第6話 美男子な魔王誕生(林間学校編③)

「おおーい、これはどういう状況だ!?」


 月明かりの下、仲間の元のキャンプ場に戻ってみると、周辺に不穏な空気が流れてるのが分かる。


 各種のテントは大きな爪痕を残して裂けているが、中には誰もいなく、金目当てに室内を荒らされた痕跡もない。


 俺が居ない間に熊か、窃盗団にでも襲われたかと勘繰ったが、このテントの破れ方は異常だ。


 しかしどう見ても、部屋の中は物色された様子がなく、最後にこの場を離れた通り、綺麗に片付けられたままだ。

 ……となると窃盗の線は薄い。


 それに野性動物の熊ならテントを襲った後、中にいる人にも危害を加えるはず。


 その熊の理由として、人間の存在を怖さで認識し、やられる前に先手をうってやろうの心境とか。


「人間社会じゃ、先に手を出した方が負けなんだけどな。正当防衛的な」


 熊に鈴の音が効かないのも、それを持っている人間の方を驚異に感じるため。


 死んだふりでやり過ごせるのも動かないものなら危害がないため、攻撃の対象に入らないなどと色々な熊説がある。 


「あっ、あっちにいるのはミミじゃないか!」


 俺はキャンプ場から少し離れた大きな木に背中を持たれかけたミミの存在に気付く。


「シ、シュウくん?」

「ミミ、こんな所で何してんだよ。カレーの煮込みが終わったんなら、さっさと食器を並べるの手伝えよな」

「シュウくんこそ、今までどこにいたの?」


 木の幹と一体化したような姿に一瞬、忍者スキルというのを感じさせたが、おつむが弱いミミは盗賊のスキルしか持ち合わせていない。


「どこも何も単なる薪の木材探しだぜ。お前さんが言ってきたことじゃないか?」

「えっ、私はそんなこと一言も言ってないよ」

「またまたご冗談を。記憶喪失のスキルなんてこの世界じゃ通用しないぜ」

「だから本当に何も言ってないよ?」


 コイツ、寝言はまだしも、記憶障害もあるのかよ……と身をヒキそうになるが、報連相ほうれんそうのごとく置かれた情報の解決の方が最優先だ。


「はいはい。それよりも園児でも簡単に見つかるようなベリーイージーなかくれんぼごっこは終わりだ。とっとと持ち場に戻るぞ」

「うん。そうしたいのは山々なんだけど、見事に捕まっちゃって」

「季節外れの罠にかかったカブトムシみたいなこと言うなよ。そら、いい加減離れろって」


 あれ?

 ミミの手を引き寄せようとし、何か変だと違和感が押し寄せる。


 いくらミミを木から引っ張ろうとしても彼女の体はびくともしないからだ。


「何だよ、木にへばりついて離れないじゃないか? 誰のイタズラだよ? もしかして同級生か? 俺がとっちめてやる!」

「だからいじめでもないって」

「いや、どう考えてもそれ以外には……」


 接着剤で付けている様子もないし、男の腕力でも全然動かない。

 縄で縛っていたら一目で分かるし、マジシャンの練習台にでもされたか?


 遊ぶだけ遊んで飽きたら、そのまま放置とか人としてどうなんだよ。


「私だけじゃないの。アンバーさんやテイルさん、先生までも同じ目に遭って……」

「おいおい、幼稚なイタズラも度が過ぎてるぜ」


 俺はファイアーボールで木もろとも燃やそうとも考えもしたが、木と密着してるミミを無傷で救うことは難しい。


 いくらチートな魔法で虫眼鏡のように攻撃範囲を調整しても、最強の攻撃力の威力までは加減はできないからだ。

 レベルカンストで便利なステータスも必ずしも万能ではない。


「ああ、こんなことになるんだったら、他の魔法も習得しとくんだったな」

「シュウくん、ごめんね。あの方には敵わなかったよ」

「あの方って、やっぱり嫌がらせをされたのか。ソイツはまだこの辺に?」

「うん。シュウくんの真後ろ」 


 この世界の本で知った童謡、『後ろの正面だーれ』ときたか。 

 こんなことをするヤツを見過ごすなんて、俺の心が許さない。


 駆け出しの盗賊の職のミミに傷を付けずに木に縛り付けたんだ。

 素人のやり口には思えない。


 ……となると犯人は俺やミミと同じく異世界から来た人物、高度な魔法使い関係の者か?


