第8話 ステータス表示も不可(勇者登場編②)

「おーい、誰でもいいから乗せてくれ!」


 青空が開けた路上を進む無数の鉄の固まり。


 俺は歩道の方で文字が書かれたダンボールの看板を見やすいように掲げて、車を運転するドライバーに意図を知らす。


 ダンボールの板には黒マジックで『魔王城の近くまで乗せてくれ。金なら弾む!』というミミズのような崩した文字で書いてあり……そんな俺の字が下手すぎて逆に読めないんじゃ? とミミが横でからかってくる。


 仕方ないだろ、最近になって書けるようになった日本語と漢字なんだぜ。


 ──この鉄の固まりが交通ルールによって規則正しく動く風景。

 その点は俺のいた異世界と何も変わらない。


 そうして何台ものの車が無反応で通り過ぎる中、一台の赤い軽バンが目の前に止まる。 

 捨てる神あれば、拾う神もありというヤツか。


「何だい、兄ちゃんたち。金があるならタクシーを手配したらいいだろ。わざわざヒッチハイクする必要なくねーか?」


 車窓を自動で開けて顔を見せたコワモテのおじさんが思っていた質問をしてきた。

 頭には白いタオルを巻いていて小麦色に日焼けした肌がやたらと男らしい。


「いや、場所的にちょっと危険な所でな。無理を承知でお願いしたいんだが」

「いいぜ。オラもちょうど話し相手がいないで暇だったんだ」


 おじさんが気楽に乗車を進めるが、車の後部座席には草刈りの機械に赤い携行缶、何枚かに束ねた軍手などが無造作に置かれている。


 なるほど、この現実世界で最近流行りの農業を営む者か。


 だが、どう考えても荷物が多すぎて、お一人様限定な助手席にしか乗れそうにない。

 それにおじさんの目はミミしか見てない気もするが……。


「さあ、お嬢さん、乗った乗った」

「いや、俺もいるんだが?」


 レディー優先なのもいいが、俺の存在を無に返すのはよくないな。


「あー、ただの呼びかけじゃなかったのか? 野郎なら後ろに乗ってくれ」

「だからあれじゃあ座れないぜ」

「あー、かったるいなあ。何とか押し退けたら入れるだろ。不平不満を言うなよ」


 どっちが不平不満だよと思いながらも車内の作業道具を丁寧に足元へと並べる。 


 農業用品って意外と高いし、買わずにレンタルしてる農家もいるからな。

 道具に傷をつけて弁償とかなったら有り金が愕然と減るのは確実だし……。


「それでどこまで行くんだい?」

「ああ、魔王城に行きたいんだが」

「はあ? 何だってー!?」


 おじさんが荒々しい言葉を発して、ハンドルを無造作に叩く。

 反動でクラクションがブーと反応し、助手席のミミが驚きで前屈みの体勢で身をすくめる。


「お兄さん、どうかしたのですか?」

「嬢ちゃん。どうしたもこうしたもじゃねえ! あの悪名で名高い魔王城だぞ! いくら金を貰っても、誰が好き好んでいく場所さ‼」

「そんなに悪いのか?」


 治安が最悪という答えを知らされ、胸の奥がざわめきを増す。


「そうだ。最近、魔王が男に変わってからは、その強力な力を利用して悪さばかり……オラたち農家もどれだけ虐げられてるか分かるか?」

「なるほど、今回の魔王は卑劣だな」

「そう。だから迂闊に近付いたら、どんな罰が下るか。オラには女房の他に、まだ小さな子供が三人もいるんだ。

ここで安定した収入源を一気に失うわけにはいかねえ」


 長話になるのでここではカットするが、つまり自分がひもじい目にあっても奥さんや我が子には同じ思いをさせたくないとか。

 おじさんも家族を養い、生きるために一生懸命だな。


「そうだな。親になったからには子を食わせていかないといけないしな」

「分かったんなら、ここで下りてくれ」


 おじさんが走らせようとした車を停めて、俺たちに下車を勧める。


「しょうがねえな。ミミ、他の相手を探すぞ」

「うん。みんな、自分の生活が一番大事だもん。この場合、仕方ないよね」


「すまんな、お二人さんのお力になれなくて……」

「気にするなって。おじさんが悪いわけじゃないんだからさ」

「そうそう」


「……二人ともありがとう」


 おじさんが謝るのに対して、俺とミミは首を横に振る。


 屈託のないミミの笑顔で、濁っていた空気が穏やかになり、車のエンジン音さえも身軽に感じられた。


「そのかわりと言ってなんだが、他に当てがあるんだが……」

「ああ、聞かせてもらおうか。なあ、ミミ」

「はい。喜んで!」


 ミミが大きな目をさらに見開いて、おじさんの言葉に耳を貸す。


 俺もミミと同じ意見だ。

 このおじさんの好意を無下にはできない。


