第9話 仲間あっての討伐メンバー(勇者登場編③)

「あれ? ここは学校じゃないか?」


 暗がりの花壇に腰を下ろしていた僕はリンクの転移魔法で到着した場所を再確認する。


 どうみても俺が通う学校、シュークリーヌアンビバレッジ高等学校でもあり、この花壇に植えた花は園芸部の手伝いで俺が埋めたものだ。


 隣でリンクがキザな笑顔をしながら親指を立て、白い歯を輝かす。

 イケメンの考える世界は未知数だよな。


「あー、いましたよ! アンバーさん!」

「もうあなたたち、こんな夜中にどこにいらしたのかしら‼」


 前方の学生寮から、赤い体操着を着た例の二人組が息を切らしながら走り寄ってくる。

 アンバーなんて鬼気迫る表情でどう答えてたらいいのやら。


 そうか、初めからリンクはこれが狙いだったのか。


「アンバーさんなんて泣きながら捜していましたよね」

「ううっ。そう言うテイルもじゃないの」


 両者とも神経をすり減らした想いだったのか、校舎の壁に背中を引っつけて座り込み、思いっきり泣き出した。


「悪いな、二人とも俺のことを心配してくれて。ごめんな」

「ごめんなさい」


 俺とミミだけで秘密裏で学校を抜け出し、しばらく長い旅に出るという言いわけは通用しなく、結局は面倒をかけることとなり、二人して謝る形となった。


「そうですよ。先生も君たち二人を捜してたの。余計な心配させないで」


 校舎側から電灯を持ったフライキン先生が俺たちの顔に懐中電灯のライトを当てて、ゆっくりと息を吐き出した。


 髪型のセットが崩れ、汗で乱れている様子からして、恐らく事情が伝わってない先生の方も俺たちを追って走り回っていたのか……。


 こうして無事を確認し、ようやく張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。


「すいません」


 魔王討伐とはいえ、俺の不可解な行為がこういう結果を招いたのだ。


 その結果、こうして多くの人に心配されて、暗い校内や学生寮、さらに先生に至っては外まで出て、行方を捜索したんだ。

 今は素直に頭を下げることしかできない。


「あら、その子は?」


 先生が銀髪の美男子に反応すると、今まで口を閉ざしていたリンクもつられて会話を繋げる。


「フライキン先生お久しぶりです。今は勇者をやってるリンクです」

「何だ、どこぞのイケメンと思ったら、やっぱり去年の卒業生のリンクだったんだ。最近、連絡がとれないから心配してたんだよ」


 何だ、やけに先生と親しいなと穏やかに見守ってみたら、リンクはここの出身校だったのか。


「すいません、連絡手段のスマホ、田んぼで落として壊してしまって……」

「また農家の手伝いでもしてたの? 本当に物好きねえ」


 田んぼに落としたということは田植えの作業中にか?

 あんな泥水に浸かったら一発で駄目になるのも分かる。


 しかし普通は田植え中にスマホ入らないだろ?

