Episode of Hugin

近衛真魚

Episode of Hugin


 聖王国とアルカディア帝国は、その国境線を巡りほぼ常時戦争状態にある。

 と言っても、常に大規模な会戦をドンパチやりあっている訳ではない。小康状態というか、小競り合いの繰り返しで示威行為を行い続けるという時期も確実に存在し、場合によっては休戦と再開を繰り返したりもしている。

 古代の歴史に詳しいものなら、英仏百年戦争と言われればピンとくるかもしれない。

 結局の所一進一退を繰り返す戦況でも、相手に取られたくない要衝というのは確実に存在し、帝国軍が撤退を余儀なくされたそこもそんな要衝だった。


 機兵を積み込んだ輸送艦、揚陸艦が支援砲撃の元撤退を開始する。

 何度目かの聖王国の突撃を撃退したイルフリードは操縦槽の中で軽くため息をついた。


 撤退戦に暗黒騎士が戦力として投入される辺り、この辺を攻め落とそうとする聖王国軍の本気がうかがえるというモノだ。


『この辺りを取り返そうと躍起になるのも仕方がないさ、なにせここは……』


 僚機としてエレメントを組んでいるアイオイ・ユークリッドの言葉に、イルフリードはそう言えば、と思い出す。


 「無領主領」

 聖王国と帝国のちょうど中間、聖王国の側に存在するこの飛び地は……レルアン・ギル・ラズールによる、虐殺が起こった場所なのだから。

 住んでいた人民の多くは聖王国に逃げ、逃げられなかった者はこの地に送られた領主に決して協力しようとはしなかった。

 懐柔しようにも聞く耳持たず、例え家族恋人を人質にとり、拷問する様を見せつけたとしても決して膝を折らぬその姿勢に、いつしかこの地は重要拠点でありながら誰もがその支配を行いたくない場所として、無領主領と言われるようになっていた。

 そしてその帝国の支配が弱まったと言える今、奪われた場所を取り戻そうとして追われた者達の反撃が起こったとして、可笑しい事等なにもないだろう。

 まして、駐留軍の指揮官がレルアンの甥、ガンギーンとなればなおのことだ。


「なぁ~にを寝ぼけた事ぬかしていやがる、弱えぇ奴が全部奪われる、何も可笑しい事はねぇだろうが」


 会話に割り込んできたのは、暗黒騎士ゴザレス。その物言いにアイオイとイルフリードは嫌悪を隠そうともしない。


『……相変わらず、品の無い男だ』

「あぁ?」


 もう一人分入り込んできた声、現れたのは、他3機に比べても重装甲を施された機兵。


 暗黒騎士フギン、常に鎧を身に纏い、下ろされた面防の下を見た者は決して多くない。


『おい、鎧野郎、もう一度言ってみろ』

『品がない、と言った』


 苛立ちを隠そうともしないゴザレスの言、それに対するフギンの言葉にも険が混じる。


「やめろお前ら、戦場だぞ」

『そうだ、そろそろ聖王国の軍が攻め込んできてもおかしくない』


 4機の機兵が改めてそちらを見る。

 こちらへと向かってくる機兵の立てる砂埃が遠くに見えた。


***


 聖王国の機兵部隊は暗黒騎士達を中心とした防衛網を、ついぞ破る事ができなかった。

 彼らにとってみれば、アイオイとイルフリードが居た事が既に不幸であり、戦闘で勝てない要因ですらあるのだが。アイオイ・ユークリッド率いるガーター黒騎士団の勇戦も決して無視できるものではない。


「……そろそろ、後がなくなってきた」

「そうだな、完全撤退も間近だ、お前も騎士団を引き揚げさせるタイミングだろう」


 夜、士官用に用意された天幕でアイオイとイルフリードが湯で割ったワインを手に脱出のタイミングを話し合っていた。

 日中の攻勢は退ける事ができたものの、それは戦況を立て直す事とイコールではない。

 寧ろ暗黒騎士達の居ない周辺の要衝を聖王国に奪われた事で、この地は余計に厳しい状況になったと言える。

 暗黒騎士がどれほどの力を持とうと、それはあくまでも個の力だ。戦闘で勝てても戦場では苦しめられ、戦争では決して勝てない。

 実の所、まだ撤退が終わっていないこの場所を維持できているのも、ガーター騎士団による所が大きく、暗黒騎士達も自分たちが撤退するなら騎士団に合わせるべきだ、という認識で一致していた。


