第5話 フレイムと川(林間学校編②)

「さあさあ、みんな集まって。今夜も盛大にやるわよ」


 キャンプ場に季節外れのセミの鳴き声をバックにフライキン先生が人数分の紙コップに果物のジュースを注ぐ。


 セミは成虫で樹液飲み放題なのに、成人の自分はお酒というわけにもいかず、いかせん不機嫌そうに見えるのは俺の気のせいか、それとも妄想なのか。


 今にして思うが、人の気持ちが分かるテレパシーみたいな能力が欲しかったぜ。

 俺はファイアーボールが凄くても、空気読めん男だからな。


「第12回、先生が主催する高校生でも楽しく仲良く林間学校をしような星祭りの会」


「今年も問題なく晴れた景色に、一同、乾杯!」


 紙コップを高々と上げた二十代彼氏募集アピールなフライキン先生。


 胸元のボタンを外した青白いブラウスに、黒いロングスカートというセクシーと清楚を組み合わせた絶妙な服装。


 その大人なコーデに肩で切り揃えた灰色の髪のウエーブパーマが見事に映える晴れた夕焼けの空。


 結局、この会には俺とミミ、アンバー、テイルという俺の身の回りにいる仲間しか集まらなかった。


 あくまでも赤ワインではない紙カップの葡萄ジュースをあおるフライキン先生の話によると、このイベントには、大学に向けての学力低下を防ぐためか、想像以上に人が来ず、毎年、赤字運営だったらしい。


「星祭りの会……何か素人でも作れそうなネーミングセンスだな。酒好きな先生らしいぜ」

「いや、あの場合、高校生将棋大会の開始の合図でしょ?」

「何のネタか知らんが、ミミ、お前さん、将棋覚えたのか。だったら俺とサシで勝負でもしないか? 夜も長いしさ」


 手持ちのバッグから将棋のパーティーゲームを出し、自慢げに大威張りしてると……ミミは赤くなった顔を両手で塞ぎながら、その問いに答える。


 何か様子が変だが、アルコールは入ってないんだが……これも俺の妄想か?


 まあいい、ようは相手を出し抜けばいいんだ。

 自身の熱い思いに対し、無機質に折り畳まれた将棋盤を手に抱えなら、少しばかり力んでしまう。


 ミミの隣で『二人揃って破廉恥ハレンチですわ』と睨んでくる緑のドレスのようなアンバーからの視線が痛い。

 妙に似合ってるゴスロリの服装もだが……。


 あれがアンバー流の普段着なのか?

 自分で服を選んでるのか、どんなセンスの持ち主かも知らないが、地味なキャンプ場じゃ浮いてしまい、逆に目立ってしょうがない。


 あと、俺はミミとはそんなに関係じゃねーし、警察にも縛られたくないし、今、将棋の駒を並べるので精一杯だし……。


「シュウくん、それって私とデートしたいってこと?」

「うーむ。どれくらいの腕前か。様子見からいきなり香車を潰してだな……」

「もう、何なのよ‼」


 俺の会話を色恋と勘違いしたミミが遠慮がちに誘ってくるが、すでに俺の頭脳には盤上の駒が動いていた。

 相手が勝負に負けそうで怒っていても心頭滅却、クールになれ。


「あの、サンイッチさん、ひとりごともいいですが、先生の話も聞くことも大事ですよ?」

「ワタシハ、チャントデータヲ上書きシテタゾ‼」

「声が変だし、上書きってロボットじゃないんだから」


 フライキン先生の気に素振りな言葉を追うかのように話を繋げるミミ。


 盗賊としては未熟だが、コイツの社交性に長けた会話術は人並み外れてやがる。

 ミミ攻略のルートが難しくても、ミミなら自身の攻略法をさりげなく教えてくれるように……。


「ミミさん、これは罠かも知れないです。迂闊に触ると新型のインフルウイルスに侵されますわ」

「この初夏の季節にしては珍しいね」

「ええ、もしこの病気が爆発的に広まると、この世界は未曾有みぞうの危機ですわ」


 アンバーの男嫌い? な警戒心が中々和らぎを見せず、俺を嫌悪な存在、ウイルスの固まりと思っているのが、顕微鏡で見ずとも嫌でも理解できる。


 さらに追加で夏風邪をひくのは馬鹿と女たらしのアイツだけだと小言を呟く高飛車な口振りも腹が立つ。


 俺はアンバーに何の嫌がらせもしてないし、悪口も言ってないのに、こうまで嫌われているとはな……。


 嫉妬か妬みなどで拒絶するのは本人の自由だが、とっとと異性を克服し、結婚適齢期に無事に婚約できることを心から願うぜ。


 まあ、インフルならワクチンで完全に予防できると思われがちだが、あくまでもそれは予防するものであり、実際には感染もする。


 ただ病気になってもそのワクチンの抗体があるので、症状は激しくなくて済み、重症化を防いでくれるのだ。


「ふーん、あなたたちのレポートの課題は色恋沙汰がテーマなのかしら?」

「いやいや、アンバーさん、これはですね……」

「いちゃつくんなら人気のないところでやりなさい」


 俺とミミがこの世界に来て、いつも一緒にいるせいか、いつ白羽の矢が刺さってもおかしくはないが……妄想は個人の自由だしな。


「ヒューヒュー、お二人さん、お熱いですわね」

「まさしく、田舎者丸出しのカップルですね」


 フライキン先生が葡萄ジュースをやけ飲みする中、アンバーと紺色の着物姿のテイルが二人して俺をからかってくる。


 でも俺とミミは幼馴染みで姉弟みたいなら関係なんだ。

 いいや、待て、俺の方が誕生日が先だから実際には兄妹のような関係か?


