第2話 スライムだけの洞窟(魔法戦士降臨編②)
俺とミミが異世界から来たと怪しまれないよう、自然体で転校した公共の建造物、シュークリーヌアンビバレッジ高等学校。
名前は食い物と飲み物を掛け合わせたようなふざけた名前だが、それなりに難しい筆記試験さえクリア出来れば、小中高とエスカレーター式に進める進学校らしい。
外観は西と東、そして北を焦点に三角形をモチーフした形になっていて、主に卒業して一流の会社に勤めるための架け橋としての技術を学ぶ一般科、将来はモデルや芸能人になるためのカリスマなノウハウを学ぶ芸能科、文学や武道を教わる体育科の三種類に分かれている。
校内には一学年に一クラス二十名ほどの学生が在籍するが、都会の空気に憧れて入学した生徒も珍しくなく、近所にある学生寮に寝泊まりしながら勉強を学ぶというパターンがほとんどだ。
ちなみに俺は体育科に籍を入れているが、文学や武道にとりわけ秀でてるわけではない。
そんなものを学ばなくてもファイアーボールでなら一発だ。
体育科を選択したのは格闘術などをこの身に刻みつけ、自分の腕を鈍らせないため。
確かに俺にはファイアーボールという最強の魔法があるが、この世界では魔法は迂闊に使えないし、それに頼りがちで肉弾戦は苦手だった。
だから徹底的に肉体改造に挑んだ。
授業の日課でもあるトレーニングの腕立て伏せとスクワット、グラウンドの走り込みで体を鍛える毎日。
中ではそのハードな授業についていけずに他の科を選ぶ者もいたが、腕も鈍らず、体力もつくとなれば魔法戦士な俺にとってはうってつけである。
こうして俺は人並みではあったが、それなりの力などを得たのだ。
──季節は5月、初夏の陽気だ。
校内の制服でもある紺色のブレザーに重ねた赤いネクタイを少し緩ませながら、火照った身体の熱を逃がす。
右腕には体育科を意味する剣と盾が十字にクロスされた金バッジが付いていて、赤いネクタイは特待生クラスの腕前を意味する。
まあ、手加減をしてるとはいえ、魔力という肩書きの精神力だけなら、ずば抜けてるから特待生になって当然か。
隣村からミミとやって来た天才二人組という噂話の異名はどうにかしてほしいものだが……。
それに進学校という校内にも関わらず、私服ではなく、このような制服の着用が義務付けされるとはいえ、時と場所を考えろよな。
ああ、いつものようなTシャツとジーパンやらというラフな格好がしたいぜ。
「シュウくん。私から絶対離れたら駄目だからね」
「そんなこと言って本当はミミが怖いだけだろ?」
「やだなー、幽霊なんて出るわけないよ」
「だったら俺の腕にしがみつくのは止めろ。万が一の時に困る」
「幼馴染みなんだから勇者が私を守るのは当然でしょ」
「何で魔法戦士の俺が?」
「そんなの言われなくても分かるでしょ。バカ○んが!」
「バカはないだろ……」
校内の地下にある暗い鍾乳洞で俺と同系色のブレザーと金バッジに、俺と同系色の赤いリボンを首に巻いたミミが体を細かく震わせながら、こちらの利き腕をしっかり握っている。
例のチート魔法のファイアーボールが使える腕がこれじゃあ、上手いように迎撃も出来ない。
利き腕じゃなくても、ファイアーボールが繰り出せないことはないが、命中頻度が落ち、加減をして放つのも難しい。
おまけに履いてるミニスカートやらも大胆で、魔法の風圧で見えそうなのがヤバい。
「全くどうしてわたくしも同行しないといけないのかしら。進学を左右する大切な試験の時期が迫っていますのに……」
「ああ、それには俺も同感だ。こっちは中間試験だけどな」
しかも学校長の命令でミミと同じブレザーに首元が緑のリボンなアンバーによる監査付きときたものだ。
これでは何かが出てきても魔法で追っ払うという芸当が出来ない。
ちなみにアンバーは芸能科であり、金バッジのデザインは開いた本と万年筆を強調した形で、緑のリボンは実力と運でエリートの道を勝ち取った証でもある。
なぜ陸上という運動部に所属して芸能科なのは謎のままだが、一般のブルーカラーとは違い、俺の知る限り、桁外れの実力の持ち主だ。