「ゴザレスはどうする?」

「ラズールの直掩に付けるさ、というか、既に向こうに回ってもらっている」

「ゴルト・ラズールか……こんな戦場に小回りの利かない馬鹿みたいな戦艦で来やがって」


 はっきり言って現状、戦艦など盾替わりにしかならない。

 しかも戦場の最後方で、逃げる準備には余念がないというのだから呆れかえるほかは無いだろう。

 ラズール家総旗艦・プラチナムラズールには及ばないのでゴルト・ラズール……自己顕示欲の強い名前である。


「移動する舞踏会場の事はどうでも良いんだ、問題は……ここだ」


 アイオイが指し示したのは、まだ救援に向かった帝国軍の部隊が抵抗を続けている小さな集落。

 揚陸艦1隻と数機の機兵で立てこもりには成功したが、その後聖王国に包囲され、補給もままならない状態になっている。


「救出と撤退か……」


 イルフリードが地図を見ながら考え込む。

 聖王国の部隊をかいくぐって隊と合流し、今度は彼らを護りながら聖王国の防衛陣を抜いて後方へ脱出する。

 言葉だけなら簡単だが……


「誰が出来るんだ、こんな曲芸」


 この場所を保持できる限界、一両日中にともなれば話は絶望的に変わってくる。


「……フギンにやってもらうしか無いだろう」


 何かをかみつぶしたかのようなアイオイの言葉に、イルフリードはやむを得ないと頷く。


「魔導板の予備はまだあったな、準備させよう」


 最大の問題、ウル・ハガルの鈍足さに対する答えは、まだ予備がある魔導板を使う事で解決する。


「すまない、暗黒騎士フギンを呼んできてくれないか?」


 アイオイの言葉に、侍従の一人が敬礼を返して部屋の外へと出る。


---


「フギン卿をお連れしました」

「あぁ、入ってくれ」


 暫く後、鎧に包まれた巨体を侍従が連れてきた。彼はフギンを部屋に入れると、直ぐに待機室へと戻る。


「すまない、フギン……難しい頼みがある」


 アイオイの言葉に、フギンはひとつ頷くと二人と共に地図を見下ろす。


「ここに、わが軍の揚陸艦と駐屯部隊が聖王国に包囲されている。今の帝国で実戦経験のある部隊は得難い、ましてや防衛戦の経験者となればなおさらだ」

「……」


 フギンが頷くのを確認して、アイオイは言葉を続ける。


「聖王国の包囲を抜き、揚陸艦と駐留部隊を護って聖王国の陣を突破し、連れ帰ってきてほしい」

「こちらの戦力は?」


 当然の如く帰ってくる言葉に、アイオイとイルフリードは顔を見合わせる。


「君ひとり、だそうだ」

「……」

「出来る事は限られるが、必要と思われるものは可能な限り用意する。作戦期間は0時から1日間……それ以上は、まって居られる状態じゃない」


 不可能ごとだ、命令でなければ誰がこんなことを頼めるものか。

 そんな雰囲気が、アイオイの言葉の端々にこもっている。


「判った」

「すまない……」


 改めてのアイオイの言葉に、気にするなと言わんばかりにフギンは首を振る。

 作戦開始の0時、フギンのウル・ハガルは魔導板を起動して単騎で味方の救援へと向かう。

 フギンの見送りを終えた後、イルフリードとアイオイが天幕に戻ると、そこにゴザレスが居た。


「ゴザレス、ラズールの防衛はどうした?」


 イルフリードの言葉に、ゴザレスが口元を歪に歪めながら言う。


「そのラズール卿から味方救出作戦に関する重要な情報を手に入れたから伝えてこいと言われたんだよ」

「……聞こう」


 次にゴザレスの口から出てきた言葉は、暗黒騎士二人をして驚きを隠せない物だった。


「あの揚陸艦とその部隊の包囲な、クルセーダー……首狩り神官とその部隊がいるらしい、注意しろ、だとさ」

「なっ……!?」

「“首狩り神官”……“血塗れゴルン”が!?」

「あ~、ラズール卿も急遽手に入った情報らしくてな、それに伴い、ここの放棄が速まった、夜明けとともに完全撤退だ」


 にやりと笑みを浮かべて、ゴザレスはそう続ける。


「おや?そーいや鎧野郎がいねーみてぇだな?ま、お前らのどっちかから伝えといてくれや」


 その時、奴を切り捨てなかった己の忍耐力は、いまでも褒めてやりたいと、後にイルフリードは語っていたりした。


***


 暗い未明の大地を、魔導板に乗った機兵が行く。

 夜の闇に溶け込む様な黒一色に塗られた、騎士鎧の如き重装甲の特殊仕様機。ウル・ハガル。

 その操縦槽でフギンが作戦行動の手順を思い出す。

 聖王国の包囲を切り開き、味方揚陸艦と合流。揚陸艦が移動可能であれば揚陸艦を軸として強行突破。

 揚陸艦が移動できないのであれば、隊の稼働可能な機兵と協力しての強行軍。


 もっとも、艦が動けても強行突破できないほど包囲が厚いのであれば、突破できる所まで包囲を削る必要がある。

 そしてどちらにせよ、包囲網突破のために聖王国の軍は叩いておく必要があり……


 フギンの進行ルート正面に、聖王国の旗がひらめく防衛陣地が顔を見せ始めている。


 躊躇う要素は何一つとしてない。フギンの接近に気付いた聖王国の兵達が騒ぎ出すのを見ながら、フギンはその陣地に魔導砲の弾丸をバラまきつつ通過した。


 いくつかの陣地をそうやって抜ける。

 その先にフギンにとっての目的地、帝国軍の旗を掲げた艦影が見えてきた。


 なるほど、暗黒騎士が送られるのも道理だ、とフギンは内心舌を巻く。

 そこで動きを止めていたのは帝国軍最新の強襲揚陸艦だったのだから。

 既定の通り、接近しながら信号弾を3発、色は青・青・白

 少しの間をおいて、揚陸艦からも同じ色の信号弾が上がった。


 揚陸艦に接近しようとする聖王国の部隊を、鎧袖一触で薙ぎ払ってから、フギンは揚陸艦の傍に陣取っているレーヴェに切りかからんとしているソルダートを魔導板の勢いを乗せた槍で串刺しにする。


『あ、暗黒騎士様!助かりました!』

「援護に来た、動けるか?」


 言いながら、フギンは周りを素早く見回す。

 何機かいるレーヴェに無傷の機体は一機もなく、一部の機体は破壊したソルダートからもぎ取った腕や足を無理やりつないだ継ぎはぎの機体になっていたりもする。


「今日の0時には完全撤退が行われる、状況をまとめ、聖王国包囲陣の突破案を作りたい」


 早朝、フギンは味方揚陸艦との合流に成功した。

 しかし、彼の知らぬところで既に帝国軍の撤退は開始されていたのだ。


---


 艦艇はフギンが想像していた以上にダメージを受けていなかった。これは聖王国の側としてもこの揚陸艦の奪取こそを目的としているからだろう。


「まだ艦は戦闘能力を喪失してはいないが、まだ、に過ぎん、機動戦の主力たる機兵の数は少なく、操手の疲弊は限界に達している」


 艦長に引き合わされ、おおよその状況を聞いたフギンは、思った以上に状況が悪い事を理解した。

 突破してきたフギンという戦力が増えた事もそうだが、なによりも彼が魔導板に大量に乗せてきた水と食料が喜ばれた事こそが、悪い状況を裏付けている。


「……単騎で防御陣を突破してくるのとは訳が違う、包囲網を打ち崩すために、操手達にはまだ粘ってもらわねばならない」


 フギンの一言に、機兵隊の隊長が挙手をする。


「発言を宜しいか?」


 その言葉にフギンは一度頷き「何かあったら遠慮なく言ってくれ」と続ける。


「機兵4、内中破3、小破1、従機2の残可動機に対し、操手の残2名……これが、無理をして捻りだせる機兵戦力の全てです」


 万全に動ける操手は残り2名、負傷を押して無理をしても言うほどの戦力にはならない。

 機兵の状態はいわずもなが、破壊した敵機の無事な部分で破損を補っている現状、稼働率など笑い話の類だろう。


「情報を感謝する……艦長、これは提案だ、それもかなり無茶な」


 今、揚陸艦がいる位置から帝国軍の勢力圏に戻ろうとするならば、かならず、聖王国の砲兵陣地をどこか通過する事になる。

 砲兵陣地には当然機兵も、従機もいるだろう。


「……なるほど、海賊の真似事ですか」


 フギンの言わんとする所を理解した艦長が口元に手を当てて考える。


「ならば、うだうだと悩んでいる時間はありませんな」


 にやりと笑う、そういう表現が似合う笑みを浮かべて、艦長は作戦実行を宣言した。


---


 聖王国の包囲網は混乱に陥った。

 当然だ、ここ何日か鎮座したまま防衛陣地と化していた揚陸艦が突如として動き出し、自分たちに襲い掛かって来たのだから。

 漆黒の重機兵を前衛に、襲い掛かってくる継ぎはぎの機体。

 その背後から、あらん限りの砲火を浴びせかけつつ、突っ込んでくる揚陸艦。

 そいつは前方にドラッフェン・シールダーの城壁を認識すると、あろうことか魔導障壁を前面に分厚く展開、そのまま体当たりを仕掛けてきた。

 追従する機兵もまた、足を止める事無く、歩兵中心に攻撃を浴びせるだけ浴びせて去って行く。


 艦の行く先に砲兵陣地がある事に脳がたどり着いたのは、十分に距離をとられてからだった。


***


 早朝から帝国強襲揚陸艦の突撃を受けた聖王国砲兵陣地は大混乱に陥っていた。

 タイミングも悪く、少ないながら機兵が存在していたものの機動にひと手間かかる状態だった、そのタイミングを突かれた。


「はっはぁ!まさか軍属になって海賊の真似ができるなんてな!」

「嬉しそうですね、艦長」

「おう!海賊はロマンよ!野郎ども!獲物はいただいたな!?ずらかるぞ!!」

「アイアイ・サー!」


 うまい具合に歩兵。操手と機体を分断し、揚陸艦が増援を押さえている間に、整備が終わっているだろう機体を中心に聖王国の機体をかっぱらっていく。部下達に引き上げの合図を送ると、艦長は行きがけの駄賃とばかりに、残っている機兵にありったけの砲弾を叩きつけていく、無論、その辺りでたむろしている砲台を潰していくのも忘れない。

