第19話 熟練と未熟さのファイアーボール(教会探索編③)

「ええーい!!」

「その調子だ。そのままのイメージで構成を練って」


「ふぬぬぬ……」


 修行がてらに教会の地下室、無機質な灰色の空間に閉ざされたトレーニングルームに俺たちはいた。


 イサベラが両手を前に伸ばすと体中から炎のオーラが舞う。


「よし、イサベラ。そこで発動だ!!」


 俺の言葉通り、イサベラは素直に魔法力を手のひらに集めていき、小さな火の玉を生み出す。


「てやっ、『ファイアーボォール!!』」


『プスプス……』


 残念ながらイサベラが唱えた火の玉は両手を前にして燻り、黒い煙を上げながら消滅した。


「うええ、また失敗ですか」

「そう落ち込むなよ。段々上達してるのは事実さ。このペースだと数日でものにするよ」

「本当ですか。先生!」


 イサベラが年甲斐もなく、俺に抱きついてくる。

 色気のない子供とは違う熟した二つの林檎に肌から漂うセクシーな女の香り。


 俺の理性が崩壊する前にイサベラの二の腕から逃れようとするが、ガッチリと固められて見事に動けない。


「わっ、分かったなら、その腕を退けてくれ!!」

「ええー、あたしと先生の仲じゃないですか?」

「俺は先生じゃなくて仲良しでもないから。なあ、ミミも何か言ってくれよ!?」


 極上な女の縄から逃れられない俺は近くにいたミミに助けを求めた。


「そのまま駆け落ちして結婚したらどうかな。お二人ともお似合いだし」

「ミミ、何を言って!?」


 こんなドタバタな状況に限らず、ミミが腐りかけた床の板を触りながらも俺の顔を見ようともしない。

 そんな彼女がいつも見せるフレンドリーな幼馴染みさは微塵の欠片もない。


 何か俺に対してやたらと怒ってるような感じだが……。


「目障りですから、視界から消えてと存じているのですわ。それくらい分からないのかしら」

「アンバーも、それは違うんだ。イサベラとは呪いを解いてもらうための条件で仕方なく」

「だったらさっさと祓ってもらいなさいよ!!」


 アンバーの投げやりな暴言がガツンと俺の邪な心をかき消してくれた。


 そうだ。

 俺たちは遊びではなく、魔王を倒し、この世界を平和にするために長き旅を続けてるんだ。

 能天気に女性と遊んでる場合じゃない。


「くっ、悪い。君との練習相手もこれまでだ。後は独学でも続けていれば立派なファイアーボールの使い手になれるさ」

「先生、どうして急にそんなことを言うのですか?」


 急も何もこんな所で油を売ってる場合ではない。

 今、この時も魔王は世界征服を求めていて……。


『ファイアーボォール!!』


「うおっ!?」


 俺が気を抜いた瞬間にいきなり飛び交ってくる火の玉。

 戦いで培った勘で体を上体に反らし、すんでのところでイサベラの強襲攻撃を避ける。


「あたしには納得いきません。先生はあたしだけのもの。二人の関係を邪魔をするなら消し炭にするまで!!」

「今、明らかに俺を優先に狙ったよな?」

「はい。あたしへの気持ちが揺るがないように炭に変えて永遠のものにしようと」

「魔王軍の団長って変なヤツが多いよな……」


 腰に付けた柄から短剣を抜き、赤い宝玉の剣を片手にし、こちらの様子を伺うイサベラ。


 そうか、遠距離だけでなく、接近戦も出来る万能な口か。


 ……ということは俺の実力を再確認するために、さっきまで魔法の習得が得意ではないふりをしていたようだ。


 人を心を惑わすゆえでの妖魔団長でもある。

 もう少しでその甘くて鋭い毒牙に引っかかる所だったぜ。


『ファイアーボォール!!』


「くっ、面倒な相手になったもんだぜ」


『ファイアーボール!!』


 息をつく間もなく、向こうから来る弟子からのファイアーボールを同じ魔法で対抗する。


『ドカアアーン!!』


 ファイアーボール通しがぶつかって相殺され、室内に激しい爆発音が反響した。


「もうごっこ遊びはいいだろ。それよりも俺にかけられた呪いを祓ってくれよ」

「それなら心配ありません。既に解いた後です」

「あたしの短刀『サディスティックタガーナイフ』は相手の武器に触れたと同時にかけられた状態異常を無効化するんです」


