第3章 新しい大陸を前にして

第12話 クラーケンだけに生かせる方法(海原移動編①)

 俺たちは魔王城の海の近くにあるユウデアサバシ街に顔を出していた。 


 魔王ドッグがただの肩書きの相手だと判明したし、これ以上あの城に留まるだけ無駄だと感じたからだ。


 なら勇者リンクによる転移魔法で移動した方がいいかと考えを巡らせたが、リンク自身が魔王城を少し調査したいと発掘家のようなことを言い出す始末だし、じゃあ勇者は回復した魔王と仲良くここで化石でも掘るといいさと少しばかりの嫌味の効いた台詞を吐きながら、魔王城を後にした。


 俺はレベルカンストだが、口の悪さは日々レベルアップしてるのか。


 たまりに見かねたミミが俺の口調を少しでも反らそうかと、他愛ない会話に繋げたのも他ではない。


「──しかし、海の近くまで来てはみたんだが、実質、瓦礫とゴミ以外は何もないな」

「港町だけあり、それなりに繁盛はしていたと小耳に挟んではいましたが……」


 アンバーが持参した地図を再確認しながら、何度も現場と見比べ、がっかりと大きく肩を下ろす。 


 何でも魔王との戦いで汚れた体と心を癒やす温泉街の港町という場所に期待していたのに、その現実がほとんどの建物が崩れ落ちたゴーストタウンの街並み……これだからだ。


「まあ、近所に魔王の城が出来たから居心地が悪くなったのかもね」

「そんなお前が冷静で何よりだよ」

「……むうっ」


 俺によるトゲのある返しに機嫌が悪くなったミミが足元の先にあった小石を蹴って不満そうに口を尖らす。


 履いてるのがスカートじゃないとはいえ、女の子がはしたないぞ。


「シュウくん。今さりげなく酷いこと言ったよね?」

「まあ99%は事実だからな」

「あー、盗賊の私にそんなこと言うんだ? だったら文句は言えないよね」


 ミミの体が急に消えて、俺のポケットに手を伸ばした。

 魔王との激戦の疲れか、俺が見えたのはその部分だけだ。


「本日のお昼ご飯いっただきー!!」

「ああっ? 俺の財布を盗むんじゃねえ!?」


 ミミが黒い長財布を手中に収め、不敵に笑ってみせる。


 レベルが低いとはいえ、盗賊スキルもきちんと上げてるんだな。

 大した女の子だよ、お前は。


『──グオオオオーン!!』


「財布もいいが、嫌な奴が追加で現れたぜ」


 海の大きな魔物、大王イカのクラーケンか。

 八本の長い足が防波堤に伸びて、海でしか動けないから、巨大な二十メートル以上の身体の半分を陸に乗り出し、体の自由がきかない……何ともおマヌケな絵面だぜ。


「待てよ、この感じ……」


『シャアアアー!!』


 クラーケンが足の奥にある口から冷気のブレスを吐き出す。


 俺は余裕でブレスを避けながら気付く。

 コイツは普通のイカなんかじゃない。


 噂に聞いた所による希少モンスター、フローズンクラーケンが妥当だろう。

 ステータス確認ができないことで正式な名称は不明だが……。


「くっ。しかもレベルや能力も分からないんだぜ。どうしたもんか」

「だったら当たって爆発ですわよ」


 アンバーが俺の背中を木の棒でつついて前に出しながら、正反対の攻防を見せる。


「おいおい。そんなに後ろからつつくなよ!?」

「知ってますか? 海外ではイカは海の魔物と呼ばれて恐れられ……」

「お前さんの顔の方が怖いぜ……いでで!?」

「それは聞き捨てならないですわね」


 アンバーが思いっきり、俺の背中につけた木の棒の押し出す力を増して、海の方へと突き出す形をとる。


 俺はあの巨大イカの生贄か、何かか?