 奪い取った機兵は突貫工事で左肩を黒に塗りなおされ、そこに識別マークを赤で塗り重ねていく。

 

「さて、手筈通りならそろそろ……」

「おかしら!機兵隊を左舷に確認!手筈通りです!」

「艦長だ!よし、収容用意!!」


 タイミングを合わせて、フギン達機兵部隊が少しばかり離れた所にある捕虜の収容所を強襲。

 後送の為集められていた移動用車両ごと、帝国兵を取り返してきた。

 かくて14機に増えた可動機は、その全てに万全な状態の操手が割り当てられたのである。


---


 足を止める暇は残されていない。機兵搬入口から車体ごと収容車両を乗せると、揚陸艦は微速に落としていた速度を一気に上げた。

 燃え盛り、煙を上げる弾薬庫に土産とばかりに榴弾を叩き込むと最大出力で動くホバーの砂煙を友にして一気に加速を終える。


「第一段階は上手く行ったな」

「幸先が良いというのは良い事です、しかし、好事魔多しとは言うモノですな」


 艦長に答えた副長が指し示す先には、聖王国の偵察車両がこちらを見ている様子があった。

 それを聞くや、艦長が戯れに舷側砲で射撃を命じたのだ。放たれた15センチ砲の砲弾は偶然にも偵察車両を直撃し、それを見た兵達は歓声を上げた。


「当たる時は当たるもんだな、おかげで士気高揚になった」

「当たったから良いような物の、外れれば余計に気分が腐りましたぞ……」


 副長の苦言に「いいじゃねぇか」と笑い声を返す。


「しかし、バレましたかな」

「ま、通信しねぇわけがないわな……海賊ごっこは終わりだ、総員警戒!」


 誰かが悪ふざけで上げていた海賊旗がするすると下ろされ、入れ替える様に帝国軍軍艦旗が誇らしげにかかげられる。

 側面ハッチが開き、そこから鹵獲したばかりの14機の機体と、継ぎはぎの2機、そしてフギンのウル・ハガルが吐き出される。

 機兵達は自らの乗る魔導板に乗ったまま、揚陸艦に随伴する航路をとり、3機1小隊4組と、変則的な4機1小隊。

 遊軍としてウル・ハガルが先導に立つ。


『全機、聞け』


 エーテル通信機が若干の雑音と共に隊長機の音声を拾う。


『聖王国の連中は、少なくとも俺達が死にかけと捕虜の集まりだと侮っているはずだ、やつらを蹴散らして戦場の支配者がどちらかと言う事を教え込んでやれ!』

 

 意気軒高、まさにその言葉がしっくりとくる勢いで、操手達の士気は上がっている。


『案ずることはない!俺らには暗黒騎士もいる!俺達は強い!俺達は勝つ!』

『俺達は』


 隊長機の言葉が、その先に続くことは無かった。

 強烈な破砕音と共に、破壊された隊長機の上半身が吹き飛んでいくのを、僚機ははっきりと見ていた。

 魔道板がバランスを崩し、編隊から外れて横転、何度か撥ねてから爆発する。

 一瞬だけそちらに気をとられた機兵部隊に、横合いから魔導砲の一斉射撃が浴びせかけられた。

 被弾しながら艦の影に隠れる者、機体を派手に振り回し、他の機体が攻撃範囲から逃れるまでの時間稼ぎをするもの。

 各々が自己の判断で回避行動をとる中、揚陸艦を囲むようにいくつもの聖王国の旗があがった。

 その中に混じる「竜の首を咥えた鷲獅子」の旗印。

 それを見た操手が悲鳴に近い声を上げる。


『敵に鷲獅子の旗印!!首狩り神官!!』


 次の瞬間、彼の声は一瞬の破砕音とノイズにかき消された。 


***


 多数の機兵に取り囲まれた揚陸艦が実に6時間の間逃げ続けられたのは、機兵隊の勇戦があったからに他ならないだろう。


「8番機!何をやってる!!艦に飛び乗れ!」

『そんな細かい制御は無理だ!それよりも対艦砲がくる!あれは任せろ!!』

「何をする気だ!!やめろ!戻れ!!」

『そっちは100人、こっちは1人、気にするな!!』


 集中的に被弾したスラスタを強引に吹かして艦から離れ、こちらに狙いを定める対艦砲群の真ん前に躍り出る。


『冥途の土産にそいつはいただいていく!!』


 目の前に現れた機兵に対して咄嗟の反応ができなかった対艦砲の運用部隊は機兵の爆発に飲み込まれた。


「なかなかどうして、肝の座った操手が多いでは無いか」

「単に必死なだけでしょう」


 聖王国側の旗機、首狩り神官、血塗れゴルンと呼ばれているクルセイダー、ゴルン・フラーヴェは帝国軍残党の勇戦をそう評する。

 諦めず、良く戦う彼らを前に、ゴルンの脳裏から、いつのまにか投降を呼びかけるなどと言う選択肢は消え失せていた。


 あれほどの胆力、あれほどの意志を貫く戦士たちに、自ら敗北を認めろなどと不敬にも程がある。


「では、もう一押しと行こう、全機!旗をかかげろ!!」


 一斉に、13機の機兵が立ち上がる。それらの機体が掲げる旗印は聖王国の精鋭、クルセーダーを示すもの。

 ゴルンの機体、ソルダートをベースに、分厚い装甲を更に加えた重量級のそれが、手にした大槌を振り上げる。

 鎖から放たれた猟犬のように、12機のソルダートが帝国軍に襲い掛かった。


---


 彼らは間違いなく精鋭であり、死をも恐れぬ兵士だ。揚陸艦の放つ分厚い防空スクリーンを意にも介さず、その只中へと飛び込んでくるのだから、並の胆力で出来ることではない。

 左肩の黒いソルダートが1機、また1機と撃墜されていく。だが、彼らとてなんの抵抗もせずにいる訳ではない。

 戦場を拮抗させるために帝国側1機で聖王国側4機を破壊しなければならないという絶望的な状況の中、聖王国の標準的な機兵が鹵獲されたソルダート1機を仕留める為には6機の損害を必要とした。

 その死を無駄にすまいと、艦体前方に魔導障壁を展開した揚陸艦が後方に陣取る法撃型機兵の群れを踏み越えていく。

 赤く歪む砲身にバケツの水をぶちまけて強引な冷却をしながら、対空砲があるだけの弾丸を吐き出して機兵達を押し戻す。

 揚陸艦に向けて打ち出された対艦砲の射線に躍り出て、対艦砲弾の直撃を受けて爆散するソルダート。わずかな所でその手を掴み損ねたフギンは、直ぐに戦場全体の状況を確認しなおす。

 まもなく日が暮れる、その時には、聖王国の部隊も一度退くハズだ。


 フギンとエレメントを組んでいた鹵獲ソルダートが既定の手信号の後、左へと逸れて離脱する。その機体が帰艦コースに乗ったのを確認して、フギンは自分も帰艦するため速度を落とし……。

