第18話 混乱
「緊急速報です! 世界中に謎の穴が出現しています! 仲には恐ろしい怪物が潜んでいることが確認されており――」
事務所に置いてあるモニターに情報番組が流されている。
時刻は朝7時。普段であれば、もう少し明るいニュースが流れている時間である。
「やはり、現れましたね」
「ああ、例の神様の言う通りだったな。世界が変わる、カウントダウンが始まった」
隊長は真面目な表情で情報番組を眺めつつそう言った。
カウントダウン、か。モンスターが地上にも表れるまではあと2か月。正直、悠長に調査などしている暇は無いんだけどな。
「このアナウンサーも含めて、全人類は『神託』を聞いているはずですよね?」
「ああ。だがどれほど詳しい『神託』だったかは私たちが知る由もない。あの神様が言った通り、こうしてダンジョンが出現したんだ。『神託』が本当だと信じられるのには時間は掛からないだろうね」
「とりあえず、俺たちはひたすらダンジョンに潜るしかないですね」
そうして俺たちはいつも通り格納庫の中にあるダンジョンに向かうことにした。
ドラゴンを倒し、ダンジョンが消え去った格納庫だったが、その翌日には再びダンジョンへと続く穴が現れていたのだ。メアリが言っていた、ダンジョンの生まれ変わりと言うものだろう。
ダンジョンの1階層は、今までのような草原が広がっている、という階層ではなく、まるでジャングルのような熱帯林だった。
ダンジョンは完全に別のものとして生まれ変わったのだった。
◇◇◇
ダンジョンに潜って6時間。
俺たちはようやく2階層まで進むことが出来ていた。
そんなに時間がかかっているのには理由がある。
「散開!! 尻尾が飛んでくるぞ!!!」
隊長のその一言を合図に、前衛で戦っていた鈴石と立花さんは後ろに跳んだ。
「鈴石! 早く仕留めろよ!」
「うるさいわね! 言われなくてもやってやるわよ!」
鈴石はそう言いつつ、人の頭ほどもある火球を高速で撃ち続けていく。
以前のダンジョンでは、その攻撃を受けて立っていられるモンスターなんてあのドラゴンを除けば一体もいなかった。
しかし、俺たちの目の前に立ちはだかるモンスターはダメージを受けてひるんではいるが倒れることはない。
5メートルを超えるトカゲのようなモンスターは、自らを奮い立たせるような咆哮を上げ、鈴石に向かっていった。
しかし、相手をしているのは鈴石だけではない。
「おらああああぁぁぁぁ!」
モンスターの死角から大剣を振りかぶる立花さんが肉薄する。おそらく転移魔法を使ったのだろう。
隙だらけのその体に強烈な一撃を加えられたモンスターは、鈴石に近づく前にその巨体を地面に叩きつけることになった。
モンスターは塵となって消え、その場にはドロップアイテムのみが残る。
「ナイスです、立花さん」
「もう! せっかく私がとどめを刺そうとしてたのに!」
立花さんに良いところを取られて、鈴石は不満そうにそう言った。
「だったらもっと早く仕留めたら良かっただろう?」
「ならあんたが前衛に出なさいよ!」
「俺は後ろからチクチク攻撃するのが性にあってるんだよ」
なるべくモンスターには近づきたくない。ライフル型魔法具も遠距離仕様で作成しなおしたのだ。あのドラゴンとの一戦で、リボルバーを使う羽目になってしまったが、あんな状況はなるべく避けたいものだ。
「うわ、まずいな……」
俺が鈴石と口論していると、王子は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべそう言った。
「どうした?」
「2体こっちにやってきてる。多分、今の戦闘の音でおびき寄せちゃったのかもしれない……」
「2体って……くそっ! あいつ、また難易度調整ミスったんじゃねえか!?」
そう、今苦戦していたのはドラゴンようなボスモンスターでも何でもない。あらゆるところに湧いて出る一般モンスターだ。
メアリに実力を試されているようで、無性に腹がたってくる。
「一旦階段まで逃げよう! 態勢を立てなおす! 多々良くんは射撃で援護してくれ!」
隊長の指示で、俺たちは全力で走りだした。
最後尾を走るのは俺だが、最近改良したライフル型魔法具を構えつつ、皆についていく。
「……くそ、速すぎだろ!」
ガサガサと木々をなぎ倒し、まっすぐ俺たちの元へ近づいてくるのは先ほども倒したトカゲ型のモンスターだ。
俺はまだ距離のあるうちに、ライフルの引き金を引く。
走りながらの射撃なので照準など合わせることが出来ないが、体が大きいモンスターを相手にするには射撃の技術などほとんどいらない。
ドドドドドド、とけたたましい銃声と共に、その巨体めがけて弾が発射される。
雷属性の魔石をセットしているので、着弾と共にモンスターの体は電撃に包まれる。
『グギャアアァァァァ!』
先頭を走っていたモンスターは、俺の攻撃を受けて体勢を崩した。もう一体のモンスターも倒れた仲間に躓くように短い脚を取られ、ド派手に転んだ。
「ったく、こんなので魔石一個分かよ……!」
今放った銃弾は10発。小石のような魔石から今のような攻撃を繰り出そうとしても、あっという間に魔石の魔力が尽きてしまうのだった。
悪態をつきつつも、俺は一目散に1階層へ続く階段へと走り続けた。
10分ほど走ると、王子の探知魔法を発動している甲斐があり、なんとか接敵せずに階段へとたどり着くことが出来た。
「はあ、はあ……。みんな、無事だな?」
「ええ……なんとか……」
10分も走り続けたものだから、俺たちは息も絶え絶えだった。
二人を除いては。
「ふん、だらしないわね」
「うむ、鈴石の言う通りだ。少しは体を鍛えたらどうだ?」
俺らとは打って変わって涼しい顔で、鈴石と立花さんはそう言った。
「いや、立花さんはともかく鈴石は身体強化魔法のおかげだろうが!」
「魔法も実力の内よ」
昔から家にこもりがちなインドア派だったんだから、体力が乏しいことは仕方がない。そもそも、へばってるの俺だけじゃないからな?
「多々良くん、助かったよ。魔法具の改良、上手くいったみたいだね?」
「うーん、そうでもないですよ? 実は魔石の消費が早すぎるんですよね……。雷属性の魔石、もう残り少ないんです」
「そうなのか? 1階層にも雷属性の魔石を落とすモンスターはいなかったし……」
そう言うと隊長は顎に手を当て、何かを考えているようだった。
「よし、とりあえず今日は戻ろう。ちょっとやっておきたいことが出来た」
「やっておきたいこと?」
「ああ、遠征だよ。ダンジョンは何もここだけじゃないからね」
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