 短剣の宝玉からして俺の得意な同属性の炎か。

 魔法同士をぶつけなくても、その武器でファイアーボールの威力を弱体化させる効果があるらしい。


「俺は基本武器は装備できないぜ」

「いえ、その炎の玉があるじゃないですか?」

「なぬっ!?」


 初めからこの炎から作れる魔法剣と読んで、俺にこの魔法を撃たせたのか。


 中々のキレ者だな。

 団長クラスだけあって頭が冴えてやがる。


「さあ、この部屋の退路はあたしの炎で塞ぎました。先生に逃げ場はありません。このまま、あたしの尊属の先生となるか、黒焦げになるかの二択です」

「いや、三択目も追加だ」

「えっ、無駄な悪あがきですね」

「この世界に無駄なんて言葉はないのさ」


 もし無駄があるとすれば、それは言い訳でもあり、自らが率先すれば勝敗はどうとでもなる。


『ファイアーボール!!』


「なっ、先生!?」


「三択目の答え。それはここで君を消すまでさ」


 俺は覚悟を決めて無秩序な答えを返し、得意のファイアーボールで畳みかける。


「消すってこのままじゃ、先生も巻き添えになります!?」

「ああ。まあ、俺はカンストだからこの程度で消えたりしないのさ」


 カンストだけあり、HPもMAXまであり、いつも以上に動きにもキレがある。


 いくらファイアーボールの威力を削っても力の差は歴然だ。

 このままゴリ押しすれば、あっさりと勝負はつくだろう。


「先生、あれだけの破壊力で無傷でいられるはずが!?」

「薬草ならたんまり持ってる。心配いらないさ。それより自分の心配をしなよ」


 わざとゆっくりめにしたファイアーボールでじわじわと追いつめていく。

 そして、もう一つの追加で生み出したファイアーボールを手のひらで踊らせた。


「俺がちょいとあの玉にコレを投げ込んだ時点で人生終わるぞ。お前はそれでいいのか?」

「あたしは先生が裏切るくらいならいっそ……」

「あー、しみったれたこと言ってんじゃねえ!!」


 俺は両手を叩いてファイアーボールを瞬時に無に返し、イサベラ自身に意識を傾ける。


 ちょっと変な想いに囚われすぎなイサベラに伝えたいことがあったからだ。


「自分の人生くらい自分で切り開かないとどうする。もう立派な大人だろうが!」

「先生、あたしを……」

「呪いを祓ってくれたお礼だ。今日はこれで見逃してやるよ。さっさと家族の元に帰りな」


 この娘にも家族がいて、家族揃って支え合って人生を送っている。

 そう考えると無闇に傷つけるようなことはできなくなったのだ。


 俺はこの娘の罪を赦すことにした。


「あ、あたしに家族なんていないわよ」

「何言ってるんだよ。魔王軍の団長という肩書きをくれた魔王は家族みたいなものじゃないのかよ」

「……先生」


「分かったんなら魔王の城に帰れ。ここは君の居場所じゃない」

「分かりました。ご指導ありがとうございました」

「いいってことよ」


 両親を異世界に残し、誰よりも家族の温もりを知ってる俺が言ってるんだ。

 イサベラも妙なプライドを捨てて親に甘えて欲しかった。


 家族とはいなくなって初めて、そのありがたみに気付くのだから。


「シュウくん……」

「これはこれで泣かせてくれますわね」


 イサベラが深く謝礼をしてトレーニングルームを出ていき、今まで大人しく見学していたアンバーがヒビや焦げた周囲の壁を見渡しながら思っていたことを呟いた。


「──あの、皆さんやりたい放題でしたけど、これって器物破損にならないのかしら?」

「フッ、用は直せばいいんだろ?」


 俺は修復魔法で完全に炎を消し去り、壊した壁などを綺麗に元の状態に戻す。


「うわー、シュウくん。相変わらずの几帳面さだね」

「本当、いつ見てもエグいですわ。彼女なんて入らないほどの潔癖さですわね」


 大きなお世話だ。

 恋人いなくて悪かったな……って、このまま堂々巡りしてる時じゃない。


 俺は二人の嫌味の交じったトークを聞き流しながらも、頭の中では次の進行ルートを考えていたのだった……。

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