 次の瞬間、フギンは推力を一気に全開に叩き込むと、その場から跳躍する。

 フギンの乗っていた魔導板が何十もの被弾の炎を上げ、爆発したのは直後だった。


 現れたのは全部で13機のソルダート。そのどれもが神官帽の様な頭部パーツと、タパードを思わせる追加装甲を身に着けている。

 1機だけ両手持ちの大槌を構えている者がいる、それが隊長機だろう。

 当たりを付けると、フギンは揚陸艦へと連絡を送る。


『我、敵クルセーダーの奇襲を受ける、作戦に変更なし、幸運を祈る』

『ご武運を、幸運を祈る』


 稼働可能な機兵を回収し、揚陸艦が逃げを打つ。

 その様子を確認して、フギンは自らを中心に円を描くように動き続ける敵と相対した。

 統率の取れた、良い部隊だ。円を描く動きを止める事無く、彼らはフギンの動きに合わせて円の中心を動かす。

 そんな状況でさらに、彼らは誤射すら恐れずに魔導砲を撃ちこんでくる。

 いや、数発ならば誤射をしたところで痛くも無いのだろう、分厚い装甲はそんな無茶を可能にしている。

 一方のフギンは流石にそこまでの余裕はない、重装型と言っても限度はある。

 何よりも逃げ場がない、被弾を覚悟で前方を突き抜けようとも、フギンが移動した分だけ包囲も移動するのでキリがない。

 つくづく魔導板を失ったのが痛い、と内心歯噛みする。

 そうしている内にも、フギンの無線には味方の悲痛な通信が増えてきている。

 ここでこいつらと遊んでいる暇はない。決断したフギンは操縦席に身を深く静めると、後方から伸びている一部の魔導回路を自身の首の後ろへと「接続」した。目立たない所ではあるが、フギンのそこには小さな魔法陣が刻み込まれている。

 そしてフギンは、詠唱を始めた。


「来たれ、来たれ、来たれ、来たれ、我は其なり、其は我なり、我が目は其の目、我が手は其が手、我が意志は其が意志」


 次の瞬間、フギンの意識は一度ブラックアウトし、これまで映像盤で見ていた景色が、己の目で見ているかのように広がった。

 そして、クルセーダーゴルンと、彼の部隊にとっても悪夢は、この瞬間に始まったのだ。


---


 変化は、唐突に起こった。

 これまで、鈍重に逃げ回っていた重装機が、突然まるで巨人が中に入ったかのように機敏に動き出したのだ。

 そいつは突然前方飛び込み前転で包囲の端に詰め寄ると、勢いを殺さぬまま手にした槍を突き出して1機の操縦槽を貫いた。

 槍の穂先を赤黒く染める液体は、黒血油だけでは無かったはずだ。


『こいつ……!ペテロを!!』


 フギンの横に居た二機が、ほぼ同時にメイスを打ち付ける。

 しかし、それは判っていたかのように、振り下ろした腕を掴まれる事で止められた。

 一方の腕を掴んでぐるりと体を入れ替えると、その勢いのまま振り回された機体は向かいの機体に激突する。

 脇から腰に向けて槍を突き下ろされて、力なく倒れる機体の上に、足を払われて別の機体が倒れ込む。丁度操縦槽の辺りに、胴体がぶつかるように。

 ぐしゃりという卵の殻が割れるような音。何が壊れたのかは考えるまでも無い。

 倒れ込んだ機体も、その背から槍を叩き込まれ、操縦槽を貫かれた。


 僅か数瞬、その間に3機の機兵が戦闘不能に陥る。

 残る10機の動きが変わる。包囲するのではなく、ランダムに、四方八方からウル・ハガルに襲い掛かる。

 背後から突き出されたルツェンハンマーの一撃を、まるで判っていたかのように上半身を捻るだけでかわされ、体を崩した所を腕を引かれて引き倒され、頭部を踏み砕かれるに至って、クルセーダー配下の操手達もただならぬ状況が起こっていることを理解する。


 残された9機の機兵を睥睨するウル・ハガル。その魔晶球が怪しく紫に光った


***


 それは、機兵の動きをしては居なかった。

 どこの誰が、背後から突き出された槍を上半身を捻るだけで回避して、さらに攻撃してきた相手を引き倒すなどと言う複雑というものを超越した動きを行えるものか

 いや、そもそもそんな事をするよりも体ごと避ける方がよっぽど安全で楽だ。

 ゴルンの背筋を嫌な汗が流れた。そんな事をできる操手は、果たしてどれほどの凄腕なのか、考えたくも無かったからだ。

 眼前で構えをとる暗黒騎士の機体が、真っ直ぐに走り込むように襲い掛かってくる。

 カウンターを入れるタイミングを計り、ゴルンは軽く身を沈め、大槌を真っ直ぐに振り上げる。

 襲ってくる機兵の射程に入る一瞬前、ゴルンは大槌を勢いをつけて振り下ろす。

 その瞬間、目の前の機兵がまるで幽霊のようにかき消えた。刹那の間すらおかずに横へと飛びのいたのはほぼ本能と言ってもいいだろう。それ故に、彼は操縦槽を貫かれる事を左肩部装甲の消失と引き換えに免れたのだから。


 体を崩した機兵は捨て置き、フギンはその向こう正面にいるソルダートに向かって突撃を敢行する……様に見せて接近した。

 案の定、片手の盾を突き出して防御態勢をとりつつルツェンハンマーの刺突でカウンターを狙ってくる敵機の姿。フギンはそれに怯まず、相手に向けて駆ける足を、接敵直前に勢いを殺さぬまま右前へと踏み込ませる。当然、機体全体がつんのめるように前へと傾き、フギンはそれに逆らわずに続く左足を相手側に捻りながら更に前へと踏み込ませ、一気に体を持って行く。

 相手からはまさしく、フギンが消失したかのように見えていたはずだ。

 この獲物は先ほどの機体よりも反応が悪い様で、フギンの突き出した槍に魔導炉を貫かれ、何度か痙攣するように震えてから沈黙する。

 残り8機、フギンは地面に突き倒した敵機から槍を引き抜くと、相手から見えるように黒之槍を発動させる。


「行クゾ」


 呟いた言葉は、外部スピーカーを通したかのように、くぐもって聞こえた。


---


「くそっ!間に合ってくれ……!」


 アイオイの機兵、ラグナレクが魔導板を走らせる。それに並走するのはイルフリードのネプラ・ナーダ。


『ラズールの阿呆め、この土壇場でわざわざこちらに必要な情報を秘匿するなど』

「文句は後にしよう、それよりも、急がないとフギンが危ない」


 魔導板は限界まで速度を上げている。そして、ラグナレクの頭部には鳥のような羽飾りがついているように見えた。

 いや、それは羽飾りではなく、フギンがいつも傍に置いているアルビノのワタリガラス、ムニンだ。

 叩きつけるような暴風ともいえる風圧を、ラグナレクの装甲の影に隠れる事でいなし、ワタリガラスはその赤い目で行く末を見る。


「話が正しければ、そろそろの筈だ」

『あの揚陸艦も、あそこまで生き残っていたのが奇跡のようなものだからな、長居はしたくない』


 ガーター騎士団と共に逃げてきた揚陸艦を援護した際、彼らを支援した暗黒騎士、フギンの事を聞いたアイオイとイルフリードは揚陸艦を騎士団に任せ、フギンを援護するためにここまで無理を押してやってきた。

