第13話 巨大な船に何もかも奪われた(海原移動編②)
一人単身で港町の防波堤に来た俺は大小様々な船が停泊してる場所で、目先にある大きな客船に心を奪われていた。
西洋の大陸を無理なく移動するようなしっかりとした外観。
経年劣化も少なく、マストも綺麗な作りだし、前中後と均等に並んで備え付けられ、甲板もそんなに古びていない。
問題はこの船の動力源だが、こればっかりは中まで調べてみないと謎に包まれている。
まあ、幸い、太陽が照りつけるお昼過ぎだし、灯りがなくても困ることはないだろう。
俺は船内の人の出入り口から堂々と入り、デッキに顔を出すことにした。
船内は思っていたより薄暗い。
いつでも発動できる魔法の準備を整えたまま、行く先を進む。
中身は宝石や額縁などが飾られ、豪華なイメージがあるが、俺以外に人の気配を感じない。
だが、所々に武器や防具、何かしらの壊れた道具などの破片が木の床に散らかっており、この船内で何かしらの戦闘があったことは間違いないだろう……。
「ものの見事に幽霊船だな。おっと!?」
突然の段差に足をつまづき、転けそうになった体を踏ん張らせて体重移動し、バランスを整える。
危ないな、こんな所にコードみたいのを置いて。
一見表向きには丁寧な作りに見えて、実は手抜きな設計なのか?
俺は床に無造作に張られたコードを観察し、コードというより木の根っこに近い感覚に捉えてしまう。
不審に思い、根っこに手で触れてみると、脈拍のような鼓動音が伝わってきた。
「この船、もしかして生物なのか?」
だとすれば部屋や廊下で散らばってるガラクタはモンスターとかと争ったわけではなく、最初からこの生きた船に飲み込まれたという架空の説が浮かび上がる。
「だったら正体を暴く前に船ごと粉砕するのみだ!!」
お得意の最強魔法を唱えようとした瞬間に壁からピンクの触手が生えてきて、身体の自由を奪われる。
「くっ、しくじったな。全く動けない……」
ヌルヌルとした触手が手足に絡みつき、俺はこの船全体が生物なのを改めて理解した。
そうか、この街の人々や兵士はここに乗り込んで大海原を移動しようとしたら、まんまとこの船の餌食に遭ったのか。
他の船よりも断然綺麗なこの船内に避難し、ホッと安心した所で餌にされたのだ。
だとすると宝石は住民の持ち物であり、額縁は商人が売ろうとした工芸品、武器などは兵士がこの場で戦った後だろう。
誠に残念だが、最初からここに海を移動するような船など存在してなかったのだ。
「でもな、
手足を封じていた触手を体から吹き出た炎で焼いて、船体に足を下ろす。
ファイアーボールを体内に発動させて、体外へと炎を出し、呼吸法の感覚で発散させたのだ。
要点を簡潔に纏めると、暑くて汗をかくという現象だろうか。
でもファイアーボールは初期魔法であり、例えパラメーターをカンストしてもこのような力を得られる能力はない。
歴戦で覚えた才能と勘で覚えたオリジナルによる追加スキルだった。
「さらに炎の感覚を体に練り込むと、このようなことも可能だぜ!!」
両手を繋げてその手を弓を絞るように広げ、炎の棒のような物を生み出す。
炎の棒は槍の形状に徐々に変化し、最終的にはバスタードソード並みの形と大きさで収まる。
「これが真の奥の手である炎を纏う魔法剣、ファイアーエタニティースレイヤーソードだ!」
あの魔王ドッグとの争いでも使うことがなかった究極の必殺剣。
俺が唯一装備できる最強の武器でもある。
スレイヤーの名称如く、あまりにも強力すぎて、過去にこの剣を振るったことは異世界で三度しかない。
この現実世界で使用するのは初めてだ。
「さあ、四度目の正直だな、エタニティースレイヤー。この生物を真っ向から叩き斬るぜ」
剣の柄に付けられたひし形の宝玉が赤い光を発するとともに、船体の壁を目がけて大きく剣を振りかざす。
『ギャオオオオーン!?』
船内に強靭な切れ目を入れられ、船の形状が段々と崩れ始める。
こうなれば船に擬態した生物はやられたも同然だろう。
