第2章 魔王との最後の戦い

第7話 反応がない転移魔法(勇者登場編①)

 無事に二泊三日の林間学校を終えた俺たちは学校に戻り、夜になると備え付けの学生寮で各々の支度をしていた。


 この学校から出ていき、厄介者の新生魔王とやらを俺たちの手で成敗するためだ。


 まあ、本音を言うと先の見えない学校生活に嫌気が指していたんだけどな……。


 それにレベルカンストで体力も魔法力のゲージもカンストな俺がいつまでもここで訓練しても意味がないし……。


 新しい魔王が誕生して善からぬことを考えていたら、勉強どころじゃない。


 卒業する前に中退されられ、魔王の奴隷になって城内の掃除で一生を過ごすなんて嫌すぎだしな。


「シュウくん、荷物は纏まった?」

「ああ。俺はそんなに大それたものは持っていないからな」


 腰に黒いポーチを付け、白いプリントシャツと灰色のカーゴパンツの俺は色々とバッグに物を詰める赤い体操着姿のミミと他愛ない会話をしていた。


 女性寮の裏庭の窓際にて、ミミの部屋の窓を通じてコンタクトをとっているが、こんな木々が隠れた裏庭で女の子と話をするのも理由があった。


 ──基本、この校舎のような学生寮は男性と女性と分けられ、二棟となり、別々に建っており、弱い立場にある女性寮には男の体育教師が夜から朝を迎えるまで交代制で見張りをしている。