 聖王国のクルセーダーとその配下計13機に対し、たった一人で戦う輩を救うために。


「もうすぐだ……!」

『覚悟しておけ、アイオイ、最悪……』

「判ってる」


 ほとんど跳ね飛ぶように小さな丘を越えた彼らが目にしたものは、装甲を弾き飛ばされながら、今まさに11機目の獲物にその刃を叩きつけて仕留めたウル・ハガルの姿だった。


「フギン!」

『無事の様だな、時間がないフギン、離脱を……』


 その姿を認めた時から、二人ともが違和感を感じた。

 ウル・ハガルの姿がまるで、動きたいのに動けないように思えたのだ。


『おっと!動くなよ暗黒騎士ども!!』


 通信に入り込んでくる声、恐らくは目の前の重機兵から発せられるものだろう。その旗印は血塗れゴルンのもの。おそらくは本人だ。


『言われて止まると思うか?』

『無理にとは言わねぇさ、だが……』


 イルフリードの返答に、ゴルンは半ば茶化したような声音で、それを持ち上げた。

 その手の中にあるのは、ラズール家の紋が描かれた箱馬車。その中に非戦闘員らしき女性がいるのを、機兵の魔晶球は正確に捕らえた。


「あれは……!」

『馬鹿貴族が、女連れで戦場とはな』


 アイオイとイルフリードが吐き捨てるように言う。

 それでもその存在は暗黒騎士達の動きを鈍らせるには十分である。ゴルンはそれを確信し、満足そうに口元を歪ませる。

 男の姿はないから、ラズール配下にせよなんにせよ、とっくに逃げ出しているのだろう。ゴルンが戯れに馬車を持ち上げる手で強く圧をかけると、馬車の中から絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 帝国側の機兵が腕を下げ、即応が出来ない状況になる。まだ剣は捨ててはいないが


『おーおー、判ってるじゃねぇか……だがな、俺からすりゃこいつ等も、薄汚い異教の売女だ』


 まるで子供が飽きた玩具を放り棄てるように、ゴルンは手にしていた箱馬車を放り投げる。それがまだ中空にある間に、残っていたゴルンの配下が魔導砲で箱馬車を撃ち抜いた。


「なっ!?」

『外道が!!』


 激昂するアイオイとイルフリード。しかし、動き出そうとした二人の目は、目の前の半ば以上装甲を破損したウル・ハガルに吸い寄せられた。

 まるで馬車を受け止めようとして伸ばしたウル・ハガルの手の中に、血に塗れた襤褸と化したドレスと、恐怖に怯えた年頃の娘の頭が転がった。

 それを、傷つけないよう丁寧に地面に置くと……次の瞬間、ウル・ハガルの姿が掻き消えた。


「!?」


 誰もが声を出す間もあらばこそ、フギンの繰り出した黒之槍は、魔導砲を構えたままのソルダートを真正面から捕え、その上半身を消し飛ばした。


「ナゼ……コロシタ……!」


 それをフギンの声と言われても、アイオイとイルフリードには信じられなかった。

 まるで、それは機兵そのものが声を発しているかのような……


「ナゼ、コロス!!」


 憤怒。

 それだけを感じさせる声が、戦場に響いた。


***


 それを機兵の動きだと言われて、信じられるものがどれだけ居るだろうか。

 少なくとも、直に見ていなければ一笑に付す所だ。彼らは後にそう述懐していた。

 縮歩で相手の懐に飛び込み、歩法だけでの踊るような、回避と回り込みが同時に行われる動き。

 振り下ろされた大槌を槍で受けて、膝のばねで勢いを殺し、巻き取るように奪い取る。

 どれも、生身ならば自分たちも出来ると言える技術だ。

 そもそも、機兵で行おうなどとは思わない、思った所で出来るはずもない技術だ。

 機兵とは、歩兵の鍛え抜かれた肉体の延長だ。それ故に人体で出来る事は全て出来る事が基本になる。

 しかし、どうしたって機械である以上不可能な事は存在しており、生身特有の反射神経にモノを言わせた動きは機兵が最も苦手とする所だった。

 今、フギンはそれをやってのけている。それは、機兵が操縦槽から操作されるものである以上、絶対に不可能な事なのに。

 ゴルンが予備として持っている片手槌をやたらに振り回す、フギンは、その乱雑な攻撃を体をそらす事だけで避けて見せる。

 

「アイオイ……できるか?」

「……無理だ」


 今、二人の目にはウル・ハガルが、まるで機兵の大きさになったフギンそのものの様に見えていた。

 最も、それをこの場で一番感じているのはゴルンかもしれないが。


---


 冗談じゃない。

 ゴルンの思考を端的に纏めるとその一言に尽きた。

 あの機体、あれだけ頑丈な癖にどれだけの関節を付けていやがる。そして操手はなんでそんな機体を並以上に動かす事ができているんだ。そんな思考に脳が埋め尽くされるほど、彼の戦う機兵は異常な動きをしていた。

 そもそも突撃してきた機兵が相手の直前で走りながらステップを踏んで、体を入れ替える様に軸足を動かすなんて事が出来るわけがない。機体を動かせる限界を超えている。

 だというのに、そいつはそれを平然とやってのけている。回り込みを繰り返そうと、直線で逃げを決め込もうと付いてくる。


「冗談じゃねぇ冗談じゃねぇ!冗談じゃねぇぞ!!」


 遂に相手の攻撃を防ぎ続けた盾が弾き飛ばされる。咄嗟に大きく跳び退いた事で追撃を回避できたのは僥倖の一言だろう。

 仮にどうにかこいつを仕留めたとしても、後ろには更にこちらを虎視眈々と狙っている暗黒騎士が2体。

 逃げるにしてもあまりに厳しい、殲滅する?寝言は寝て言え、とどうにか冷静な思考だけは保とうとするゴルン。その眼が味方の識別を捕えたのはその瞬間だった。


 周辺に上がった着弾の炎に我に返った暗黒騎士達は、分散して回避行動をとる。

 丘向こうから現れたのは、聖王国の揚陸部隊。揚陸艦が6隻、搭載数まで考えている余裕はない。

 いかに暗黒騎士が一騎当千揃いと言えども、二人でどうこうできる限界は超えている。

 

「フギン!聞こえていたら答えろ!!潮目だ!離脱するぞ!」


 イルフリードの言葉に、しかし帰ってきたのは静かに首を横に振る姿。

 そのままこちらに向けて砲撃を始めた聖王国の艦隊を指さす姿、アイオイもイルフリードもフギンの言わんとする所は理解している。あの艦隊を放置すれば味方がより大きな被害を受けることは免れない、だからと言ってこの死地を切り抜ける時間があまりにも少ない事も確かだ。

 動きを止めた暗黒騎士達を前に、クルセイダー・ゴルンはどうにか味方艦へと離脱を果たし、いよいよ聖王国揚陸隊が機兵戦力を展開し始める。

 時間がない、そう言わんばかりに、フギンは踵を返すと聖王国の艦隊へ突っ込んでいった。


「フギン!!……あぁ、くそっ!!」


 アイオイがフギンを追えば、さらにそれを追ってイルフリードが駆ける。

 

