第16話 呪いを解くために寄り道を(海原移動編⑤)

 ──俺たちは船内にいた骸骨モンスターたちと、そのホネホネな親玉を一掃し、目的地につくまで、この場で自由行動となった。


 メンバーが悠々と過ごしてる間柄、俺は自由時間の合間を塗り、渋々と一人で船の舵をとっている。


「くうー、俺がクジに弱いからって、くじ引きで決めるなんてさ」


 俺は小さい子供の時から、くじ運には縁がない。


 じゃんけんでは勝ったこともないし、何かのアイテムが当たる抽選券というものも当たった覚えもない。

 手元に増えるのは、残念賞のポケットティッシュか、タワシだけだ。


 そうやって悔いやむのを裏目に、アンバーが薄笑いを浮かべながら、当たったクジを貰い、俺に見せつける。


 それは船室最高の空間、フカフカダブルベッドで寝れる券。


 あの時のアンバーによる見下した態度は、俺にとって、忘れられない体験となるだろう。


 ニヤついた笑顔から想定せずとも、大当たりなスイートルームというヤツを引き当てたんだ。

 魔法もスキルも使えず、俺やミミに守られる立場なのに、いい気なもんだな。


 俺なんて、物置き場の倉庫とやらだぞ。


 何かやたらとカビ臭いし、ジメジメして、キノコが生えてそうだし、とても人が休める空間じゃない。

 後で軽く、魔法のモップで拭き掃除をしないとな。


「それにしても、結構な速さで進める船なんだな。あっという間に、俺らの居たニホン島が見えなくなったぜ」


 さっきまでの濃い霧は綺麗さっぱりなくなり、変わりに日差しが顔を出し、大きな海を飛沫を上げて進んでいるのが、船の周囲からでも見て取れる。


「目的を果たしたら、この船を丁寧に清掃し、持ち主とやらを捜して、礼を言わないとな」


 あんな人すらも見ない寂れた街で、持ち主がいればの話だが……。


『カンカンカン!』


 どこからかお玉でフライパンを叩く音と、小さな人影が見えてくる。


「シュウくん、夕ご飯だよー!」

「おおう。もうそんな時間か。一体、何を作ったんだ?」


 俺は舵を微妙に調整しながら、黄色いひよこの絵柄がついた、ヒラヒラエプロンのミミに、今日のメニューを問いかける。


 幼馴染といえど、元が可愛いだけに、何とも言えない姿だ。


「今日は若鶏の唐揚げだよ」

「おっ、俺の大好物じゃないか」

「うん。早速さっそく、唐揚げ争奪戦が起こってる。のんびりしてたら、全部なくなっちゃうよ」

「それは困るな。急がないと」


 舵を自動航海モードに切り替え、大きく伸びをしてから、船内のある方へと足を早める。


「まあ、無くなっても、ふりかけがあるから安心ね」

「それ、思った以上に惨めだな」

「うーん、肉そぼろのふりかけだし、気の持ちようかな」

「俺は、肉そのものが食べたいんだよ!!」


 肉は入手しても、骨取りや、筋切りなどの加工が難しいため、ギルドに持って帰れば、買い取りと同時に、持ち運びしやすいようにカットまでしてくれる。


 だが、今は海に囲まれた場所での航海の真っ最中だ。 

 こんな場所にボートに乗ってきて、出張お肉買い取りとまでは、流石さすがにいかないようだ。


 つまり、この機会を逃したら、一時ありつけないごちそうメニューだろう。

 何の鳥かは分からないが、若鶏のネーミング通り、あのコケコーな鳥であることは確かだ。


 美味しそうな匂いに、いても立ってもいられない俺は、船内のリビングへと勢いよく突っ込んだ。


「──なっ、何ごとですの!?」

「おう、今日の豪華なディナーにお呼ばれに来たぜ」

「だからと言って、床に滑り込まなくても。あーあー、服がホコリまみれですわよ」

「男はな、時には命をかけて、戦わないといけない時もあるのさ」


 ホームベース(船室の床)にスライディングを決めた俺を、人は伝説の野球選手ではなく、伝統な魔法戦士と呼ぶ。


「よくは分かりませんが、唐揚げを食しに来たと?」

「ああ、アンバーも段々と男心が分かってきたじゃないか」

「だからと言って、わたくしに近づかないで下さる!!」

