第48話 足枷

「あたま痛え……」


「昨日何時まで飲んでたんですか……」


 移送車の助手席でシートを倒してダウンしている俺を見て、運転していた井田は完全に呆れていた。


 全てはあんなに飲みやすいウイスキーを持ってきた隊長が悪い。そうに決まってる。


「たくや、二日酔いには甘いものだよ」


「それは多分お前だけだぞ、沙織」


 沙織は後ろの席から寝っ転がっている俺の口にマカロンのようなお菓子を詰め込もうとしていた。

 今はしじみの味噌汁が飲みたい気分なんだ。そんな甘いものを口にしたら頭痛だけじゃなくて気持ち悪くなるかもしれない。


「隊長、一旦この辺で止まるみたいですよ」


「え? もう札幌か?」


「どうなんでしょう? 俺、北海道には詳しくないのでわからないです」


 先導している移送車が止まったようで、井田もそれに続くように車を停めた。

 間も無くして、移送車に取り付けられている無線から声が聞こえ始めた。


『各部隊に告ぐ。この辺りからずっと街が続いている。しばらくは街の取り壊しにかかる』


「ここから……? 出発してからそんなに走ったないだろう?」


 そう言って俺はグローブボックスから北海道の地図を取り出した。


「多分だが……ここ、まだ札幌にも入っていないぞ? 街を取り壊しつつ進んだら札幌の中心街まで数日掛かるんじゃないか?」


「マジっすか……?」


 俺の発言を聞いて、井田もあんぐりと口を開けてしまっていた。


「麻里、お前しばらくは土木工事担当になりそうだぞ」


「ええ……こんなことなら土魔法なんか習得したくなかったですよお……」


 現状、魔法隊の土魔法使いは土木工事を行う人員になっていた。埋め立てが終わり北上している部隊と合流すれば今度は基地を作ることになる。大忙しだな。


 攻撃魔法を使えない俺はのんびり魔法具を作ることくらいしかできない。いやあ、創造魔法に特化していて本当に良かった。


 そうして、西沿岸を進んできた俺たちは札幌の中心街へ向けて街の取り壊しを始めるのだった。




  ◇◇◇



「おーい、この辺で今日はやめにするぞー!」


 日も落ち始めてあたりが暗くなってきた頃、遠くの方で隊長が隊員に向け声を掛けた。夕方まで作業を続けたものの、距離にしてはあまり進んでいない。麻里曰く、建物が多すぎて気の遠くなるような作業だったらしい。


「隊長は相変わらず食事の準備ですか?」


「おう、しばらくは俺の担当になったからな」


 他の隊員は街の取り壊しで手一杯だ。そのため、俺はしばらく炊事をすることになったのだ。

 この辺りで野営することを隊長に伝えられていたので、少し前から夕飯を作っていた。今日の夕飯はシチューである。


 そうして、隊員たちは自分のテントを設営したあとに夕飯を取りに来た。皆かなり疲れているようで、顔がやつれているように見えた。


「多々良くん、夕飯の支度をありがとう」


「いえいえ、隊長もお疲れさまでした」


「今日は多々良くんに相談があったんだ。夕飯を食べながらでも良いか?」


「酒は飲まないですよ……?」


 俺は隊員の配膳を済ませてから、自分の分のシチューを持って隊長の元へ向かうことにした。


 隊長の持つコップにはウイスキー、ではなく水が入っていた。食事の際にはお酒は飲まないタイプらしい。


「それで話って何ですか?」


「ああ、せっかくの夕飯時に悪いね。実は先ほど魔法省本部から伝令のために職員がヘリコプターでやってきたんだ」


「ああ、そういえば来てましたね……」


 あの時はどこのバカがこんな北海道にやってきたんだと思ってしまったが、一般人ではなかったことに安堵したものだ。一般人がここに来たら間違いなく死んでしまうし。


「伝令の内容だが、かなり面倒なことになりそうなんだよ」


「面倒なこと……?」


「昨日、函館の仮設基地に緑化活動に参加する人たちが到着したらしいんだが、あそこの基地は一種のリゾート地のようなものだろう?」


「あー、王子が張り切ってましたもんね……」


「あの基地の様子が日本全国に知れ渡ってしまったようでね……ここに来て、神宮司財閥が仕掛けてきたんだよ」


 神宮司財閥。以前、魔法隊が扱う魔法具を涎を垂らすように欲しがっていたが、それを断ってからは親交は全くなかった。

 アイガス教が持っていたポーションの問題があってからは、魔法隊と会おうとすることも無くなっていたらしいが……なんで今更。


「財閥が何の用なんですか?」


「あれだけの建物を建てられる技術を魔法隊が独占しているのではないか、とメディアを通じて指摘が入れられたんだ。法律上は問題は無いんだが、財閥にとって商売上気に入らない部分も多いのだろう」


「法律上問題ないのであれば放っておきましょうよ。俺たち、あんなのに構っている暇は無いんですよ?」


 俺がそう言うと、隊長は困ったような表情を浮かべ溜息を吐いた。


「伝令の内容は、財閥が魔法隊を解散させるようにと圧力をかけ始めた、というものだったんだよ」


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