第10話 通じる手段を探して(魔王討伐編①)

『ゴオーン、ゴオォーン‼』


 重い鐘の音が漆黒に覆われた景色にゆっくりと先陣の合図を伝える。


 勇者リンクの転移魔法で瞬時に現場へと飛んできた俺たちは広すぎる花の咲いた中庭を通り、数十メートル先にある魔王城へと向かっていた。


 本来なら魔王城にそのまま乗り込むという奇襲作戦を視野に入れていたが、相手はあの魔王、どんな手を仕掛けているか、警戒して移動する必要性がある。


 いかにもこの世界でも勇者らしいリンクの淡々とした発言だった。


「ついに決戦の舞台にやって来たか」

「暗いですから足下にお気をつけ下さいね」

「ああ、勇者殿、了解したぜ。おっとっとうふ」


 砂利のような足場で足を取られやすく、動きづらいことこの上ない。


 リンクの光魔法でこの暗闇に明かりを点けて進むことも出来るが、敵の拠点でもある戦場のど真ん中で目立つようなことは極力避けたいという案からもあった。


「危ないな。勢い余ってつまづく所だった」

「異様にゴツゴツしてるよね。一体何だろう?」


 ミミがしゃがみこんで、その砂利の一部を拾ってみるが、それらは棒のような形をしており、所々にボールらしきものも転がっている。


「ひょえ?」


「どうしたミミ? すっとんきょうな声出して」

「シュウくん、こんなのあったよ」


 今までにない驚きか、おかしな声を出したミミが抱え上げたボールには二つの穴が開いており、ご丁寧に口まで付いている。


 これは化学実験室でお会いできるあの標本の一部でもあり……すなわちアレだ。


「おおう? どう見ても人間の頭蓋骨だな」

「他にもそれらがゴロゴロと散らばってますわね」

「ここで人体実験でもしてたのか?」


 あちこちに地面に散らばり、堆肥となったような大地を踏みしめながら、俺たちは目的地へと急いだ。


「──それはワタシ自らの口からお答えしよう」


「──この場所は魔物の餌となる人間を放牧させていた食卓の花園になる」


 前触れもなく突然、現れる影。

 それは腰まで伸びた艶のある黒髪に黒いローブを身に纏った人物だった。


 相手はフードを被っており、顔の素性までは伺えないが、この声は間違いなく、この城を支配する重要人物のものだ。


「出たな、魔王ソウセイ=ドッグ!」

「ノコノコと向こうからやって来ましたわね。城内を探す手間が省けましたわ」

「あのイケメンさんを倒して万事休すですね」

「アンバーもテイルも落ち着け。どんな罠が仕掛けてあるか分からないから」


 魔王と知り、前に突っかかろうとしたアンバーとテイルを腕で制止し、俺は二人の感情を何とか抑える。


 相手はモンスターを統べる悪の王。

 ノースキルでおまけに丸腰ではまともに戦える敵ではないと。


「そうだね。あの魔王が出向いてきたんだもん。罠以外の何ものでもないよ」

「ミミもちょっと目を離した隙に成長したな」

「シュウくんとのドラゴン退治のお陰だよ。いざという時は、ああやってまた守ってくれるよね」

「ははっ、守る前提で来たか。いかにもミミらしいぜ」

「もーう、失礼ね。こう見えて私もか弱い女の子だからね」

「違いないな」


 まあ、ミミが俺を頼りにするのも分かる。 


 あんな強敵でラスボス級のダークネスフレアドラゴンに余裕で立ち向かえる俺の方が凄すぎるだけかもだが、レベルを上げて平均的にステータスを上げた方が良い時だってあるさ。


