第4話 ゴブリンに囲まれて(林間学校編①)

 長いこと電車に揺られ、動きやすいカジュアルな普段着の俺たちは都内のキャンプ場へとやって来た。


「全く何か急な用事が出来たから付き合ってくれと来てみたらこれだもんな」

「そうでもしないと参加してくれないじゃん」

「そうですわ。サンイッチ君はこうでもしないと参加しないでしょ」


 川のせせらぎが聞こえるキャンプ場で色々と工程をこなしながら、俺はミミたちに抗議したが、そもそも男に生まれて負け組な野郎が女の子の発言力に勝てるはずがない。


「……で、どうして自分も参加なのでしょうか?」


 テイルが眼鏡のふちを押さえ、無性に嫌そうな顔をしている。

 インドア派にこんがり日向な外遊びは辛いよな。


「人数は多いに越したことはないですから」


 ただの人数の穴埋めだろ。 

 四名以上なら割り引きすると校内の掲示板にデカデカと書いていたからな。


 そのチラシの文字がアナログの手書きで、さらに走り書きで読めないと告白したらアンバーが読むのを手助けしてくれたな。


 俺とミミは翻訳スキルを通じて、この世界の言語は通じるものの、あまり読み書きは出来ないたちだったからだ。


 漢字なら程度は字体から雰囲気を掴み取れるが、ひらがなやカタカナなら話は別だ。


 特にここの住人が編み出した英語を日本語のように移し変えたローマ字は難問だ。

 英語ならば異世界でも万国共通語で、この世界でも使用できるが、ローマ字とは全然違う。


 俺とミミは遠い外国から来たから、この世界の文字に不馴れだと担任の教師に伝えると、周りの生徒が気を利かせて英文のソフトで提出物や宿題などを英文に訳してくれた。


 これで授業についていけず、勉強においてけぼりにさせることは避けられたのだ。


 当然、俺とミミは世話になった恩返しとして、この国の言語も勉強して大体理解し、こうして翻訳スキルを使わずとも、普通に喋れる分野にもなったわけだ。


「さてと、カレーの基本は飯盒はんごうで飯作りからだな」


「……じゃなくて何をエンジョイしてんだ俺は‼」


 俺たちは異世界のモンスターを召喚させる悪魔のような本を探してる最中なのに、こんな風に林間学校の行事に参加してるとは……。


 普通、このイベントは小中をピークに終わり、こんな進学校の高校ではない行事のはず……。


 だが、俺とミミは『少しでも楽しい学生生活の記念にしたいでしょ?』と若いセクシーな女教師に強引に誘われ、決められて、その教師承認のもと、一緒にここに来ている。


 こうやって蜜の味も知らなかった者が、社会という甘い蜜に埋もれてしまうんだな。


 薪に新聞紙をくるませ、着火材にライターで火をつけながら思う。


 戦争や冷戦、人種差別、環境破壊、裸足のおばちゃんが魚をくわえた泥棒猫を追いかけるシーンなど、いつの世界も最後に怖いのは人間だなと……。


「シュウくん、飯盒のご飯焦がしたら駄目だよ。わざわざ美味しいお米持ってきたんだから」

「ああ、ミミ料理長。一流シェフの腕を信じな」

「うんうん。私は料理長じゃないけど、それでこそシュウくんだよ」

「男性だけのことあり、頼りになりますわね」


 ミミが教師の運転するステップワゴンの後部座席から追加の野菜を運び出し、砂利道の歩道に用心しながら俺に声かけする。


 一方でアンバーはカレーの具材を切りながら、『この方は人泣かせですわね』と新玉ねぎと格闘していた。

 どうして新玉ねぎという異名なのか知らないが、単純に普通のより安かったから買った食材だ。


 それでもって俺ら三人が頑張って食事の支度をしてるのに教師とテイルの二人はいない。

 何か大事な話があると教師の方が言っていたが、それならここで話す必要はなくないか?


