第2話

「ごめんなさい。私。昔から友達の基準が高くて、友達以外と話すの苦手で。別に、鈴木くんが苦手とかじゃなくて、人と話すのが苦手なの」


 彼女と僕は別の世界の住人である。

 だけど、悩む理由は意外と同じで、少し距離が近くなった気がする。これでも、天と地の差があるけど。



「だ、大丈夫です」


 僕は、逃げるように公園を後にした。

 雨はまだ横殴りに降っていて、制服が完全に水を含んでしまった。明日までに乾けば良いのだが。



 僕は家に帰るなり、急いで制服を乾燥機を使って乾かし、湯船に浸かる事にする。


「あれ? お兄ちゃん帰ってきたの? 帰ってきたら、ただいまって言ってっていつも言ってるのに!」


 僕には、中学二年生の妹がいる。名前は、鈴木陽菜すずきひな。僕の最近の悩みの一つだ。

 妹と一切話せない。違う。意識しているとかじゃない。最近妹の当たりが強い気がする。思春期というやつだろうか。



 僕は、風呂から上がり、パジャマに着替え、自分の部屋に行こうとすると、妹が話しかけてきた。


「お兄ちゃん。今日、お母さんとお父さん遅くなるって。陽菜、お風呂入るからね。あーあと、覗いたら殺すよ?」


 こ、怖い。寒気がしてきた。風邪でも引いてしまったのだろうか。今日は、早めに寝る事にしよう。



 目を覚ますと、20分ぐらい仮眠を取っていたようだ。


「ぎゃー!」


 お風呂場からだろう。陽菜が騒いでいる。

 僕は一応、念のためお風呂場に向かうと、陽菜が風呂場から猛スピードで飛び出してきた。


 床が濡れてしまっている。体を拭かずに風呂場から出てきたからだ。陽菜は怯えながら、俺を盾にしている。


「お兄ちゃん。あの黒いやつ退治して」


 あの黒いやつ。あー、何となく分かる。あれだ、クソ早いスピードで動くゴから始まるやつの事だろう。


「す、すまない。お兄ちゃん黒いやつは退治出来ない」


「ふざけんな〜! このコミュ障陰キャ! たまには役に立て!」


 いや、無理だろ。だって、人ともろくに話せないのに。あの黒いやつを退治する? 出来るわけないだろう!


「分かった! 夏色メモリーズの最新刊買ってあげるから! 退治して!」


「お兄ちゃんに任せとけ」


 僕は、棚にしまってあったスプレーを取り出し、壁をもの凄いスピードで移動する物体に向けて噴射する。


 あとは、大量のティシュで包み、外に放り投げた。


「お、お兄ちゃん。漫画の力って凄いんだね」


 こ、怖かった。体育教師に怒られた時ぐらい怖かった! こんなのはもう二度とごめんだ。


 陽菜がお風呂を上がった後、陽菜と一緒にオムライスを食べた。僕は、早めに就寝する。



「ねぇ、私の事、美桜って呼んで。一はじめくん」


 僕は姫乃さんと一緒にベット上にいる。

 夢のような光景だ。


 僕は、姫乃さんを抱きしめ、そのままキスを……。



「ねぇ、お兄ちゃん。もう朝だよ。てか、さっきから、何で枕にキスしてるの? 夢の中で好きな子とキスでもしてたの? 朝からお盛んだね」


 マジでやらかした。今日どうやって、姫乃さんと話せば良いのか。ああ、どのみち姫乃さんと話せないや。


 この時、少しコミュ障で良かったと安堵した。



 僕はいつも歩いて学校まで登校している。今日も歩いて登校する。今日の空は綺麗な青色だった。雲一つ無い空で少し暑い。昼からは気温がかなり上昇すると言っていたからな。


 僕は、コンビニで牛乳を買って、公園に向かって行く。別に猫が好きだからというわけではない。干からびてしまったら可哀想だと思ったからだ。


 昨日のダンボールはまだ公園のど真ん中に置いてある。中には昨日の猫が元気に鳴いていた。


 公園に着いて気づいたが、牛乳を持ってきたのは良いものの、入れる皿がない。


「す、鈴木くん、おはよう。皿なら私が持ってきたよ」


 姫乃さんは、両手に猫のエサと皿を二枚。そして、二リットルほど入ってるであろう、水のペットボトルを両手いっぱいに抱えて来た。


「ひ、姫乃さん。お、おはようございます」


「ご飯の時間だよ。にゃん太郎」


 にゃ、にゃん太郎! 姫乃さんが付けたのだろう。た、確かに可愛いけど、にゃん太郎。姫乃さんだからか、名前のセンスはきっと、凄いのだろうと思っていたが、にゃん太郎か……。


「もしかして笑ってる? 私は可愛い名前だと思ったんだけどな」


「い、いや可愛い名前だと思います。にゃん太郎」


 左手に付けていた腕時計が七時五十を指している。そろそろ学校に向かわないとまずい時間だ。


 僕は、エサと牛乳をにゃん太郎にあげていた姫乃さんに話しかける。


「あ、あの。そろそろ、学校に向かわないと遅刻しそうですよ」


「あ! そうだね。そろそろ行かないと」


「じゃあ、僕は先に学校行ってるんで」


「ふーん。女の子を一人置いて行くんだ。意地悪だね」


 姫乃さんは、笑顔でそう答える。


 か、可愛い! でもやっぱり嫌いだこの女!


「す、すみません。い、い。一緒行きましょう。姫乃さん」


 少しだけど、姫乃さんと距離が縮まった気がする。それでもまだ、ライオンとミジンコほどの差がある。

 僕は、時間が止まってくれれば良いのにと願う。

 願い虚しく、学校へはあっという間に着いてしまった。

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姫乃さんは人見知りのお姫様 桜青 @0588

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