第3話 本であった物(魔法戦士降臨編③)
「あー、何のことだかさっぱりだぜ」
「まあ、そう言わずにもうちょっと探してみようよ」
「お前はいいよな、お気楽極楽鳥で」
元は白かった壁のクロスが経年劣化で黄ばんで見え、窓際には大きな観葉植物が置かれ、多くの古めかしい本棚が縦方向に立ち並ぶ。
古びた紙の本、入荷したばかりの辞典、やたらと質感がボロボロな写真集、アニメで大人気を博した漫画の単行本と本棚の中身は実にユニークで豊富なジャンルだ。
こんな感じでこの高校に直結した図書館には『大抵の本なら無料で読める』というフレーズがSNSで話題となり、学生以外にも都内の社会人や買い物帰りの主婦も立ち寄ったりもする言わずと知れた名所でもある。
「本当にこんな手がかりで原因が特定できるのかよ?」
「でもあの真面目なアンバーさんが冗談を言うようには……」
「分かんないぞ。良い子ぶってはめられたかもな。ああいう優等生タイプは案外、裏表が激しいという噂だぜ」
「そうかなあ」
長年の経験談を特に気に止めず、アンバーの肩を持つミミ。
相手がどんな相手でも対等に接するタイプでもあり、平たく言えば八方美人。
男性にはモテるタイプかも知らないが、一部の女性からは陰口を叩かれたりもしてる。
知って知らずか本人はそんな女とも気軽に接してはいるが……。
「あった! この本じゃないかな?」
「確かに大魔獣百科に間違いないな。どれどれ?」
ミミが歴史のジャンルの本棚から探り当てた辞典のような分厚い黒い本。
大魔獣百科と赤いゴシック体の表紙のカバーにはホコリが被っていた箇所もあり、理由もなしにこんなのを読むヤツの気が知れない。
「あれ? 中身はただの恐竜図鑑だよ?」
「……どうやら先を越されたようだな」
ハードカバーを外すと、中身は違う代物の男児が好んで読みそうな学習図鑑。
高校生で恐竜に興味があるとか、将来は大学で専門の資格を取り、考古学者にでもなる気か?
「しかし、信じがたいぜ。この本を通じて俺たちがいた異世界のモンスターが乗り込んでくるとはな」
「何でアンバーさんが知ってたかは謎だけどね」
アンバーにこの現実という世界にモンスターが出没するようになった状況プラス、俺とミミがそのモンスターがうようよいる異世界から来たことを簡潔に纏めて説明した。
最初は驚きで言葉も出なかった彼女だが、前々から俺を嘘のつけない性格と認識してたらしく、素直に言われるがままだった。
そんなアンバーが古来の黒魔術を利用して作られ、異世界の邪悪なものを呼び寄せる書物がこの図書館にあるという噂話をしてくれたのだ。
「この場合、アンバーが黒幕なのも考えられるぜ」
「アンバーさんはそんな人じゃないよ」
「やれやれ、お前は本当にお人好しだな」
俺はハードカバーを隣接した木目の長テーブルに置いて、ミミを責める形をとる。
一方で相手は不思議そうに首を捻った。
そうだった。
コイツはドジな上に天然な部分もあったな。
見た目美少女だし、身長は150と低いが女の子は小さい方が魅力的らしいし、それに反して胸はCカップだろうか、それなりにあるな、とりあえず空想で揉むか……いや、今は色恋にうつつを抜かす場合じゃないだろ。
「肝心の本が無いんじゃ、この図書館に居る必要はないな。さっさと講義室に戻るぞ」
女の子の手のひらって、しっとりと柔らかく、温かい手をしてるよな。
「待って。図書委員のテイルなら知ってるかもよ?」
「アップル=テイルか。確かに本の管理をしてるのはアイツだけど大丈夫か?」
アップル=テイル。
本を読むことが大好きで暇すらあれば小説を読んでいる物静かで内気な少女。
異世界から来たことを留学という話に
ブレザーの首元には緑のリボン、あの金バッジは芸能科か。
緑の長い髪は丁寧にみつ編みされていて、度の強い眼鏡をかけてるからに、いかにも野郎にも人間にも興味なさそうな勤勉な印象だ。
眼鏡を外したら地下ドルになるとかいう展開は今は無視だぜ。
「……アイツ、学力は良いらしいけど、意外にも人見知りって聞いたぜ?」
「まあ、ここは私に任せてよ。えっへん‼」
「えっへんはいらない返しだけどな」
デカイ胸を張って自慢げにアピールするが、そのたわわが目に余って……いやいや、この男を惑わす兵器は目に毒なんだが……。
コイツ分かってて誘惑してるのか?
