姫乃さんは人見知りのお姫様

桜青

第1話 姫乃さんは人見知り

 人は幾つもの仮面を持つ。いわゆるペルソナというものだ。自分自身の外的側面。内側に潜む自分。人は、その仮面を使い分けて人と話す。

 その仮面が外れて、一切の仮面のない素の自分が現れた時、それが本来の自分と言えるのだろうか。



 突然だが、僕には嫌いな人がいる。


 名前は姫乃美桜ひめのみお


 彼女は、そこら辺のモデルなんて敵にならないほど容姿端麗で、誰にでも分け隔てなく会話をする。運動もできる。高校二年生の現在、彼女は陸上部に所属している。成績も常に一番。


 誰もが尊敬し、憧れる存在。そんな彼女を男子共は放っておくわけもなく。常に下駄箱には何通かの手紙が入っていて、昼休みは告白をされる毎日。


 こないだも、サッカー部のキャプテンに告白されて、振ったという話を耳にした。


 彼女に告白なんて良く出来るものだな。

 姫乃美桜と言えば、東京に本社を置く、姫乃不動産の御令嬢である。


 だからだろう。皆から姫乃さんは、お姫様とあだ名で呼ばれている。


 彼女の清楚で誰にでも優しいイメージから付けられたのだろう。



 だが、僕は彼女が嫌いだ。

 彼女の裏の顔はきっと、僕のような、いわゆる陰キャという生物を見下しているに違いない。


 僕は彼女の秘密を知っている。

 ある日。僕は勇気を振り絞って、彼女に話かけた事がある。


「あ、あの。姫乃さん!」


 だが、彼女の取った行動は、適当に話を受け流すわけでも、真剣に聞いてくれるわけでもなかった!


 姫乃美桜。彼女は、僕を無視したのだ。

 僕があんなに一生懸命に話かけたと言うのに。


 これだから、陽キャは嫌いだ。僕らを見下している。絶対そうに違いない。



 僕と彼女では、住む世界が違うのだから。



 最近は、台風の影響で雨が沢山降っている。

 僕はバックにしまっていた折りたたみ傘を取り出して、一人静かに帰路に着く。


 陰キャは良い。

 帰り道に誰かに誘われるわけでも、寄り道などをする事がなく、時間を有効的に使う事が出来るからだ。



「あのー! 鈴木さん。美化委員の仕事忘れていますよ」


 誰かに肩を掴まれ、僕は足を止めた。

 僕を止めたのは、同じクラスの女子で、姫乃さんと仲の良い、佐藤奈々美さとうななみという人物だ。


 僕は人の名前はあまり覚えないが、彼女は覚えている。委員会が一緒で何度か話した事があるからだ。


「あ、あ。あの、すみません。忘れてました」


「うん。まぁ、いつも通りだから良いよ。そろそろ、私と話すのにも慣れて欲しいんだけど。やっぱり、鈴木さん話すの苦手?」


「ごめんなさい」


 僕はさっきから下を向いて、佐藤さんの顔を見れずにいる。そう、僕はいわゆるコミュ障だ。昔から誰かとあまり話した事が無いからなのだろう。

 これは治る気がしない。


「じゃあとっとと、仕事終わらせて帰ろ」


 美化委員の仕事は何日かに一回、掃除ロッカーや掃除場所を点検するというもの。


 佐藤さんのおかげで、美化委員の仕事は早くに片付いた。雨はまだ横殴りに降っている。

 今日は、一日中雨なのだろう。



 僕は、家に帰る途中、家の近くの公園で大雨の中、座り込んでいる女子高生を発見する。


 後ろ姿で誰か予想はつく。姫乃美桜だ。

 彼女の綺麗な長い黒髪が雨のせいかさらに輝いて見える。


 ここは、何も見なかった事にして帰るのが普通なのだろう。


 僕は、息を殺しながら家に帰ろうとする。

 一歩一歩と前に進むが、スピードはかなりゆっくりだ。風が強く吹いてるわけではない。

 何かが、僕の足を止めている。

 やはり最近の僕はおかしい。一年生の頃は、誰かに自分から話しかける事なんてなかった。


 今だって、何で僕は走って彼女のもとに向かってるんだ! 僕は彼女が嫌いだ! だけど、ここで彼女を見捨てたら、何かが壊れる気がした。ただそれだけだ!



 僕は、彼女のもとに駆け寄ると、「にゃー。にゃー」と鳴き声が聞こえる。


 彼女の足元には、小さなダンボールがあり、中には猫が一匹元気に鳴いていた。


 僕は、彼女に雨がかからないように、傘を差す。彼女が傘を差していなかったのは、猫に雨がかからないように、傘を猫に差していたからだった。


 彼女は体をビクッと反応させ、後ろを振り返り、鳩に豆鉄砲を喰らわされたような表情をする。


「良かったら、傘使って下さい。家、すぐそこですし、ビニール傘なんで返さなくて良いです」


 僕は、得意の早口で乗り切り、雨の中を走り出す。


「あ、あの! 待って、鈴木くん!」


 彼女の声はいつも教室の中で聞いている。いつも仲良く友達と話している。彼女の声は少し高い。


 だけど、今回は違う。僕に向けた言葉。今回は無視されなかった。


「傘ありがとう! 今度はちゃんと言えた」


 姫乃さんは歯を見せながらニコニコと僕に笑いかける。


 姫乃さん、やっぱり可愛いな。まつ毛長いし、髪凄い綺麗だし、でも、やっぱり笑顔が一番可愛い。


 黙れ! 僕の中の素直な自分!


 今度はちゃんと言えた。

 あーそうか。僕は姫乃美桜という人物を誤解してたんだ。


 彼女は、僕に話かけようとしてくれていたのに、無視されたと思って逃げたから。最低なのは、彼女じゃなくて、自分自身だったんだ。


 彼女は、人と話すのが少し苦手なのだろう。だから、僕はこんな事を聞いたんだ。


「ねぇ、もしかして。姫乃さんて、人見知り?」


 彼女は顔を赤らめて、驚いている。

 そう、そのまさかだ。姫乃美桜は極度の人見知りなのだ。


これが、僕、鈴木一すずきはじめと姫乃美桜の初めての会話だった。

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