 また不意のトラブルを防ぎ、深夜の不要な外出をさせないため、各寮には見回りによる体つきのいい男による警備員さえもいる。


 防犯カメラあり、火災警告システムあり、地下にはシェルターもあり、鉄壁な野郎ありと何でも配備してあり、ここから逃げ出すのも一苦労だ。


 その便利さが俺にとっては逆に疎ましい。


 ちなみに今回の旅の真なる目的はアンバーとテイルには伝えてない。


 前回、魔王幹部クロワから手も足も出ずに酷い仕打ちを受けて、これ以上、彼女らに余計な不安要素は作りたくないと俺自身の気遣いからでもある。


「──なあ、そんなに大荷物持って行けるのか? 俺たちはまたキャンプに行くんじゃないんだぜ?」

「だって野宿とかになったら寝袋とか、調理道具は必須だよ?」

「あのなあ、荷物になるからコンビニとかで現地調達した方がいいだろ?」

「昆布煮?」


 いや、建物丸ごとお出汁で煮込むなよ。

 フランチャイズ店が腐乱して、活気ある店でなくなっちまう。


「はあ……、ミミさんよ。ここに来て二ヶ月になるんだぜ? いい加減、この世界の情勢とやらも学んでくれよ?」

「何よ、それだと私がアホの娘みたいじゃん!」

「……どう足掻いてもアホ以外のお嬢にしか当てはまらないけどな」

「今、何か失礼なこと言った?」

「いえ、ミミお嬢様。何でもゴザイマセン」

「だったらいいけど」


 片言の棒読みで返事を返す俺。

 危ねえ、危うく星の雨じゃなく、血の雨が降るところだった。


 こんな場所でしかも夜中に乱闘騒ぎなんて起こし、第三者に見つかったら最後……自宅謹慎どころじゃ済まないぞ。


「さあ、準備完了」 


 赤い体操着を着ているミミが茶色のボストンバッグにウサギのぬいぐるみを押し込み、そのバッグを押しつけながら強引にジッパーを閉める。


 大量の荷物でパンパンに膨れ上がったバッグはちょっとした衝撃でも破裂しそうな形をしていた。


 そんな二つくらいのボーリング球が入ったような重い物を担いで、広大なフィールドを移動するのかよ。

 この尻尾の先までアジフリャーな脳筋女め。


「じゃあ行こう。夜明けまであまり時間がないから。シュウくん、いつもの転移魔法をお願い」

「なるほど、ミミなりに考えたな。転移魔法なら荷物の重力も無視して移動できるからか」

「うん、手っ取り早くて助かるよ」

「……いつから俺は行商人の職になったのやら」


 魔法戦士が商人に転職するとか何の意図があるんだよ……と内心で思いながら、転移魔法の構想を練り始める。


 新生魔王がどこに居住し、根付いているのは謎のままだったが、邪悪な気配からしてクロワ魔王幹部の住む魔王城にいるのは確かだろう。


 この現実世界やらの地価は都会にいくほどやたらと高いと聞くし……。  


「念のためにフライキン教師から地図を貰っていて良かったな」


 例の女教師、フライキン教師には両親の仕事の都合で一ヶ月ほど新天地に住むということを伝えると、初めての街並みで右も左も分からないからと頂戴した地図でもあった。


 お陰様で魔王城の場所もダイレクトに分かり、後は脳内にイメージした通りに転移魔法を発動すればいい。


 俺の転移魔法は実際に行ったことがない場所でも地図などで正確の位置が知れたら瞬時に移動ができるという超優れものだ。


 これがあれば宅配なんかもスムーズだ。

 この世界はロボットによる運搬ではなく、車を使って人の手で頑張って運んでいるからに……。


 一見、俺のいた異世界と似ている街並みだが、こういう点での文明の利器はあまり発展してないようだった。


「じゃあ、ミミ。それなりに揺れるから、しっかりと俺の肩を掴んでいろよ」

「うん、お手柔らかに」


 俺はミミが寄り添ったのを確認し、片手を綺麗な星空に向け、素早く詠唱する。


「行くぜ、魔王城にテレポーテーション‼」


 しーん。

 俺の声だけが空しく反響する。


「……あれ?」

「もう、こんな時に魔力が足りないの? 魔法力回復ジュースでも飲む?」


 そう、魔法を唱えたにも関わらず、俺はその場に立ち塞がってるだけだ。


 ミミがバッグから怪しい紫の小瓶を出した時には爆薬かと思って、何だ、可愛いふりして爆破テロのつもりかと、一瞬身構えたが……。


 俺たちはこれから激しい攻防を予測する敵のアジトに行くんだぞ。

 そんな衝撃で割れる危険な割れ物を梱包もせずに、バッグに入れるなよ。


「いや、発動時に体が光っただろ。これは魔法力を放った行為そのものだぜ。魔法力がないわけじゃない」


 テレポーテーション、略称テレポートの消費量はどんな場所移動でも5ポイントだけ。

 MPが9999マックスの俺が使用できないわけがない。


 それに以前も説明したが、時間が経てば数秒単位で魔法力自然回復する特殊スキルもある。


 だとすると単なる発動ミスだろう。

 下手に意識をしてなく、慣れてる魔法じゃあ、よくある事故だし、上級者でも失敗してしまうこともたまにある。


 ここ最近、連日のイベントクリアで疲れてるんだろうな。

 魔王城に乗り込む前に近くにある宿屋でも探して休むという手も使えるな。


「ミミ、魔王城辺りの宿屋でも借りて、少し休息でもとろうか。大方、お前さんもあまり寝てないんだろ?」

「えっ、どうして分かるの?」

「目の下に大きなクマができてるからな」

「ええっ、ガチで!?」


 ミミが体操着のポケットからメイク道具を出して、更なる上乗せをしようとする。


 おい、そんなことしたら普段のナチュラルメイクじゃなくなるだろ?

 それにモンスター連中に色香は必要ないだろ?


「よし、行くぜ。テレポーテーション‼」


 俺はミミがメイク中であるのをスルーして、再度、転移魔法を唱える。


「……あれ?」


 しかし、二度目も体が一瞬光っただけで身体はそのままだ。


「……だとするとこれらの荷物が原因か」

「ちょっと何するのよ?」


 イラついた俺はミミの持ってるバッグを強引にひったくる。


「重量オーバーなんだよ。このボストンバッグは置いていけ」

「嫌だよ。大事な物が入ってるんだよ‼」

「だったらせめて持ち物を減らせ。このままじゃ魔法で移動できないだろ」

「ぶー、こんな身軽な女子でさえも運べないの? 転移魔法のスキルくらいレベル上げていてよ」

「無茶言うなよ。レベルはカンストでステータスもこれ以上は上がらないんだぜ」


 ミミがボストンバッグから、漫画本や小説、パジャマやトランプ、着替えにウサギのぬいぐるみなどと色々と出しながらふて腐れている。


 いや、その大半は今回の旅には不必要な物だよな?


「これもこれも入らないよな。特にこれ」

「ああー、何するの。そのウサちゃんがいないと眠れないんだから!」


 バッグの半分を埋めた軽いモコモコな重量物を投げ捨てようとすると、ミミが泣きそうな顔でそのウサギのぬいぐるみを手に取る。


 どうやら大層なメルヘン主義であり、余程大切な物らしい……。


 ──その後、荷物を大巾に減らして転移魔法を唱えてもなぜか発動せず、俺たちは徒歩での移動を余儀なくされた。


 まあ、移動中にも何かしらの移動手段はあるだろう。

 街中なら車やバスなどの移動手段もあるしな。


 金も絡んでくるが、今の持ち金ならある程度なら楽ができるだろう。


 俺とミミは足を求めて、学校から少し離れた場所へと歩みを進めた。

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