「何だよ、お礼のつもりで握手でもと」

「それ以上近づいてたら、この殺虫スプレーを振りまきますわよ」


 アンバーがスプレーを向けてくるが、殺虫スプレーは人体に有害なので、決して放ってはならないが……目がマジだな。


「おい、俺は虫じゃないぜ」

「似たようなものですわ」


 俺はアンバーの発言から虫並みと知り、ありんこのサイズまで気持ちが沈む。

 もうこのまま海に飛び込んで、海底神殿の近くに居住したいぜ。


「まあまあ、アンバーさん。日頃からシュウさんには、色々とお世話になってますので、あまり嫌がらせをしないでください」

「嫌がらせじゃないわよ。これは教育的指導よ」

「その指導法自体が古いのですが……」


「何か言ったかしら?」

「いえ、何でもないです……」


 アンバーのパワハラのような暴言を止めきれないテイルは、多少びくつきながら言葉を交わしていたが、この分だと諦めたみたいだな。


「それで今、俺たちは、この航路を進んでいるんだが、目的地のヨーロッバから、ちょっと離れたアフリコ大陸に寄り道していく予定だ」

「何でですの、アフリコとかに行ったら、まわり道になりますわよ」


 あのアンバーが、正論をついてくるのは想定内だった。

 今はただ、理解できる対策を伝えないと。


「ああ。実はな、アフリコでは、どんな呪いさえも祓ってくれる原住民がいると知ってな」

「なるほど。そこでシュウさんにかかっている呪いを解くわけですね」

「ああ。いつまで立っても、ウィンドウオープンが出来ず、味方や敵のステータスが分からないままなのも困るからな」

「じゃあ、次の目的地はアフリコに決まりだね」


「そうだ。みんな、今はたっぷりと腹ごしらえをして、ゆっくり休めよ」

『はい!!』


 俺の言葉に、すっかり意気投合している女の子組。

 旅にはチームワークも重要だ。


「さてと、念願のおごちそうといきますか」

「あれれ?」

「あっ、ごめん。話聞きながらパクついていたら、つい……」

「マジかよー、俺の分はないのかよー!?」


 テーブルに置かれた白い皿には、衣の欠片以外、何も残っていない。

 せめてタッパーとやらに入れて、小分けくらいしてくれよな……。 


『ドオオオーン!!』


『きゃー!!』


 突然、晴れにも関わらず、雷が落ちたような大きな音を立て、激しい振動と、女の子の悲鳴が船内を襲った。


「何だ、敵さんのお出ましか?」

「いや、この音は転移魔法の着地音だよ」


 ミミが視界を上げて、外の甲板へと出るのを見計らい、俺もつられて飛び出した。


「おっ、おいっ。リンクじゃないか!?」


 舵の手前でボロボロの傷だらけで寝転んでいた、勇者リンクに駆け寄る。


 露出した肌からは白い煙が出ており、強烈な攻撃を食らって逃げてきたことが何となく分かる。


「フフッ……。そうか、シュウ殿たちの船になったのか。あの時、手放さなくて正解だったよ……」

「その大怪我はどうしたんだよ?」

「魔王にしてやられたよ」


 状況が理解不能だが、魔王がリンクを裏切ったことは分かる。

 しかし、あれだけ和平を望んでいたのに、その魔王の豹変ひょうへんぶりはどういうことだ。


 かたくな喋り方でもないリンクも気になるし……それほど精神的にも余裕がないのか?


「おい、リンク。しっかりしろ!?」

「リンクさん!?」


 とりあえずリンクを船室の壁に横たわせ、傷などの様子を確かめた。


 鎧にも細かい亀裂が走り、体中、傷だらけだが、すでに出血は止まっており、深い傷がないことに安心する。


「ミミ、確か、回復アイテム持ってたよな。頼めるか?」

「うん、任せて」


 ミミがポケットから薬草を出して、痛々しい傷口に揉み込む姿を見ながら、俺は新たな決意を固める。


 この裏切りの罪は重いぞ、魔王ドッグ。

 次に出会ったら、容赦なく、やらせてもらうぞと──。

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