『ファイアーボール!!』
追撃ちをかけるかのように船内を力技で突いて、大穴を開けると外の明るい景色と、俺を捜して慌てふためくパーティーの顔触れが見えてくる。
「シュウくん、どこに行ったの。居るなら返事くらいしてよ!」
「もしや未知なるモンスターにやられて海に捨てられたのかも知れませんね……」
「テイルちゃん、悪い冗談はやめて。あの天下無敵のシュウくんが負けるなんてありえないから!!」
テイルの的を得た冷静な反応にミミの悲鳴がこの船着き場に
この場ではテイルは冷静な対応ができるようだ。
「でも現にこの街を片っ端から捜してもいないのですよ。冗談なら早く冷めてほしいのですが……」
「ううっ、それもそうだけど……」
いや、テイルも声が震えている。
彼女らも俺の消失を受け止めきれないようだ。
「シュウくん、私がちょっと目を離した隙に死んじゃたとかなしだよ。うええーん!!」
「ミミさん、泣かないで下さい。自分も悲しくなってしまいますので」
「全く、格好つけて単独で乗り込んで、おまけに命を散らすとかワガママで無鉄砲にも限度がありますわ。何考えて生きてきたのかしらね」
もうこれ以上長居は出来ないな。
昔のように死人のふりをして、その場をやり過ごせる一匹狼な俺じゃない。
誰かの力を借りないと無茶な旅路だと知ってしまったからな……。
「よう、お前ら。そんなにしけた面をしてどうした。誰かの不幸ごとか?」
「不幸ごとも何もシュウさんのことでですね……えっ?」
傷を癒やすために眠ったのか、それとも激しい痛みで気を失ったのか。
生物としての動きが止まった船の外へ抜け出すと、テイルが信じられない顔で眼鏡を付けて、元から大きな目をパチクリと見開く。
「良かった。シュウくん生きてたー!!」
「うわっ、ミミ。泣きながら顔を埋めるな。下ろしたての服に鼻水が付くだろ」
「ズズッ……無事で良かったよー!!」
泣きじゃくりながら僕に抱きつき、お気に入りのシャツに鼻水ごと擦りつけるミミ。
ミミからしても感動のご対面らしいし、汚れた服は後で廃屋の道具と井戸水を借りて、洗濯すればいいか。
「それにしても今までどこにいたのかしら。ここいら一帯を捜しても居なかったのですよ?」
「ああ、少しばかり巨大な豪華客船のモンスターに襲われてな。中々手強かったぜ」
俺の台詞に言葉を詰まらすアンバー。
まるでその言葉は初耳かのように。
「えっ、そのような船なんてどこにも見当たりませんけど?」
確かに俺が指さした先には古びた船が数台停まっていて、あの立派なマストの船の存在すらもない。
気のせいか、ここだけ霧も濃いな。
ならあの船は何かの幻覚か?
そのわりにはリアルな造形だったが……。
「シュウくん、ひょっとして頭をやられちゃったの!? 私に見せて!!」
「……お前さんはもうちょっと落ち着こうな」
****
穏やかな大海原を巨大な船で移動する際、一人の美男子が舵をとっている。
「ふう、危ないな。もう少しでこの船のコピー船を壊される所だったよ」
「ソウセイ様も相変わらずドジですよね。いつまでたっても子供というか」
「まあ、クロワのお陰で勇者は撃退したし、ワタシを脅かす者はいなかったはずだが……」
勇者リンクを罠にかけて我が城に幽閉した魔王ドッグは舵を大きく回しながら、海を旋回する。
「あたしの実験生物のイカ太郎をあっさりと倒した魔法戦士シュウのことですね」
「そうだ。あの男は脅威だ。必ずしもワタシのこの世界征服に楯突く存在となるだろう」
イカ太郎という名付けはどうかとと困惑しながらも魔法戦士の方も気になる魔王ドッグ。
「それなら魔王様、あたしに妙案があります」
「何だ、何なりと申してごらんよ。次期魔王クロワ」
「はい。魔王様……」
よく晴れた有無を言わさない大海原。
ドッグは舵を自動モードに変更し、彼女の言い分を待った──。
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