「ああ、実にありがたい」


 車を最寄りの駐車場に停車させ、ほっと一息をつくおじさん。

 そして、少し落ち着き、ガラス越しに緑で覆われた公道を見ながら話を続ける。


「実はオラの知り合いに凄腕の剣士様がいて……」


「その剣士様なら君たちと一緒に同行してくれるかも知れん」


「連絡をとるのも君らの決断次第だが……」


 俺も魔法剣士なんだが、極端なステータスの上げ方をしたため、普通に装備できる剣は持ち合わせていない。


「シュウくん、どうするの?」

「そんなん答えは決まってるだろ。答えはイエスだぜ」

「だってさ、お兄さん」


 俺もミミも剣の使い手ではない。

 この話が本当ならば、接近戦でも有望で強力なメンバーになることは間違いないだろう。


「分かった、了解したよ。今からその勇者様と連絡をとるから、ちょっとここで待機しててよ」


 車から外に出ると、おじさんは黒いスマホで誰かと通話を始めた。


「もしもし、リンク君? 今お話しても大丈夫かい?」


「ああ、新しい仕事だよ。任務は魔王城までの護衛みたいなものだけど」


「オッケー、分かった。そう伝えておく」


 ここからでは一方的な会話しか伝わらないが、どんな人物でも腹を割って話せば分かるとはまさにこのことだ。


「今から来るってさ」


「じゃあ俺たちはここで一休みするか。なあ、ミミ」

「そうだね。お腹減ったー」


「あはは。君らを見てると楽しそうで心がほっこりするよ。じゃあここで待って……」


 ミミが近所のパン屋のメロンパンをせびる

中、おじさんが車に戻ろうとすると、一際大きい光の風が周囲に流れ込む。


「──その必要はない」


「あっ、今日もお早い登場だね。リンク」


「ああ。久々の依頼と聞いて、すっ飛んできた」


 眩い風が消え、銀髪のショートヘアのリンクと言われた男は灰色の騎士の鎧を身に付け、まだ二十歳くらいで絵に描いたようなイケメンだった。


「あっ、自己紹介がまだだったですね。我輩はこの世界で勇者をしてるドナージ=リンクという者です。以後お見知りおきを」

「よろしくね」


 どんな相手でも友好的なミミはリンクの存在をすぐに受け入れたようである。


「なあ? 今のは転移魔法だったよな?」

「左様で。この魔法で一気に城までご案内いたします」

「それは助かるな」


 とりあえずこの男が本物の勇者かどうか、ステータスを見極めさせてもらおうか。


『ウィンドウ、オープン!』


『……このウィンドウにはアクセスできません』


 なっ、どういう意味さ。

 ネット環境が整っていないだと?


 でもこの世界に来て回線は5Gとかいうのにしたはずだし、今まで出来ていたことが不可になったとかなぜだ?

 俺は予想もできない現状にパニックになりかける。


「その調子だと元魔王に一部の攻撃魔法以外に他の能力を封じられたみたいですね」

「何で分かるんだ?」

「勇者ともなれば言葉に出さずとも表情やオーラで分かりますゆえ」


 リンクが口元を緩ませ、勇者としての威厳を見せる。

 能ある鷹は爪を隠すかの如く、余裕の表情だな。


「その他人行儀の喋り方はどうにかならないのか?」

「いえいえ、ぬかりはありません。この言葉使いは我輩流の作法の一つです。幼い頃から厳しくしつけられましたので」


 それでも丁寧な対応をされると、頭の中がどうかなりそうになる。

 俺の脳内イメージだと勇者とは誰に関しても平等的な…… いや、俺が病的なだけか。


「これからは我輩が先陣を務めますので、あなた方はゆっくりして下さいませ」

「そして我輩こそがあなたたちの血となり、肉となりましょう」


 勇者がおじさんを無言で帰らせ、周りを気遣って世話をする姿に、逆に違和感を感じさせる。


「……何か癪に触る言い方だぜ」

「まあまあ、シュウくん。ここは勇者くんに任せようよ。ねっ?」

「そうまで言われたらしょうがないな」


 俺とミミは自称勇者の話に打って出て、承諾のサインを送ると、リンクは満足そうにそう広くない胸板に握りこぶしを添える。


 なぜだろう。

 リンクとは年齢差はほとんど変わらない見た目なのに、力強い助っ人の協力か、心から安心した気分になれる。


 まさに亀さんの甲より、年の功とはこのことか。


 ──魔王城へとリンクの転移魔法でひとっ飛びしながらも、この強そうなメンバーの登場により、早くも新生魔王との勝負は付きそうにあった。


 俺は心の中で勝利を確実なものとしていたのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る