 必然、防御のために放たれる火箭は彼らに集中し、回避行動をとるアイオイとイルフリードはフギンから引き離されていく。

 フギンの姿を目で追うアイオイとイルフリード。そして彼らが目にしたものは……黒。


 純粋な黒ではない。


 全ての色を混ぜ込んだ黒。


 混沌。


 その中に、フギンのウル・ハガルが浮かび上がる。

 まるで、その黒で支配された世界の主は自分だと言わんばかりに。


---


 無数の砲弾が、魔法がフギンに打ち付ける。

 いなし、かわし、防いでも避け切れるものではない。

 装甲もあいまって直ぐに大きな被害につながるものではないが、邪魔である事に違いはない。


 フギンは深く息を吐き、己と、ウル・ハガルの境目をあいまいにする。

 次に目を開けた時、もしウル・ハガルの魔晶球を見る事が出来る者がいたのなら……まるでそれが紫色の瞳であるかのように感じただろう。


 既にフギンとはウル・ハガルの事である。

 そうであるが故に、ウル・ハガルはそれを発動する事が出来る。


「来たれ、深き闇、暗き影、黒き世界、呑み込め、喰らえ、打ち滅ぼせ、染め上げよ」


 常識ではありえない、8言の詠唱。

 いや、それは最早詠唱ですらなかったのかもしれない。


「ギンヌンガガプ」


 呪文が唱えられると同時に、ウル・ハガルを中心として反物質が猛烈に増殖していく。


 まず、ウル・ハガルの装備する槍に変化が起こった。魔力纏槍と呼ばれる魔力強化を前提とした槍は、その穂先に蓄えた魔素を食い尽くされ、その魔素が漆黒の鉱石へと変化していく。

 そして、ウル・ハガル周辺の魔力は次々とダークマターに変貌し……ついには、全てを侵食する漆黒の世界が生み出される。


 それはまさに、世界の裂け目の様だった。


***


 そこで繰り広げられたのは、まさに地獄だった。

 元より、フギンには艦隊一つを包み込むほどの暗黒物質を発生させる魔力は無い。

 しかし、自分の周囲に暗黒物質を発生させ続けることはある程度可能だ。

 そして暗黒物質は周辺を侵食しながら広がり続ける。


「っ!フギン!!」

「あれが、アイツの奥の手か」


 その効果範囲に居なかった事に安堵しつつ、その術の中心にいるフギンを案じて、暗黒騎士が足を止めて振り返る。

 果たして彼らは、そこに地獄を見る事となった。


 聖王国の揚陸艦の魔導炉が、内から膨れ上がり、破壊される。急激にダークライトへと変貌した魔力に押し潰されて。

 そしてダークライトから発せられる反物質にによって、揚陸艦のクルーは死に絶える。

 逃げようとしていた従機が、反物質に蝕まれて擱座する。乗っている者の命運は語るまでも無いだろう。

 徐々に広がる「世界の裂け目」

 それを見ていたアイオイが愛機を走らせる。世界の裂け目のギリギリ端まで。


「フギン!!聞こえるか!?離脱しろ!」


 全ての周波数。外部スピーカーまで利用してフギンに呼びかける。

 返答はない、裂け目に近づくほどに感じる己が侵食されていく感じに、アイオイはたまらず距離をとった。


「冗談じゃない……!あれが一人が操る反物質だと!?」


 広がり続ける反物質に追いやられるようにフギンとの距離は離れる。

 そんな二人の目の前で、フギンの機体は変貌を遂げようとしていた。

 それは、あまりにも見慣れた姿。反物質で形作られた、普段のフギンそのものの姿。

 ウル・ハガルの意匠を残すのは、せいぜいが胸部の一部、操縦槽の出入り口あたり位だ。


「なんなんだ、あれは……」

「俺が知るか、どっちにしても……判るのは、今の奴は動く汚染源という事だ」


 一切の躊躇いなく、イルフリードは戦闘態勢をとる。


「フギン!少しばかり痛むぞ!」

「イルフリード!?まさか……!」

「他に手段があるか!?」


 この異常な状態がフギンの放つ暗黒魔法に寄るものならば、その効果を強引に止めさせるしかない。それに関して最も短時間で確実に済む方法はとにかくフギンを行動不能にすることだ。

 最初の一手、接近する事が既に危険そのものだ。反物質や暗黒魔法を使う関係上、暗黒騎士の機体は反物質の濃度が高い場所でもある程度の活動が可能な様に作られている。だが、これほどの濃度の反物質の中で長時間動けるようには当然できていない。

 先ほどから高濃度の反物質の嵐の中で擱座していく機兵の群れ、魔導炉を内から破壊され沈黙していく揚陸艦群。それらは、最初の一手に時間をとられた時のアイオイとイルフリードの末路だ。

 ましてウル・ハガルは重装型の中でも特に装甲の比率が多く、重い。いかに専用にカスタムされた暗黒騎士の機体と言えども、1体の攻撃で反物質の海の中から離れてくれるほど甘くは無いだろう。


「いいか、手筈はそっちも考えている通りだ」

「両手足とブースターか……けど」


 フギンの姿をかたどった反物質を取り除き、分厚いウル・ハガルの装甲を抜いてその奥のフレームを叩き切る。

 言葉にするほど容易い作業でない事は明白だった。

 しかもアイオイとイルフリードには制限時間と制限回数付き。勿論フギンの方とて長くは持たない。

 ましてや深く方法を考える時間すらない。イルフリードに合わせてアイオイが身構え、次の瞬間、2機の機兵が反物質の海の中へ突っ込んでいった。


---


 自分に向けて、新たな機兵が突っ込んでくる。

 それを見たフギンは、迎え撃つために槍を構えた。

 今のフギンに敵味方の区別はない、強いて言えば、自分以外の全てが敵だ。

 いうなれば、彼はフギンと言うこの世に1匹しかない獣である。

 新たに現れた2体の敵は、それまで自分に襲い掛かってきていた群れとは比べ物にならない、フギンと同種の力を感じさせていた。

 自らの領域を侵されたフギンと言う名の獣は、怒りの咆哮を上げた。


 襲い掛かる反物質の奔流。最早魔法なのか何なのかも判らないそれをなんとか切り抜けると、イルフリードは大剣を勢いよく薙ぎ払う。二の腕を狙うと見せかけて右足を切りつける斬撃は、果たして目論み通りにフギンの足に一撃を加える。

 

 一撃離脱の基本を違える事無く、イルフリードの機体は駆け抜ける勢いを殺さぬまま、ウル・ハガルの後方へと抜ける。

 イルフリードを追おうとして振り向きかけたハガルに対して、イルフリードの反対側からラグナレクが一撃を加えて離脱していく。


「判っちゃいた事だが……硬いな」

「それだけじゃない、早さ、鋭さ……いつも以上だ」


 一気に反物質の汚染地帯を突き抜けた二機が反転、再び攻撃態勢に入る。

 初めに突っ込んでいくのはイルフリードだ、刺突に構えた大剣の切っ先を光らせて、狙うのはウル・ハガルの右腕。

 あと一歩という所で、不意にフギンの槍の動きが変わった。槍を剣先に巻き付けるかのような動きをしたかと思うと、下からその膂力を生かして跳ね上げる。


「ぐぅっ!?」


 操手がイルフリードでなければ、そのまま剣を吹き飛ばされていただろう。ディザームなどという技術も、機兵で行うには散々苦労するものだ。操作は複雑などと言う一言では済まなくなる。