見かけによらずセクハラ満載な娘め。
「──ねえねえ、テイルちゃん」
「ひゃっ!?」
返却口のカウンターで一人文庫本を読んでいたテイルにミミが話しかけるが、突然の訪問に焦ったらしくテイルは妙な声を上げた。
「そんなに驚かないで。同じ高校の授業を受けてるミミだよ」
「あっ、コウボウさん?」
「そうそう。あと呼び名はミミでいいよ」
同じ高校の授業を受けるという会話は謎めいていたが、ミミがテイルの瞳に映りそうな距離まで近付くと、テイルは座っていたパイプ椅子を少しだけずらし、背中を引いた。
その様子だと、乙女な百合関係にも無関心らしい。
「いえ、コウボウ先輩の方が年上ですし、自分がでしゃばるわけには……」
「うーん。相変わらずの真面目さんな対応だね。そんなんじゃ、ストレスで胃に穴が開くよ?」
「いえ、例え、空いたとしてもコウボウ先輩の方が学力も経験も上ですし、なあなあ扱いにはできません」
ダリィー、このガリ勉女と話してて疲れるわーと言いそうな俺の反応を装いに何てこともない表情で微笑むミミ。
この女、会話術に
「でね、この本の中身を探してるんだけど、現時点での貸し出し人とか、それで分かるかな?」
カウンターの傍にあった白いデスクトップパソコンの方に指先を向けたまま、何の前触れもなしに本題に入るミミ。
「ええ。少々お待ち下さい」
「だから私たちにはタメでいいって」
私たちと言うことは俺もミミの仲間入りにされてるということか。
「いえ、そういうわけにはいきません。上下関係を守らずして、この委員の仕事は勤まりませんから」
「……はあ、今どき珍しいほど、お固い娘だね」
テイルが手慣れた操作でパソコンで検索し、あっという間に特定されたのか、テイルの無機質な瞳に光が宿っていた。
「南側、ルート32番の漫画コーナーにて保管されているようです」
「えっ、さっき探した時にはそんな本は無かったはずだが?」
漫画の群れにそんな本があったら普通なら気付くはずだよな。
まあ、本には盗み防止用の管理バーコードが付いてるし、検索が正しいなら間違いはないだろうが……。
「もしよろしければお探しをお手伝いしましょうか?」
「いや、テイルは仕事中だろ。余計な手間をかけたくないから」
「そうそう。任務は重大である!」
「ミミはちょっと黙ってろ」
「えー、シュウくん何か冷たくない?」
ミミの暴言を無視し、例の魔術の書を見つけるために漫画コーナーに向かう。
くっ、いたいけなヤツらだな。
アクションにファンタジーに恋愛と、いかにも読んで下さい感が満載じゃないか。
「あっ、あの本か‼」
俺はカバーから剥き出しにされた大魔獣百科という本を手に取ろうとした瞬間に何かを感じ取る。
『シャキーン!』
刃物通しの擦れ合う殺気を五感で察しながら、大きく開いた大魔獣百科だった本の口から冷静に距離を離す。
「早速、人食い本のお出ましか」
「ねえ、お目当ての本なのに、実はモンスターだったとかずるくない?」
「お前も人のこと言えるたちじゃないだろ」
「えー、やっぱ、今日のシュウくん冷たいよね」
「ウィンドウ、オープン」
「酷い、こんなにも可愛い女の子の発言を無視するんだー?」
台詞が棒読みなのが気になるが、自分で可愛いと声に出す女ほど案外可愛くないもんだ。
【人食い本、
無属性、
レベル235、
力3000、
魔力0、
みのまもり3000、
素早さ3800、
賢さ1000、
運のよさ5400、
経験値2800、
金貨0。
(以下略)】
場所は分が悪い図書館。
お馴染みファイアーボールなら一撃だが、これらの本の海を炎で干上がらすわけにはいかない。
だったら後から魔法で修復すればと思われがちだが、修復できるのは表面的でこれらの本の中身の情報(文章)まで再現することは不可能だ。
それに天井には均等にスプリンクラーが設置されている。
煙か、熱探知かまでは不明だが、本にとって水も大敵。
ファイアーボールを調整して放っても、これらが作動すれば、この図書館の存続すらも危うい。
だったらこの本ごと転移魔法で移動し、人気のない場所で迎撃するに限る!
転移魔法で開いていた窓から飛び出た俺はモンスターと一緒にすぐ隣にある学校の屋上に移動した。
光の速さの移動だから、ここの生徒たちには気付かれないし、屋上の出入り口には教師しか開けれない南京錠がかけられているから誰もいない。
『シャキ、シャキ、シャキーン‼』
「悪いな。ついこの前、美容院に行ったから、髪のカットは不要なんだ」
人食い本がギザギザな歯並びで餌を欲しがるのを横目に、炎の玉を発動した利き腕を正面に捉える。
「燃え尽きろ」
『ファイアーボール!』
『ドカーン‼』
爆発音を調整し、乾いた音を立てて、黒こげになって床に落ちる本だったもの。
これじゃあ、例え、本物だったとしても読むものが化けた物とは検証は出来ないだろう。
俺は本の状態を確かめることもせず、その場から立ち去る。
誰かが意図的にあのトラップモンスターを仕掛けたのか?
だったらソイツの目的は何だ?
俺たちには、あの本の存在を知られたくなかったのか?
疑問ばかりが浮上する中、ふと俺は足を止めて屋上の扉の前に立つ。
ドアノブを掴み、そのままの体勢で流れていく日常。
五月病とは無縁な性格だが、気のせいか、爽やかに吹き抜ける風が心地よい。
もうじきこの現実世界に長い雨季、梅雨というジメジメとした景色がやって来るな。
「……昔からピッキングは苦手なんだよな」
俺は鍵がかかったドアと心で対話しながらも状況は変えれず、後に内側から来たミミに屋上の鍵を開けてもらった。
ゲームである
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