「ああ、自分の前にも白馬のプリンスが現れないでしょうか……」

「テイル、学校の地下の洞窟でユニコーンならいるらしいですわ」

「白馬……トーストンさん、あの珍獣ユニコーンのことです?」

「ええ、でもユニコーンは空想の生き物ですよね? それに神に仕え、汚れのない女性にだけ出現する馬ですから、人前に出てくるのは非常に難しいケースですわ。あと、上の変な名前で呼ばないでもらえますかしら?」

「はい。素敵な名前なのに……」


 一角獣ユニコーン。

 元々モンスターがいなかったこの世界に突如とその身を現した伝説の馬。


 癒しの魔力でどんな傷でも治すと噂されたユニコーンはやがて神格化されるようになり、神の化身と言われるようになった。


 本来の俺の世界にいたユニコーンは穏やかじゃなく狂暴で、敵を見かけたら武器でもある角を見せつけて、そのまま突き進む危険なモンスターなんだけどな。


「テイル、妄想にふけるのもいいですが、人生嫌なことばかりじゃありません。強く生きて下さいな」

「何か裏で思いっきり馬鹿にされた気分ですね……でもこんな自分を励ましてくれたお気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」


 テイルが眼鏡をかけ直しながらアンバーにお礼をする。

 彼女は一般教養以外に礼儀作法もしっかりしてて、本当、よくできた女性だな。


「そうそう、そこでカベドンして」

「先生もカメラで撮るな‼」

「えー、面白そうでしたのに……」


 どこからか持ってきた木工製のベニヤ板を木の幹に立てかけてアンバーとテイルの間柄を撮影しようとするのを何とか止めさせる。


 フライキン先生もこんな所で百合映像を撮るのが目的の催しじゃないだろ。

 今は萌え空撮影会じゃないからな。


****


 ──女性陣がテントで休む中、後片付けを終えた俺が一人でカレーを食べてる最中に、たき火をしていた炎が左右に揺れる。


 別にどこからも風は吹いていないが、誰かの悪ふざけか……。


『メラメラメーラ‼』


 たき火が人間の子供のような体型になり、薪から脚を下ろし、俺と目を合わせる。 

 目線の先には燃え盛る炎の体で出来ている子供が一人。


 獣か、もののけのモンスターか?

 どっちにせよ、視線を外したら、なめられて先に攻撃されるだろう。


 相手が弱いモンスターであるとはいえ、向こうからの攻撃の糸口を見つけないと、雑魚であろうが苦戦する。


「ウィンドウ、オープン!」


【フレイムキング、

 火属性、

 レベル540、

 力3000、

 魔力4800、

 みのまもり2900、

 素早さ1940、

 賢さ800、

 運のよさ600、

 経験値1700、

 金貨830。

(以下略)】


 ステータス検索してみるとレベルも相応に高く、ただの雑魚ではないことは分かった。

 魔力が高めなのは何かしらの魔法が使えるのか?


 素早さもそれなりにあり、パンチでボコって倒すのも難しそうだ。

 体全体が燃えてるから、手が火傷しそうだしな。


「炎の属性で出来てるということは通常の火の魔法じゃ倒せないか」


「だったらその裏をかけばいい」


 俺は転移魔法でフレイムキングを近くの川沿いに移動させ、指先に魔力を込める。


『ファイアーボール!』


 俺のファイアーボールがフレイムキングに直撃し、ヤツが体勢を崩したコンマ数秒の間にファイアーボールがヤツに迫っていた。


 そう、勘の良い俺は時間差でファイアーボールを二発放ったのだ。

 一発目のファイアーボールは囮で撹乱でもあり、二発目を繰り出すことによるカムフラージュである。


 しかも炎を直接ぶつけて終わりじゃない。

 ヤツには火属性だし、炎でのダメージはほぼ無しか、逆に体力を回復するに違いない。


 だったら一発目で火による爆風を生み出して、その風の中に別の炎の流れを送り込めばいい。

 そのままヤツの体ごと流れる川に強引に押し出して……。


『ドココーン‼』


『メラメラーン!?』


 大きな爆発が轟き、傷だらけのフレイムキングの体が宙に投げ出される。

 フレイムキングは爆風で木っ端微塵となり、炎の欠片が灰のように舞う。


「こうやって水の力を利用して、水蒸気爆発で倒すという策さ」


 フレイムキングが金貨を川にばらまいて空気と同化し、白い煙が川の流れで瞬時に消えると森の中が騒がしくなるのを肌で感じた。


「……ねえ、こっちじゃなかった?」


 凄まじい爆音がこの暗がりの森林に響き渡ったせいか、近辺のキャンプ客が異変を感じたか。


『何ごとだ?』と焦った口調の丸刈りのオッサンを筆頭に、騒ぎを聞きつけた民衆がぞろぞろと川に集まってくる。


「何でえ、打ち上げ花火かと思ったら違うじゃん」

 

「もう期待させないでよね」


「でもお金があちこちに散らばってるよ……」


「迂闊に触るな。罠かも知れないぞ‼」


「確かにこんな風に川に豪快にばらまいてればな」


 中にはオッサンの親子連れの他に若いカップルもいて、皆、何の事件もない様子に非常に残念そうにしていた。


 キャンプ中なのに大自然以外の刺激を感じたいというのも何だかな……。


(これは迂闊には出られないな。だったら……)


 俺は森の奥に隠れ、転移魔法で元の場所へと舞い戻る形となった。

 花火大会でもないのに集まってくる大勢の人の波を傍目にしながら……。

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