まさしく学校側を引っくるめた信頼と、学年ナンバーワンな学力の二つだけなら俺なんかでは歯が立たない。
さて、時系列が混乱する前に元の話に戻すか。
出てくるものが鹿や馬だったらいいが、鍾乳洞に住み着いてるならユニコーンの類いも知れないし、その程度の癒し系の草食動物なら腕っぷしでビビらせることもできる。
「逆に怖いのが肉食系だな。虎や熊が現れたら一気にピンチだぜ」
「こ、怖いこと言わないでよ。幽霊なんて出るはずがないじゃん」
「まあ、非科学的な発想であることは間違いないですね」
校内のイベントにも使用するため、鍾乳洞は丁寧に舗装されており、天井には十メートル感覚で松明のような灯りが点いている。
そのお陰で周りをクッキリと見渡せ、比較的安全な洞窟でもあるが、女の子にとっては心細いダンジョンと思われるのだろう。
「ミミさん、ちょっといいかしら?」
アンバーが小さな体をモジモジしながらミミの側に近付く。
地獄耳でもない俺には聞こえないよう、小声で話す限り、聞かれてはマズイ話なのだろう。
「じゃあ、ちょっと失礼しますわね」
アンバーが洞窟の外への階段を昇ろうとし、俺は疑問を抱く。
バリバリの責任感で任務にあたるアンバーは俺たちの監視役でもあり、自らがいきなり外れるとは思わなかったからだ。
「アイツ、外に出る階段を進んで、どこに行くんだ?」
「何でもお手洗いらしいよ」
「なるほどな」
トイレ行きなら転移魔法で出口にまで瞬時にという手もあるが、天井があって頭をぶつけてイタイだけだし、そこまで関わりすぎると赤の他人と言うわけにもいかない。
「ちょっとミミさん! 内緒のはずですわよ‼」
「ああ、ごめんね。つい口が喋っちゃった」
「その場合、口が滑ったじゃないのか?」
洞窟にはトイレという場所はなく、緊急時は人目のつかない所でという暗黙のルールがあるが、女の子なら話は別だ。
アンバーは真実を知られた俺から逃げるようにここから去っていく。
「アンバーさん、お嬢様だけあって去り際も美しいね」
「トイレに行くのに美しいも何も」
「もう、シュウくんは女心が分かってないなあ」
ミミが俺の前に躍り出て、おちょくるかのようにほっぺをつついてくる。
俺はコイツのオモチャか、落花生を割る人形か?
『キューイ!』
背中越しからアザラシみたいな鳴き声が響き、俺は戦いに向けて身を引き締めるが、肝心のモンスターはどこにもいない。
だとすると距離的から把握して、幼馴染みのコイツが元凶か。
「何だよ、腹でも空かせたか、お姫様」
「わっ、私じゃないよ‼」
「そんなこと言っても、今この場所には俺たち二人しかいないだろ?」
嘘は重ねられても体は正直だ。
脳に左右されない内臓系は無意識的に動いてるんだ。
三大欲求の一つでもある食欲、そのエネルギーを欲した生理音に理性で敵うもんか。
「いや、シュウくん、後ろ‼」
「ああ、後ろに旨そうな果物でも実ってるのか? なら話は早い!」
こんな光も空気も汚れた洞窟でも果実は育つんだ。
出来れば腐ってなくて渋柿じゃなければいいが……いや、この気配は……。
『キュキュー‼』
『ファイアーボール!』
『キュー!?』
そう思考し、振り向きもせず、後ろに向かって火の玉を投げつけると『キュゥゥー』という可愛らしい声を最後にし、足元にゼリー状の緑の液が流れてきた。
「シュウくん、やるね。最弱なスライム種族でも容赦ないというか」
「なるほど。殺気を感じたんでやっぱりな。毒性の力を持つポイズーンスライムに後ろから狙われていたのか」
姿が水溜まりとなったスライムに静かに手を合わせて、次は人間に生まれ変われと安らかな成仏を願う。
「さて、いくらスライムでも大勢で来たら色々と面倒だ。このスライムのステータスでも覗き見して今後の対策でも練るか」
「ウィンドウ、オープン」
【ポイズーンスライム、
毒属性、
レベル300、
力150、
魔力0、
みのまもり125、
素早さ1700、
賢さ130、
運のよさ100、
経験値230、
金貨153。
(以下略)】
経験値はカンストで必要もないが、目星の金が少なすぎる。
やっぱり、
こいつがレベル300ということは、もしやここでの親玉だってことか?