「あの二人、この期に及んでサボってんじゃねーよな?」

「まあ、いいじゃん。その分シュウくんが二人分頑張ればいいんだよ」

「何だよ、そのパワハラ的な発言は……」


 飯盒の火を薪で調整しながら、俺は一人物思いにふける。


 ああ、ファイアーボール以外にもキャンプに役立つ便利な魔法を覚えておけば良かったぜ。

 修復魔法や転移魔法はおまけみたいなもんだし、こんな狭苦しいキャンプ先でのファイアーボールはリスクが高過ぎる。


 何よりこの世界で魔法を使用するのがご法度なんだ。

 魔法自体が人力で生み出せない平凡な世界なのだから。


「シュウくん、ついでにだけど、後からお願いできる? オーナーには許可はとったから」

「何でだ、ミミ? もうすぐで飯が炊けるのに?」

「翌日の分の調達も必要かなって。ラジオで聞いたんだけど、明日の朝は霧が出るらしいから」

「はいはい、分かったよ。初夏のお嬢さん」


 俺は飯ができたのを確認し、弱いふりと見せかけ、護身用の木の杖を握る。 


 霧が出るなら早いうちに拾っていた方がいい。

 枯れ枝は湿気を吸いやすく、火がつきにくくなるという欠点もあるからだ。


「あとシュウくん、気をつけてね。ここ熊とか出るらしいから」

「ああ、でもお前さん忘れてないか?」

「えっ、ハンカチなら持ってるよ?」


 ミミが赤いジャージのポケットから白いハンカチを取り出す。

 その体操着、ここの高校で支給されるもんだけど、昨日は体育あったよな。


 どうしてお前は昨日着てたのを持ってんだ、普通は乾いてないだろ? 生乾きか? と質問したいが、今は触れないでおく。


「違うぜ。俺は最強のファイアーボールの使い手なんだぜ。熊ごときにやられるかよ」

「そういえばそうだね」

「サンイッチ君なら怖いものなしですわ。まあ、わたくしなら拒絶しますけど」


 何か、一名勘違いしてないか。

 俺は弁慶でも、人を襲う熊でもないぜ。


 俺は森の中を突き進み、質の良い薪を拾うべく、木々の生い茂った場所を重点的に探した。


 ──どこまで進んで理解しただろう。

 この森もヤツらの巣窟ということに……。


『ギイイイイー‼』


『ギャアアアー‼』


『キシャー‼』


 俺は棍棒や槍を持ったゴブリンたちに周囲を囲まれ、先ほどからファイアーボールで迎撃していた。


 しかし、数に無勢だ。

 いくら一撃で倒せると言っても魔力が切れれば終わりである。

 まあ、普通の魔法使いならばだ。


 幸い、俺のMPは9999とマックスでそれに対してファイアーボールの消費量は3ポイント。

 しかも一定ターンでポイントが回復できるスキルも拾得している。


 おまけに筋力トレーニングの成果か、HPも9999とマックスでこちらも持ち前のスキルで自然回復する。


 こんなゴブリンに惨敗する俺ではない。

 でも、針をつつくような攻撃でも持久力は削られるので油断は出来ない。


 それにこれだけの集団だ。

 どこかでこの群れを率いる親玉がいるはず。


 俺はファイアーボールをゴブリンに一発当てて倒しては一歩退き、魔力を回復させて、ファイアーボールを唱えることを繰り返した。


『ギイイイイー‼』


 そうやって赤や緑のゴブリンどもを100体ほど闇に送った先に、一匹の橙色な大きながたいのゴブリンが現れ、鼓膜がイカれそうな馬鹿デカイ唸り声を上げる。


「ようやく出たな、色と大きさからして、ゴブリンキングといったところか」

「オマエ、ナカマウバッタ。ユルセナイ」

「へえ、知能が低いゴブリンなのに人間の言葉が喋れるんだな。道理でこんなきかんぼうだらけの集団を纏められるわけだ」

「ヤカマシイ、オマエハココデキエロ‼」


 ゴブリンキングが棍棒で俺の頭をはねる。

 人間の急所の一つでもある部位。

 そこを的確に狙ってきただけに、このボスキャラは中々やってくれる。


「まあ、ステータスを見るほどでもない、ただデカイだけのゴブリンだけどな」

「ナンダト?」


