第58話 記事

 訓練場の建築が終わり、俺と王子は夕飯を食べるために基地に向かった。

 ちょうど入れ替わるようなタイミングだったらしく、隊長もすぐに射撃訓練を始めるとのことだったので、的の使い方などを軽く説明して先に訓練場に向かってもらった。


「俺たちって最初は何度か死にかけたけど、あれで強制的に射撃の腕が上がってしまったってこともあるよな」


「ハハハ、そうかもね。それに拓也の作る魔法具は反動も少ないし、慣れるのにもそんなに時間は掛からないでしょ? そうじゃなきゃ、一般人の僕たちがこんな短期間で銃を扱えるようにならないんじゃないかな」


「扱うって言っても適当に銃をぶっ放すだけだけどな。いざという時に確実に命中させられるくらいにはなっておきたい。異世界に飛ばされるまで時間もあまりないし、こういう訓練も後に生きてくるだろ」


 そんなことを話しながら、俺たちは食堂に向かった。

 今日はひき肉とナスのみそ炒めのようなものが主菜だった。


「そういえば今日の新聞見た? 面白いものが載ってたんだよね」


「いや、まだ読んでないな……」


北海道という無人島には電波がないため、普通に新聞を読むことが出来ない。毎日ヘリコプターに乗ってやってくるようになった魔法省の職員が、基地のコンピューターに情報を読み込ませてくれるのだ。

 それをあとから俺たちが自分の携帯端末にダウンロードするというような、非常に面倒臭い工程を踏まなければならない。



「それで? 面白いものって?」


「これだよ」


 王子はそう言うと自分の携帯端末で今日発表された記事を見せてくれた。

 記事の見出しは『新ポーション・レベルブースト』となっている。


 記事の内容が気になった俺は、王子の端末を奪い取って隅々までしっかり読み込んだ。


 『新ポーション・レベルブースト』。まるでレベルが数十倍まで跳ね上がったかのように、自身の魔力や身体能力を上昇させることが出来るというポーションらしい。


 また神宮司財閥が開発したのかと最初は考えていたが、今回はどうも違うらしい。

 このポーションは多くの探索者がインターネットを通じて研究を進めており、記事によると魔石を砕いたものとモンスターがドロップする植物で生成できるとのことだった。

 まだ原理は詳しく解明されていないが、短時間ながらも自分の能力を跳ね上げることが出来るポーションに、世間は湧いているようだ。


「どういう原理か想像もできないな……モンスターの魔素を体に吸収できるとか?」


「さあ……? しかもこの情報はほとんどの探索者が知っているみたいだよ。いわば探索者の知恵ってやつかな?」


 ネットで大々的に研究内容を発表していたことから、これを知らないという探索者は少ないらしい。

 まあ、これを法外な値段で売りつけられる可能性があるなら、探索者同士助け合おうぜ、って精神なのかもな。回復ポーションさえ独占してるどこかの企業とは大違いだ。


「普通の薬みたいに副作用とかなければいいけどな」


「今国の方でもこのポーションについて研究を始めたみたいだよ。きちんとしたものが完成したら僕たちも使うことになるかもね」


「そんな便利なものを使わない手はないもんな」


 だだっ広い食堂には、俺たちのそんな話声が響いていた。




  ◇◇◇




 俺と王子は夕飯後、風呂に入ってのんびりしたいという気持ちをなんとか抑えて射撃訓練場に向かっていた。


 防音性能は全く考えていないらしく、訓練場の外にいてもけたたましい銃声が聞こえている。

 訓練場の中に入ると、音が反響するからかいつも以上に銃声が大きく聞こえた。隊員たちは耳栓を付けて訓練に臨んでいるようだ。


「ずいぶんやかましいな……!」


「屋外じゃないから仕方ないんじゃない!? とりあえず上の階に行こう!」


 銃声にかき消されないように俺と王子は大声で会話した。1階の訓練場はすでに他の隊員が使っていたので、俺たちは空きを探すように階段を上った。


 2階も満室だったので、俺たちは結局最上階の3階まで上がることになった。

 3階は人が少ないため比較的銃声は小さく、普通の声量でも会話できそうだ。

 3階の一番手前の部屋で隊長が訓練を行っていた。うつ伏せになり、スナイパーライフルを撃ち続けている。


 部屋の中に置かれた的を見ると、全弾ほぼ同じ個所に当たっていた。誤差はおよそ1センチといったところだろうか。


「やっぱり隊長の腕は尋常じゃないね……」


「どこの凄腕スナイパーだよって突っ込みたくなるわ」


 まあ、魔法隊っていう一種の特殊部隊の隊長だから頼りがいがあるのは良いとは思うけど。

 

「俺も射撃の腕はあまり自信が無いんだよなあ」


「そうなの?」


「どっちかというと弾数で押し切る感じで戦ってきたからな。精度はあまりよくないんだ」


 残り少ない時間、隊長のような精密射撃に一歩でも近づきたい。

 俺は空いている部屋に入り、スナイパーライフルを準備する。


 うつ伏せになって大きく深呼吸し、俺は引き金を引いた。


 

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