 まあ、どんな相手とはいえ、隙を見せずにファイアーボールを撃てば試合終了だがな。

 これさえあればどんな相手でも負ける気はしない……おっと、思った通り、まだ近くに潜んでたか!


 ふと身近な気配を察した俺はそのイタズラっ子を叱るため、受け身をとった体勢で素早く後ろに体の軸を回す。


「おやおや、相変わらず素早い身のこなしね」

「おっ、お前さんは!?」

「今さらお前はないでしょ、シュウ」


 紫のロングパーマの大人な女性から名指しにされ、ちょっとばかり緊張してしまう。


 大きな胸を強調させた黒いボディコンワンピースも魅力的だが、羊のように頭から生やした二本の角には見覚えがあった。


「魔王クロワじゃないか! どうしてこんな世界に!?」


 魔王サンカ=クロワ。

 俺が異世界でこてんぱんにやっつけた女魔王である。


 実際には俺のファイアーボールが強すぎて、何千万という体力の数値でも一撃で即倒だったけどな。


「どうもこうも、シュウに一言告げたくてね」


「あたしの話をろくに聞かないミミ姫たちは魔法で縛らせてもらったよ。今は眠ってもらってる」


 そうか、見せない魔法の縄で木に括りつけたのか。

 ファイアーボールに対抗すべく、肉眼で判別できないための行動か。


「……話も何も過去に葬った相手が生きてたとなると話は別だな」

「ちょ、ちょっと待って!?」

「とっとと消えろ! ガチの威力でいくぜ!」


『ファイアーボール!』


 俺は今日最高レベルである威力のファイアーボールを魔王に向けて壮大に撃ち出した。  


「もう相変わらず、あたしの話が通用しないんだから………」


「……ソウセイ様、こんなあたしに大いなる力をお貸しください」


 魔王クロワが両手を上空に上げると、黒い邪気のドーム型の障壁が周囲の空間を包み込む。


「ダークマターバリアフィールド展開、百パーセント!」


『ドカァァァーン!!』


 ファイアーボールが魔王クロワにぶち当たり、とてつもない轟音が響き渡る。

 他のお客さんには聞こえないように消音スキルの対策はしてあるが、強靭な破壊力に多少なりに反応はビクついていた。


「やったか?」


 ビビりな俺は気分を切り替え、手のひらを叩きながらも、本日の清掃を終了する。


 塵も残らずに消えた魔王に最近覚えたての言葉を授けよう。

 今までありがとござんした。


「……ふう。最大限の攻撃でも防ぐのはやっとの思いだったわ」

「へえ、魔王だけあり、俺のファイアーボールを食らっても無傷なんてやるな」

「そうでもないわよ」


 確かに異世界でトップクラスの強さな魔王が、この程度の初期魔法で終わったら、末代までの恥だよな。


「ねえ、何かこのファイアーボール、前の世界よりも威力が上がってない?」

「まあ、あの頃からスキルを限界を超えるほど上げまくったからな」

「……魔王がいなくなってもスキル向上とか何考えてんの、このプー太郎は」

「年中玉座に座ってるクロワに言われたくないな」

「本当、見た目中々のイケメンなのに口が悪いわね」


 クロワが見え見えな闇のバリアを解除し、今度は俺に精神攻撃をしてくる。


 悪いな、俺は肉体だけじゃなく、精神力もバリケードで覆われた、お堅い心の持ち主なんで。

 人間仏像をなめるなよ。


「さて、今日はあなたたちと争いに来たんじゃないの」

「何だよ、柄にもないな。急にかしこまって?」


「何よ、あたしが女の子の素振りを見せたらいけないの?」

「もう何百年も生きてんだろ? 若作りはいいからさ。説教染みた能書きはいいから、要点を言えよ」


 ああ、腹が減ったな。