つまり、これより弱いスライムもいるということか。
その柔らかいゼリーの体を活かせば、厳しい社会を生きぬくことも出来そうなのにどんだけ弱い生き物なんだよ。
まあ、この程度ならヤツが百匹現れても俺の敵じゃない。
毒にさえ気をつければファイアーボールを使わずとも、床に落ちている木の棒でも十分に倒せる能力値だ。
「きゃあああー‼ 誰か助けてくれませんことー‼」
昇り階段を一気に駆け降りてくるアンバーが悲鳴をあげて、俺の方向に走ってきた。
あの女はトレジャーハンター気取りか?
一人で勝手に騒いで、何が楽しいんだ?
それとも洞窟内で金銀財宝でも発見か?
この鍾乳洞は学校の所有物ゆえに、報告もせずに財宝を盗んだら即停学、ケースが悪ければ退学も免れない。
財宝を盗み出せないように出入り口には隠しカメラという魔道具を使用している。
例え天井が亀裂で空いてても、物を盗んで転移魔法も
本当、学校側も金のことならちゃっかりしてるな。
「あああー‼ あなた、わたくしがピンチな時にエッチなサイトをウィンドウ、オープンしてる場合ではないでしょう‼」
「こんなダンジョンでそんなん見るかよ」
この世界では紙を媒体にした欲望のアイテムがあるのも承知だが、女の子の前で堂々と読むほど俺は変態じゃない。
「それよりもそんな高飛車な態度でいいのか。助けてやらねえぞ?」
「えー、あんまりですわー‼」
アンバーの後ろには一列に並んだスライムがひっきりなしについてきている。
数にして20というところか。
さっきのポイズーンスライムは緑だったが、このスライムたちは青。
定番な最弱なモンスターの集団だ。
「シュウくん、か弱い女の子相手に意地悪は駄目だよ」
「あー、分かったよ‼」
ミミのお人好しにも虫酸が走るが、こんな場所で戦いには不馴れで、即戦闘不能になるアンバーの体を引きずるのも嫌だ。
それに気を失った人間ほど重いものはないからな。
「おい、アンバー。ちょいとゴミが通るぜ。スライムを俺に誘導しつつ、頭を低く下げてろよ」
「ええ、下げるのですね?」
アンバーが腰を低い姿勢で保ったまま、スライムたちを何とか引き付ける。
『ファイアーボール!』
人さし指から飛び出たビー玉サイズな炎の玉はスライムの集団に割って入った。
『ドコーン‼』
『キュウウウーン!?』
激しい炎に焼かれたスライムたちは瞬時に溶けて消滅し、それを見たアンバーは素直に驚いていた。
あぁー、お嬢様が居るのを忘れて日常茶飯事でチートな魔法をやってしまった。
「す、凄いですわね!? サンイッチ君は手品がお得意なのですね!?」
「あはは。おじさんがマジシャン使いでさ、暇潰しに色々と学ばせてもらってさ」
「チャラい態度に見えて、意外にも努力家ですのね」
意図に反して好奇心を持ったキラキラといた瞳で俺を誉めてくるアンバー。
この現実世界と呼ばれる異世界には魔法という非科学的なものは存在しない。
火をおこすことも周りを明るくするのも、ガスや電気という道具で簡単に再現できるのだ。
「サンイッチ君、良ければこの洞窟の目的を果たすまでわたくしのボディガードをしてくれないかしら? お金なら弾みますわ」
「まあ、俺で良ければ」
こうして俺はアンバーを護衛する立ち位置になり、このダンジョンでの用件を済ませた。
どこからか数あるモンスターが出現し、危なくリスクの高い作業は存在感の少ない新人の役目。
幸いにもその後も階下で強いモンスターが出現する異世界とは違い、弱いスライムしか出なく、地下も三階までしかなかった。
そうして、特殊な材質の砂地に突き刺さった勇者の剣の状態管理をし、アンバーは地下水路の水質チェックを余裕でクリア。
サラサラとしたパウダー状の砂山なのに、その剣が抜けないことに改めて勇者になれないことを実感した。
異世界とは若干都合は違うが、ダンジョンもたまに入れば、中々良いもんだな。
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