 YouT○be見ながらの作業なんて、もってのほかだ。


「それが勇者に与えれた使命でありますので」

「そう妄言を吐いてるけど、誰から見てもただのお人好しよね」


 この勇者は自分に甘いが、他人にもとても甘い性格なのかも。

 施錠されていたチョコレートの扉が開いたような気分がした。


「大体、勇者って何よ。いつまでもニートごっこしてないで、ちゃんとした定職につきなさい」

「親に余計な気苦労をさせないの」 

「はい、この戦いが終わったら、いずれは」


「いずれねえ……」


 言われてみれば勇者という職に転職は出来ず、生まれながらに持った素質が必要だが、明白な職業ではないので、一般の就職も難しい。


 こうして一人勝手にお祭り騒ぎをしながら、勇者だけの肩書きで手頃なジュースを飲む。

 現実の風当たりなんてそんなもんだ。


「それよりもこうなった経緯を聞かせてくれる? 流石さすがに私抜きの解釈で、ここから在校生を無断外泊させるわけにはいかないし」

「はい、それもそうですね……」


 教え子の逃避行を察したのか、先生も負い目を感じているのだろう。


 どうせ、下手な嘘をついてもバレるんだ。

 俺は今の置かれた現状を包み隠さず打ち明けることにした。


「──なるほど。おおよその状況は理解したわ」

「そのお城、最近になって出来たのかしら。このジャパンには場違い過ぎるほどのアトラクションね」


「だったら早々に魔王城へと」

「だったらじゃないの。物事には順序が必要なの」


 フライキン先生がスーツのポケットからアルミ缶を出してグビグビと飲む。

 飲みっぷりはいいが、中身はアルコールではなく、果実丸しぼり葡萄ジュースである。


 こんな夜更けに言い訳の聞かない生徒相手に飲まなきゃ、やってられないらしい。


 だが、迂闊うかつに叱ってもパワハラで、親の耳にも入ると時によっては解雇にもなる。


 教師というのは生徒と仲良くしながら楽しく勉強を教える間柄でもあるが、前途のようなハラスメントの事故もあり、肩身が狭い職業でもあった。


「先生が了承しただけで、はい、そうですねと言うわけにはいかないのよ」

「上層部にも色々と説明して、書類の申請や手続きなども済ませないといけないし……」


「あの、話の途中悪いけど、その手続きってどれくらいの日数がかかるんだ?」

「うーん。役場に情報を提出して、そうねえ、早くて一ヶ月くらいかしら」

「かかりすぎだろーが!」


 どうなってるんだ、ここの情報セキュリティーは。


 たった一枚の紙切れを通すだけで、そんなに日数が必要なのか?

 俺のいた異世界ではそんな申請なんてウェブ手続きにて、数分で終わってるぞ。


「まあ、書類一枚一枚に直筆で返事を書くような職場ですからね」

「今どき、そんなアナログなのも珍しいな」

「はい。デジタルに疎いお子さんやお年寄りもいますから。自分も紙の方がしっくりきますし」


 テイルが何かしらの分厚い本を読みながらも、その問いに答えてくれる。


「何を読んでるのさ、料理でも始めるのか?」

「いえ、これは世界の構造をよく示した地図のような辞典です。今月発売したばかりの最新号ですよ」

「へえ、俺にも見せてくれるか?」

「はい。読めるのであれば」


「センクス」


 うーん。

 実際の現場の写真が色々混じっていて、分かりやすいようだが、必要以上に細かく字がゴチャゴチャしてて、相変わらず難しい文面で読みづらさは百パーセント。


 これは漢字か、それとも宛字か?

 難しい漢字にはルビをつけて欲しいぜ。


 俺がうんうんと考えを振り絞って唸る中、見かねたリンクが読んでいる本を横取りする。


「おい、何すんだ。ようやくこの世界の大陸の仕組みが分かってきたのに!」

「それが分かった所で我輩のような転移魔法は使用できないでしょう。ここは我輩の目に任せた方が得策ですよ」

「真面目に見えて、結構いい性格してんな。お前さん」

「シュウ殿、それは誉め言葉として受け取ってもよろしいのですか?」

「ああ、リンクの好きなように解釈してくれ。あと殿は余計だ」

「左様でございますか。承知いたしました」


 このロボット対応な堅物の勇者と話してたら、余計に調子狂うな。


 まあ、魔王城まで瞬間移動させてくれるわけだし、腕っぷしも良いとみた。

 多少接し方が分からずとも、その場の勢いで話にノッた方が後々好都合だ。


「それでは我々はそろそろ行くとしましょうか」

「じゃあフライキン先生、他の生徒たちにもよろしくな」 

「もちろんよ。教え子を育てるのが教師の務めなんだから」

「これからも色々とあるだろうけど、頑張るのよ」

「ああ、ありがとう」


 俺たちはフライキン先生に別れを告げ、アンバーとテイルにも簡単な身支度を済ませるように指示する。


 それから十分後、再び集合したメンバーは、勇者リンクを中心に円陣となって気合いを入れた。


「それでは魔王城へテレポーテーション‼」


 リンクの詠唱の声に応じて、俺とミミ、アンバーにテイル、術者であるリンクの体が徐々に宙に上がる。 


「これだけの人数を軽々と。リンクも中々やるじゃないか」

「いえ、これくらいは転移魔法のスキルを上げることにより、誰にでも出来ます」

「あーあー、こうなるんだったら俺も転移魔法のスキル、もうちょっとだけでも上げたかったぜ」


 カンストを迎えた俺に待っているのは自虐ネタしかないのか。

 今さら後悔しても遅いが……。


「シュウくんにはファイアーボールがあるから無敵だよ」

「いや、ミミ。裏を返せば俺の取り柄、それだけだからな……」


 ミミのさりげないフォローに悪意を感じてしまう。

 ああ見えて無自覚なんだよな。


「さあ、ここからは秒速で行きますよー‼」

「うおっ、意外と速い!?」


『ギュウウーン‼』


 俺たちを包み込み、大きく膨らんだ透明な球状の玉は光と同じ速度で、この場から一瞬で消え去った……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る