 足元の小石を蹴りながら、ズボンのポケットを確かめるが、腹の足しになりそうな物はない。


 サバイバルの火おこしじゃあるまいし、糸屑とか入らね。


「くっ、シュウじゃなかったら今ごろ首が飛んでるわよ」

「相手が俺で良かったな」

「ちっとも良くないわよ‼」


「まあいいか、いちいち突っ込んでもキリがないし……」


 魔王クロワは話の途中にも関わらず、目を反らしながら明後日の方向を見据える。

 歴代の魔王と言えど、みんなが接待が得意な方ではないらしい。


「どう分かるかしら、以前とは明らかにあたしの力が増したのを?」

「まあな。今の最大限のファイアーボールでくたばらなかったしな」

「あたしはあなたにあっさりと倒されたけど、あるお方の力のお陰で復活できたのよ」

「今の私はあのお方の力さえも身に付けた、サンカ=クロワなのよ!」


 が自慢げに鼻息を荒くしながら俺にまとわりついてくる。

 いくら美人でもここまでグイグイ攻めてくると逆に気持ち悪いな。


 おまけに鉄壁の仮面のように何層も重ね合わせた厚化粧だし……元が美人なんだし、そんなにペンキみたく、塗りたくらなくてもいいだろ。


「何だよ、クロワは社長から会長になったのかよ」

「いや、その例えは変だから」

「似たようなもんだろ」


 ただ肩書きが変わっただけで、本人が人事異動しない限り、やってることは一緒である。


「とにかく新しい魔王様、美男子なソウセイ様が誕生した今、あたしたちに怖いものはないの。あたしを倒したからって、いつまでも調子に乗らないでよね‼」

「別に天狗にはなってないが?」

「ソウセイ様が居れば、あなたなんて木っ端微塵なんだから」


 ソウセイねえ。

 聞き慣れない名前だが、美男子で新しい魔王なら俺の耳に届いても不思議じゃないはずだが?


 俺のコミュ力が低いせいか?

 最近覚えた鳥の呟きもリツイートばかりだし。


「後、あなたにはソウセイ様直伝の呪いもかけさせてもらったわ」

「おい、余計なオプションを付けんなよ」


 何の呪いか知らないが、毒や麻痺などの状態以上にはかからない体質だ。


 となると魔法関連か?

 こうなれば自身のステータスをチェックしないと不明だが、今ここで開くわけにはな。 

 個人情報の漏洩にもなるし。


「これはソウセイ様からの命令なの。異世界に本を通じてモンスターを召喚しても、世界を乗っとる意味がないって」

「何だよ、大魔獣百科を持ち込んだのもお前たちの仕業かよ」

流石さすがにカンストのファイアーボールの能力までは奪えなかったけどね」


 ファイアーボールの魔法にはパスワードみたいな術をかけてあるし、簡単には乗っ取れない仕組みになってるからな。


「あたしからの忠告は以上だよ。これからはソウセイ様の計画に下手に首を突っ込まないでよね。今度は転移魔法のようにはいかないんだから」

「何を言ってんだ、それよりもミミたちを早く解放しろ。俺も腹減ってんだ」

「仲間よりカレーを優先するんだ。可愛い所あるね」

「魔族とは違い、飯の時間は重要だからな」

「あははっ、クールに見えて実に面白い男だね」

「へんっ、好きに言ってろ!」

「じゃあねー‼」


 魔王幹部のクロワが転移魔法で消え去り、俺は束縛魔法が解けたミミたちを救出した。


 一見のどかな林間学校でも、常に俺は狙われる立場なのか。


 呪いが解けたメンバーたちとのカレー皿を並べながら思う。

 これからも十分に気を引き締めないとな……。

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