第55話 晩酌

 夕食後、ゆったりと風呂に入って疲れを癒した俺は最上階のラウンジに向かった。隊長と約束していた時間より少し早く着いてしまったので、俺は窓際の席で景色を眺めることにした。

 室内からの光がガラスに反射しているにも関わらず、目を凝らさずとも無数の星が綺麗に見えた。


 東京では星を見ることのできる地域がほとんどなくなっている。町の外れのド田舎に行かなければならないのだ。


 しばらく待っていると、タオルを首にかけ寝間着姿の隊長がラウンジにやってきた。どうやら俺と同じく風呂上りらしい。


「早かったね多々良くん。待たせてしまったかい?」


「いえ、全然……あれ? 今日はウイスキーを飲まないんですか?」


 隊長の手にはいつも飲んでいるウイスキーが無かった。

 今日も飲まされるんじゃないかと内心ドキドキしていたので、手ぶらの隊長を見て安堵した。


「もうあのウイスキーは飲み干してしまったんだ……まあ、酒はまだあるんだがね」


「え……?」


 隊長はそう言って食器棚の方へと歩いていく。……そういえばあの食器棚を作ったのは俺だった。あの食器棚には普通の食器棚には無い性能を付けたのだ。


「ほら、日本酒がキンキンに冷えてる。今日も一緒に晩酌だな、多々良くん」


 隊長はとびきりの笑顔で一升瓶を抱えていた。




  ◇◇◇




「あのタブレット、調整が難しいんですよね……」


「あれで本来出現するモンスターの一部だったんだろう? まあ、多数のモンスターを相手にする訓練も必要だし、いずれは戦わなくてはならないんだが……」


「さすがに強すぎましたかね」


 レベルが上がって、モンスターの攻撃を受けてもほとんどケガをしなくなっていた隊員たちも、今回の戦闘で負傷してしまった。

 しかも、まだこれ以上に強いモンスターを出現させることが出来そうだというのが恐ろしい。


「邪神ってのは、想像もできないほど強そうですね」


「この地球に出現させることが出来る程度のモンスターだったら、あの神様たちも苦労はしないはずだからな。魔法隊の地球での最終目標は、一体だけ出現させた強大なモンスターの討伐になりそうだね」


 隊長はそう言って苦笑いしていた。


「明日からどうしますか? モンスターのレベルを下げますか?」


「うーん……いろいろ考えたんだが、今日以上のモンスターと戦えないようでは異世界に行ったとき、すぐに命を落としてしまうと思うんだ」


「じゃあ、徐々にレベルを上げていく形になりますね」


 今後は異世界に召喚されるまでひたすら自分たちの腕を磨くことになる。隊長の言う通り、少々危険を冒すことになったとしても、今の内に出来るだけ経験を積んでおくことが自分の命を守ることにつながるはずだ。


 そう考えたとき、俺は少し可笑しくて笑ってしまった。


「ん? なにか可笑しいか?」


「いえ、なんか魔法隊に入隊して性格が変わっちゃったなあって思って。俺、もともとは平凡な日常が続いて、死ぬまで健康に暮らせたらそれで良いって考えだったんですよ?」


「確かに最初は入隊するのも乗り気ではなかったね」


 なんでこうも性格が変わってしまったのか自分でもよくわかっていない。あ、メアリの件があってからか。


「そうだ、メアリですよ。俺の性格が変わった原因は」


「そういえばあの神様が消えそうになった時、君はかなり取り乱していたな。君が感情をあそこまで出したのはあれが最後だったな」


 そう言われて俺は少し恥ずかしくなった。人目も気にせず涙を流したのは、たまに王子にいじられることもある。


「なんか、親が無くなった時と重なったんですよね。親は交通事故で無くなったので死に目には会えなかったんですけど」


「そうか……身近な人が亡くなるのは何度経験しても耐えられるものではないからな」


「でも、メアリは俺の中で生きている、そう信じています。なんせメアリが自分の身を犠牲にして作り上げた魔法がありますから」


 そう言って俺はグラスに入った日本酒を飲み干した。


「俺には千詠しか家族がいませんし、あいつを悲しませないためにも死ぬわけにはいきませんからね」


「ハハハ、君のことは私が命に代えてでも守ってみせるよ。スカウトした私にとって、多々良くんは家族同然だからね」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 隊長との晩酌は楽しくて、時間を忘れてしまう。そうして夜は更けていった。

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