 アンバーの真意は組み取れないが、邪魔な俺の存在を消そうとするのは見え見えだ。


 しかも、限界までしなった棒のくせによく折れないよな。


「さあ、早く例の魔法でチョチョイと丸焼きに」

「ミミ、お前、腹減ってんだな」

「うん。シュウくんのお財布の中は限られてるからね」


 俺は突然の事故に備え、普段から現金を持ち歩かない。


 金や戦いで得た金貨ならポーチにあるカードに貯蓄しており、そのカードを通じて金を払っている。

 この世界ではクレジットカードという扱いになるらしい。


「初めから高級寿司屋に行きたい感覚かよ」

「私たちのいた世界では無かったからね」


 俺とミミのいた異世界は大気汚染や環境破壊などですっかり病んでしまい、薄汚れた大陸が連なっていた。


 そのせいか海水も汚れ、魚介類の住めるような環境ではなく、それを糧にしてる寿司屋という店も勿論もちろんない。


 大都市東京も文明は高度に発展していたが、度重なる災害などの危機で人という生き物もまばらになったのだ。


 俺とミミはその状況を少しでも防ごうと名ばかりの青年団に肩入れし、多くの人々を救ってきたのだが、ある日突然、意味もなくこの世界に飛ばされたのだ……。


 ミミと同様、そこらへんの記憶が実に曖昧だが……。


「さあ、巨大イカさんよ。出来れば生かして捕獲したいんだが、覚悟はいいか?」  


『シャアアアー!!』


 無論むろん、イカだけに人間の説得が通じる事はなく、長い足を駆使して攻撃を仕掛けてくる。


 やれやれ、人を襲うモンスターだけに聞く耳すらも持たずか。

 だったら、こっちも遠慮なく動きを止められるな。


 俺は頭の中でピンポイントでダメージをあたえ、それなりに弱らせて捕縛をと考えもしたが、相手は驚異となる海の王者。


 はい、そうですかと簡単に魔法を食らって倒せる敵ではないはず……。


 あーあー。いちいち考えるのも面倒くさいんなー、ええい、まあよ!!


 俺はフローズンクラーケンの胴体に狙いをつけて、例の魔法を繰り出した。


『ファイアーボール!!』


『ドカーン!』


『ジャアアアー!?』


 物凄い爆音がし、炎の玉がクラーケンの胴体に大きな穴を開けて、そのままバランスを崩し、大きな地響きを立てて倒れる、元はイカだったもの……。


「あー、シュウくん。刺身希望だったのに、丸焼きにしたら駄目じゃん」

「まあまあ、ミミさん。それだけ強力な相手だったのでしょう」

「アンバーさんの言う通りです。お腹を壊したら元もないですから」


 女三人がかしましくイカの調理法について意見を述べてるが、これを実際に食べやすく捌くのは俺の係なんだぜ。


「お前ら、何もしてないのに言いたい放題だな」

「それだけシュウくんに期待してるってことだよ」

「そんなんされても逆に迷惑なんだが……」

「シュウくん。そんな深刻に悩む必要もないよ。私たちはシュウくんのパーティーなんだから」

「ああ、悪かった」


 俺はこんがり焼けたイカの状態を肌に感じ、ポーチにあった鞘付きの万能包丁の持ち手をしっかりと握り込む。


「それでこの巨大イカをどうするのかしら?」

「ああ。自宅で保存食にしたいから、これで小さく切って小分けするんだが……」

「でも、その後どうやって食材を運ぶのですか?」

「フッ。それなら問題ないさ」


 またもやポーチから便利グッズを出してみせると、女の子連中の顔つきが驚きに変わる。


「そっ、それはテレポの羽じゃないですか!?」


 日頃、お目にかかれない珍しいアイテムのせいか、テイルが眼鏡の縁を支えながら羽に見入っている。


「ああ、勇者リンクから手渡しされたアイテムなんだ。魔力を注入する時間があまりとれなくて、荷物程度しか運べないけどな」

「リンクさんも中々の理解者ですわね」

「全くの同感だ。俺としては今後も冒険を共にしたい相手だったのだが、別に用事があるならしょうがない」


 もしパーティーに加わってくれたら、強力な戦力になりそうだが、相手も勇者として忙しい身なんだ。

 またいつかどこかで出会えたらそれでいい。


「──さて、こんなもんか」

「沢山包めましたね」

「ああ。いつの世界も段ボールとは重宝するアイテムだな」


 俺は雑貨屋で購入した小包、真空パックとやらにイカの切り身を入れ、同じくこの世界で入手したガムテープで段ボールのフタを閉じる。


「それではこれらの荷物を自宅にテレポート!」


 テレポの羽がチラチラと宙を舞い踊り、段ボール数個を光の玉へとやんわりと包み込む。


 玉が高速移動したと同時に羽は炎の摩擦によって燃え尽き、アイテムとしての存在を消した。


「……あっ、あれはもしや?」


 俺はその光を目で追った先にある建造物を発見した。


「どうかしたの、シュウくん?」

「ああ。神は俺たちを見捨ててなかった。あの外観からして船に違いない」


 あの距離だと、ここから歩いても数分もかからないだろう。

 俺はウキウキ気分で船のあるらしき船着き場に足を運ぶ。


「ちょっと。シュウくん!! 待って!!」


 ミミの呼び止めも聞かず。この時の俺は何の疑惑も抱いてなかった。 

 その船の大口に侵入するまでは……。

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