「ふっ!!」


 イルフリードの影からアイオイのラグナレクが滑る様に飛び出してきたのはその時だった。イルフリードと対を成すような鋭い斬撃が、ウル・ハガルの左腕を捕える。

 破壊には至らなかったものの、左腕を覆っていた反物質が砕ける様に消え去り、ウル・ハガルの装甲が顔を出す。

 それと同時に鈍る動き、反物質の嵐の外で構えを取り直した二人は、再度の突撃を敢行した。


***


 死角からの急襲を避け切れず、左腕がつかえなくなった。

 状況をそう認識したフギンは槍を右腕で抱える様に構える。


 向かってくる2機の機兵、前方の機体が後方の機体を隠すように構えながら突き進んでくる。

 トレイルと呼ばれる連撃を前提とした隊列で、一撃離脱を大前提とした速度重視の陣形だ。

 その対処は、速度をもって一撃離脱を行おうとする騎兵に対する歩兵のそれが近しい。

 すなわち、フギンはしっかりと槍の石突を踏んで固定すると、絶妙のタイミングで穂先を突き出すように構えた。

 勢いのついていた先頭の機体は、突き出しの一撃をかわしこそしたものの攻撃タイミングを失い、急に体の崩れた機体に攻撃のタイミングを失した後続機も攻撃を断念して離脱する。


 逃がしはしない。

 先頭の機体に追撃をしようとしたフギンの眼前に、白い影が飛び込んできたのはその時だった。


---


 ウル・ハガルの頭部直前で、それは器用にホバリングしながらゆっくりと後退しつつ、何度となくガアガアと鳴き続ける。

 純白の羽毛に覆われたワタリガラス……ムニンが今まで隠れていた場所から飛び出して、ウル・ハガルに、フギンに急速に接近した。

 冗談事ではない、機兵すらそう長くは持たない濃度の反物質の中に烏が一羽で機兵に立ち向かうなど、質の悪い作り話にすら出てこない構図だ。

 己を蝕み、殺そうとするそれを無視するかのように、ムニンは何度も声を上げ、ウル・ハガルの周りを飛び回る。

 それはまるで、そこにいるフギンに呼びかけているかのようだ。

 小うるさい蠅を追い払おうとするかのようにムニンを薙ぎ払おうとするその手を、同じく鋼の腕が抑えたのはその時だった。


『……自分の半身の様に扱ってるヤツに、それは無いんじゃないか?フギン!』


 いつの間に引き返したのか、ラグナレクがウル・ハガルの腕を抑え込んでいる。

 振りほどこうと上体を捻って暴れるウル・ハガル、その暴れ狂う体をさらに抑え込むのはネプラ・ナーダだ。


『全くだ、お前らしく無いにも程というモノがあるぞ、フギン!』


 暴れようとするウル・ハガルを押さえつける機兵達。その間隙を縫うように真っ白な閃光が駆け抜ける。

 獣の洞察力と眼光は獲物を逃す事はなく、ムニンの一撃は正確にウル・ハガルの魔晶球を蹴りつけた。

 ウル・ハガルの装甲にしがみ付くと、早く目覚めろとばかりに声高に鳴き続けるムニン。その場所は、収音マイクが設置されている場所だった。


---


 -魔晶球に軽度の被弾、損害は皆無


 -鳥類の衝突あり、危険性・皆無


 -戦闘状況を継続


 -否定、ぶつかってきた烏の回収が必要


 -否定、戦闘中


 -否定、回収が必要


 -否定、戦闘機動中、回収は不可能


 うるさい、黙れ、機械。

 フギンがそう思った瞬間、1つであったフギンとウル・ハガルはそれぞれに別れる。

 ウル・ハガルの搭乗口が開いたのとは、ほぼ同時だった。


---


 不意に動きを止めたウル・ハガルにアイオイとイルフリードは警戒を保ったまま様子を見る事にする。

 直後、胸部ハッチが解放され、操縦槽からフギンが姿を現した。

 その姿を見た二人は、そのあまりの姿に息をのむ。

 頚部に繋がれた一際太いケーブルを始めとして、四肢の関節と腰部から伸びた謎のケーブルがいくつも巻き付き、まるで、フギンがウル・ハガルに取り込まれていた事を示す様に操縦槽へと続いている。

