な男が、なぜ魔王に勝てないのか、それが少しだけ分かった気分がした。
「全く肝心な戦力がこれだもんな。ミミ、俺の付き添いとサポートをお願いできるか?」
「うん、いいよ。シュウくんの頼みだもんね」
「それで、えっと、他に同行できるメンバーはと……」
何かイタイ視線を後ろから感じ取れる。
どっちかと言えば痛い殺気が混じっているような。
「
「自分も行きたいです」
アンバーとテイルのキラキラとした好奇心にあふれた瞳。
それがあまりにも美少女という枠に置かれてるように、まともに目線も合わせられない。
「ああ、分かったよ。連れて行けばいいんだろ」
「ええ。全くですわ。やっぱり器の大きい男は聞き分けも違いますわね」
「ありがとうございます。シュウさん」
何を納得したのか、いつもより満足げな顔をしている二人組。
一方でミミは奥さんに例の果実酒を勧められて困り果てていた。
おい、ミミは未成年なんだがー。
「じゃあ、お姉さん。リンクをお願いします」
「ええ、分かったわ。たまには旦那とじゃなく、こんな美男子と一つ屋根の下も悪くないわねえ」
お姉さんは安らかにリンクにタオルケットをかけて、包み込むような微笑みで僕らに手を振ってくれる。
まるでこれが今生の別れかのように……。
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