「お二人さん、今はのんびり会話する状況じゃないですよ。相手はあの世界を統べる魔王なのですから」

「何だよ、お堅いこと言うなよ。緊張したまま挑んでもモチベが下がるだけだろ」


 それに比べてリーダーシップを気取る勇者は真面目すぎるから困ったもんだ。


 そんなんじゃ、人生の階段の上り降りに息切れして、この先疲れるだけだ。

 勇者という肩書きも大切かもだが、もっと気楽に生きていこうぜ。


「ふーん、ワタシのお気に入りのペットの生命反応が消えたと思いきや、そなたらが倒してたとは……」


 ドッグはさしても動揺することをせずに冷静な判断をしている。

 この程度の争いごとなんて、たかが知れてるように。


「ワタシの傘下にもおけるモンスターたちをその少数メンバーで倒したとなると手加減は無用みたいだね」

「その方がこっちも助かるぜ」


 あの危険生物のドラゴンをペット扱いだなんて、ミミたちにとっては驚異の存在だ。

 ここは俺のファイアーボールで一気に止めをさしたい。


「ミミさん。ここはシュウ殿と我輩に任せて、例のモンスターを召喚するを探して下さい」


 ……と気構えているとリンクが鞘から西洋風の長剣を引き抜いて、俺を庇うように立つ。

 今は対峙するより、探し物が優先ということか。


「なるほど、クロワ魔王幹部ならここに隠すという魂胆か」

「うん。あの本、やたらと分厚くて重いよね」

「持ち運びには向いてないということか」


 あの魔王幹部クロワはバッグすらも所持していなかったし、ご丁寧に手提げ袋に入れる几帳面さもなかった。


 ましてや何の警戒心もなく、俺のファイアーボールを腕で防いで、そのまま一発KOした女性でもある。


 そんなズボラな彼女が辞書のような重たい本と一緒に世界を跨ぐ?

 いや、どう転んでもあり得ない……。


 ──俺が一人で悩むのをよそに、電池式のランタンを持ったミミはこちらに深々と会釈し、闇の魔王城の方面へと消えた。


「それでわたくしとテイルは何をすればいいのですの?」

「ああ、そこにある花壇の水やりでもしていてくれ。花も枯れてきてるみたいだし」

「水のやり過ぎで枯れてるんじゃないですの?」

「あー、だったら草むしりでもしててくれ。いざとなったら対魔王戦の切り札になるし」


 こんな光もろくに届かない場所で植物を育てる発想も凄いが、これらの花の世話をすることで魔王に対しての信頼度はグンと上がるだろう。


 万が一に敗北した時の敵ならではの情けが俺たちには必須だった。


「そなたら、ワタシを目の前にして余裕の素振りだな」

「余裕も何も俺と出会った時点で終わってるんだけどな。魔王ドッグ」

「ふふふっ。笑わせてくれる」

「笑うくらいならこれを食らってから笑ってもらおうか!」


 俺は構想を練り上げた魔法を手のひらに集束させて、含み笑いをしている魔王に標準を合わせる。


『ファイアーボール!』


 今、ここにカンストで極めた最強の炎の玉がドッグの正面へと飛び出す。


「ふっ、何か奥の手を隠してると思ってみたらこれかい?」

「こんな初期魔法など我の手で簡単に封じれるさ!」


 かかったな、この魔法は強力過ぎて防御不可能。

 避けるか、食らってダメージを受けるかの二卓しかしかないんだ。


 案じて食らうなら、そのまま極上の丸焼きになれ‼


『ゴオオオオー‼』


「……むっ、コイツは!?」


 そのただならぬ異変に気付いた魔王ドッグが、その攻撃魔法をギリギリで避けてみせる。


 あー、非常に惜しいな。

 あとちょっとという所で終わってたのにー‼


「ふふふっ。そうか。ステータスを上限を越えてまで攻撃力を上げた火の玉か」

「くっ、あっさりと手の内を読まれたか」


 魔王がローブについた炎のすすを払いのけ、いとも簡単に作戦を読まれてしまう。

 やっぱり戦慣れしてる相手には安着過ぎた計算だったか。


「さあどうする? もう打つ手がないと睨んでいるけど」

「……くっ、こうなったら」


「待て、我輩の存在を忘れてないかな‼」

「むっ、ようやく来たか。勇者よ」


 何の迷いもなく、リンクが持っている剣を魔王に振りかざす。

 そうだ、俺には切り札のカードが残っていたじゃないか。


『ガキーン‼』


 魔王も禍々しい黒い剣をローブの腰元から出して、リンクの剣を軽々しく受け止める。


「シュウ殿、安心して下さい。あなたのその魔法のお陰でこちらの勝算が膨れ上がりました」

「そうなのか?」

「はい。魔王がシュウ殿の攻撃を防がずにわざわざ避けたのです」


 魔王と激しい剣筋を交えながら、器用に会話を続けるリンク。


「……と言うことは?」

「つまり、あなたのファイアーボールは魔王にも通用するということです!」


 そうだよな、あの固い皮膚のペットのドラゴンでさえも一撃必殺だったんだ。

 やっぱり無傷で済むような攻撃魔法じゃなかったんだな。


「我輩自らが魔王との隙を作ります。シュウ殿はいつでも魔法を放てる準備をして下さい」

「ああ、発動までゼロコンマだし、いつでも良いぜ」

「恩に切ります」


 勇者と魔王が剣をぶつけ合い対立する中、俺は全神経を集中させ、そのタイミングを待ち続ける。


 恐らくこのファイアーボール一発で全てが決まるだろう。

 それに備え、今はただ待つことだけだった──。

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