 胸部ハッチが開き切る前に、アルビノのカラスが操縦槽内部に滑り込むように入る。

 自らの肩になんとか止まったムニンを労わる様になでつけると、フギンはすぐさま操縦槽に戻る。


「フギン!無事か!?」

『心配させやがって……異常はないか?』

『すまない、二人とも……心配をかけた』


 低い、たまにしか聞かないがいつもの声に、アイオイとイルフリードは安堵の息を吐く。

 魔法の行使自体はとっくに終わっていたのか、周辺の反物質の濃度は急速に下がっていく。ウル・ハガルを覆っていたダークライトの外装も、保持が不可能になり消えていった。


『しかし、フギン、なにがどうしたんだ?あんな……』


 何かを聞こうとしたイルフリードの言葉は、直後に起こった衝撃と破砕音にかき消される。

 激しく湧き上がる土煙から飛び出す3機の機兵、それらが見上げる先には……


『コロ……ス……ゴロズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』


 半ば以上壊れた機体……ゴルンの乗騎だったそれが、機兵、従機、揚陸艦問わずに混ざり合いながら巨大な屍ガイへと変貌しつつある姿があった。 


***


「どう見る?」

『いよいよ洒落にならんな……いや似たような魔導炉使ってるんだから艦の屍ガイが居た所で可笑しいとはおもわんが』


 ひとしきり距離をとって遠巻きにそれを観察する暗黒騎士達。アイオイの言葉にイルフリードが困ったような声音を返す。

 彼ら三人の目の前に立つのは、揚陸艦を中心として辺りに散らばっていた大量の残骸が寄せ集められた屍ガイ。

 本来機兵の残骸に悪霊が憑依して生み出される筈のそれが、あろうことか目の前で形になった。

 不意に持ち上がる揚陸艦の艦首を見て、暗黒騎士達は自分たちの見積もりが誤っていた事を実感する。

 あれは艦艇を元とした屍ガイなのではなく、艦艇を元にした武器を持った屍ガイだった。


「……」

『敵ながら、なんとも言い難いものだな』

『……』


 その有様を見て言葉にできないアイオイと、そもそも言葉を発しないフギンに変わってイルフリードがぼやく。

 それが合図だったかの様に、屍ガイが手にした武器……揚陸艦の棍棒を振りかざして襲い掛かってきた。


---


 ただの突きも得物のサイズが100m超となれば話は大幅に変わる。巨大な建物が襲い掛かってくるようなものだ。

 しかもそれがただの棍棒であるならばまだしも、揚陸艦として装備されている砲は生きているのだから質が悪い。

 多数の砲撃を好き放題に撃ちながら叩きつけられてくる艦艇サイズの棍棒など、喰らう側からしたら悪夢以外の何物でもない。

 三機の機兵は散開し、包囲しつつ射撃戦の状態を維持する。


『騎士団がダース単位で相手するべき奴だぞ、こいつは』

『確かに、どっかで逃げよう』

『相手が逃がす気になってくれれば、だがな』


 通信に入り込む会話に、フギンはほぼ反応を示さない。

 その文字通りの鉄仮面の中がどんな表情になっているのかを知る由は無いが。

 ずるずると引きずる様に、円を描きながら揚陸艦が引きずられる。おそらく振りかぶろうとでもしているのだろう。

 ならば、この一瞬は「機」だ。半ばまで引いた棍棒を追いかける様に、フギンは屍ガイに向けて全力で疾駆する。


『フギン!?』

『なんかするならせめて一言こっちに伝えてからにしろ!』


 屍ガイに躍りかかるフギン、突き出すために引いていた槍に魔力の光が灯る。

 魔導纏槍……属性付与による魔力を込めた打撃を効率的に行うために作り出された槍が、なんの属性も無い魔力に満たされ……それが一気に黒に染まる。

 黒之槍、フギンが扱う暗黒剣技にして、ソウルイーターの打撃力を点に集めた破壊の権化

 持ち手である機兵を潰せば、揚陸艦型を落とすのはそう難しい事ではない。その判断自体は間違っていないだろう。

 そのまま、屍ガイが上半身を一周させて棍棒を振り回し、更に棍棒側がエンジンを最大に吹かして加速をしなければ。

 艦艇の重さを乗せた一撃は、機兵ごとき苦にもせずに叩き潰しただろう。

 それがウル・ハガルでなければ。

 その操手がフギンでなければ。


 強烈な衝撃すら伴う激突音。

 体勢を立て直したアイオイとイルフリードは間違いなく見た。

 機関部が消滅し、巨大であるが故にゆっくりと落ちていく様に見える船体。それが巻き起こす土煙の中からウル・ハガルが離脱してくる。


『肝を冷やさせるな!』

『無理が過ぎる!病み上がりでなにやってんだ!』


 土煙の中に魔導砲を撃ちこみ続けながら、放たれるアイオイとイルフリードのツッコミが響く。


「すまん」


 だが、既にここまで来ているお前達が言えた義理では無いだろう。

 フギンの視線は、なんとなくそう言っているような色を湛えていた。

 それを無視してアイオイとイルフリードの機体が踊り出る。着弾の土煙を目くらましにして、まず、大剣の振り下ろしが屍ガイの左腕……歪に肥大化し、巨大な棍棒を持つ事に特化したそれを叩き切る。

 相手の視線がイルフリード機に向く極僅かな時間差をつけて、死角からアイオイ機が襲い掛かる。

 踊るような片手剣での連撃は的確に屍ガイの関節部分を打ち据え、遂にはその右腕を肘から切り落とす。


「はああああああああああああっ!」

「ふんっ!!」


 巨大な刃が腰部に、鋭く鍛え上げられた刃が頚部に突き刺さり、その勢いのまま打ち据えた場所を引き裂く。

 いかに強大な力を持っていようとも、上半身を文字通りバラバラにされてはそれに動きようなど無い。

 両足を踏みしめたまま立ち尽くす下半身の構造だけが、その屍ガイの墓標の様に残っていた。


***



「全く……お前の機体に何が仕込んであるかは知らんが本気で肝を冷やしたぞ」

「全くだ」


 帰隊した後、ガンルームで一息ついたフギンの前に、アイオイとイルフリードがやってくる。それぞれの言葉に、フギンは「すまない」とばかりに深く頭を下げた。


「……すまない」

「やれやれ、多少饒舌になるかと思っていたら」

「だが、それでこそ君と言う感じもするな」


 二人は顔を見合わせて肩をすくめて見せる。


「ともあれ、何か見返りが欲しくなる所ではあるな」

「あぁ、まったくだ」

「……大したことはできんぞ、装備を片付けてくるから……」


 アイオイとイルフリードに浮かんだ、良い悪戯を思いついた子供のような笑みに嫌な予感を感じたフギンは、即座に撤退を試みる。しかしそれは、二人の暗黒騎士によってしっかりと妨害された。


「まぁ待て、そう難しい事でもなければ面倒くさい事でもない」


 こんないい思い付き、実行せずに居られるか、と言わんばかりのいい笑顔を浮かべるイルフリードと


「装備を片付ける位は物のついでで終わらせられるさ」


 同じく、せっかく思い立ったお楽しみを前に逃がしてなるものかと言いたげな、それでも屈託のないと言える笑顔を浮かべるアイオイを前に、フギンは逃亡を諦めたのだ。


---


 帝国軍の基地を擁する町は相応の規模を誇っており、救出された人々の受け入れ先になっている事もあってか混沌の様相を見せていた。人の集まる場所には当然様々な需要が生まれ。そこに商機を見出した者が押し寄せる。

 年若い女性を集め男に酌をさせる類の酒場が集まる通りに、美丈夫が三人現れたのは日が暮れ始めたころだった。


「いや……まさか本気で訓練着と式典用の礼服位しか布が無いとは思わなかったぞ」

「いつもあの格好だからな、本人も持ってないのを忘れてただろう?」

「……」


 三人の内二人は、帝国の誇る暗黒騎士、アイオイ・ユークリッドとイルフリード・ファリオンだ。では、その間に挟まれて妙に弄られている男は誰だろうか。

 左右の二人よりも頭一つ大きい彼は、心底居心地が悪そうにしており、こういった場所に慣れていない感をありありと醸し出していた。

 首元までの銀髪……よくよく見れば限りなく銀を思わせる白い髪は後頭部で一括りに纏められ、青い左目と紫の右目、左右異色の瞳を元にした顔つきは、二人の暗黒騎士に劣るものではない美貌のアクセントを彼に与えている。目つきが少々悪いのは、まぁ愛嬌の類だろう。


「……身を守るものがないというのは心細い」

「お前な……こんな所に遊びに行くのに普段のあの格好でいてみろ、軍の臨検かと思われるぞ」


 真ん中の男、フギンのぼやきにイルフリードが至極まっとうなツッコミを入れる。

 回りを行く年若い娘や夜職の女性たちが、三人を見ながらひそひそと会話を交わす。そちらの方に誰かが顔を向けると、さっと顔を背けられるのだが。


「……やはり、俺は普段の格好の方が恐れられなくて良いのではないか?」

「君は普段の鎧姿の方が威圧感が低いと言いたいのか?……帝国の鉄塊も、たまには冗談をいうんだね」

「全く笑えない上に欠片も面白くないのがミソだな、フギン、笑えるポイントを説明してくれないか?」

「冗談を言ったつもりはないのだが」


 ここぞとばかりにフギンを弄り倒す二人の暗黒騎士は、いつも以上にイイ笑顔を浮かべている。対してフギン本人は既に疲れ果てた表情だ。

 この後、アイオイとイルフリードはキャバレーで年頃の女性にきゃあきゃあ言われて面くらい、普段の落ち着きっぷりや戦場での立ち居振る舞いが嘘のように狼狽するフギンをみて呼吸困難になる程笑い転げる事となった。



 戦いが終わり、一時の休息を得る暗黒騎士達。

 この一件は、大変珍しいフギンの素顔を衆目に晒す事に成功した一件として、大いに話題になる事となった。

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Episode of Hugin 近衛真魚 @shittoreus

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