 ゴブリンキングの振るった棍棒を片方の指で摘まんだ俺は何ともない反応で利き手から炎の玉を発動する。


「マテ、ソレダケノチカラ、テキニスルノハモッタイナイ。オレラノナカマニ……」


『ファイアーボール!』


「ウオオー!?」


 俺は『むさ苦しい仲間になれ(そうとは言ってない)』と言いかけたであろうボスをファイアーボールで吹き飛ばす。


 スライムや人食い本とは違い、普通に放った攻撃だったが、俄然威力があり過ぎた。

 ゴブリンの長は肉体さえも灰に帰し、その場には棍棒と足元の影しか残っていない。


「さてと、よく燃えそうな棍棒も集まったし、元の場所に帰るか」


 薪の他にゴブリンの遺品、棍棒を拾った俺はそれらを背中にかるった竹編みのかごに入れ、修復魔法で何の痕跡も残さず、現場を早々と去ろうとした。


 あの図書館の本で学んだ、立つ鳥、後を濁さずの語源通りにだ。


「──あの、サンイッチさん。これはどういうことですか?」

「ねえ、先生、自分の言った通りでしょう」


 草と草の擦れる音がして、振り向いた背後にはあの教師とテイルがいた。

 二人とも複雑そうな面影でこちらを注意深く観察している……いや、この分だと警戒してるのか。


「サンイッチさん、マジックのつもりか何かは知りませんが、その力は驚異の存在です。教師として見過ごすわけにはいきません」

「……やっぱりそうなるのかよ」


 俺は距離を空けて、女教師の前でファイアーボールを撃つ構えをとる。


「サンイッチさん、何のご冗談かしら?」

「分かるだろ。先生もろともなかったことにするまでさ」

「要するに邪魔者は消すと?」

「仰せの通りで」


 俺は深呼吸して息を整え、構想を練るために意識を集中させる。


「サンイッチ君、馬鹿な真似はよして下さい」

「そう言われてもなテイル、もう詠唱は終わってんだ。出力もデカイから今さら軌道も変えられないし」


『ファイアーボール!』


 高さにして建物一階建て分の巨大な炎の玉が教師とテイルの前に迫る。


 両者とも意を決した覚悟で向き合うというか、腰が抜けて動けないのか。

 まあ、二人に知るよしはないな。


「先生、自分は先生と一緒なら本望です」

「駄目よ、アップルさんはまだ若い身なのだからここで無駄に身を散らしては」

「どんな攻撃でもどこかに解決策があるものよ」

「先生!?」


 教師がテイルの前に出て、炎の玉と対峙する格好になり、普段は冷静な俺も驚いた。


「へー、やっぱり先生だけあって教え子を守る尊厳は捨てないんだな」

「まあ、そのための教師ですし、せめてこの子を守れるのなら」

「先生ー‼」


 炎の玉が教師の目前まで近づき、両目を瞑って耐える教師の前に接近し……、

目と鼻の10センチの間で巨大な炎が跡形もなくプツリと消える。


「あれ?」

「ああ、言い忘れてたな。このファイアーボールにも欠点があってさ。威力を広範囲するほど飛距離も短くなるのさ」

「つまり、距離をとったのは初めから……」

「そうそう。この歳にもなって、警察の世話にはなりたくもないし」


 成人の身になったばかりで冷たい独房状態じゃ、人生捨てたようなもんだろ。

 悪いことして楽して金貨を手にしても、とばっちりは高確率で跳ね返って来るんだ。


「ななっ、最初から先生を騙していたのですね‼」

「いや、こうするしか手がないと思ってさ。フランキン=フルト先生」

「ま、まあ、騙される先生にも否はありますしね……」

「それにどんなトリックか知らないけど、そんな危ないものは下手に出すような代物じゃないわ。気を付けなさいね」


 フランキン先生は拳を震わせながら、俺を叱ろうとするかと思ったら予想外にも冷ややかな判断を下した。


 ──こうして俺が黙っていた魔法が使えるという特技は数人にバレる形になったが、林間学校は始まったばかりだ。


 とっとと戻って美味しい出来立てカレーにありつくことにしようか。

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