第27話 穏やかな時間を過ごす僕が嫌いだ。

 相手の意識の隙を突くのが得意な僕と、経験不足を補って余りある運動神経を持つ剣崎。


 意表をついて2ゴール差を埋めることはできたものの、剣崎はすぐに冷静さを取り戻してそれ以上点差をつけることはできなかった。


 結果、同点で試合は終了。本来のバスケの試合なら延長戦だけど、リーグ戦ということもあり、そんなことをできるほどの時間の余裕はない。


 つまり……



「引き分けだな。」


 試合終了後、僕と剣崎で握手をする。


 点差がつかなかった以上、勝負は成り立たない。そう思っての発言だった。

 しかし、剣崎の考えは違っていた。


「引き分け?馬鹿を言うな。俺から挑んで、俺の得意分野でやり合って引き分けだったんだぞ?俺の負けだ。」


 この発言は正直想定外だった。剣崎はこの試合でどんな結果になろうとも、負けを認めることはないと思っていた。


「じゃあ、三谷さんの告白はもういいのか?」


「ああ、そういう約束だったからな。。」


「……だと思ったよ。でも、いいよ。何回だってその挑戦は受けるさ。」


 剣崎は僕に今回の勝負を吹っ掛けた時、とは言わなかった。


 剣崎はこの試合で僕に勝てたら、三谷さんに告白するつもりだった。今回はあくまでもそのことに関する勝負だ。


 剣崎は我の強い男だ。このまま大人しく引き下がるわけはない。だから、こうなることは予想していたし、特に驚きもしない。


「それより、ありがとう。僕に挑んでくれて。」


「なんで挑まれた側がお礼なんてするんだよ。」


 確かにおかしな話だ。でも、礼を言わずにはいられない。

 もしこの勝負を挑まれていなかったら、自分の気持ちにすら気づくことができなかったはずだ。


 知らないままではいられない。剣崎が何もしなくても、いずれは自覚できたかもしれないこの気持ち。

 この際、ハッキリさせてくれてよかった。


 やっとケジメが付けられる。



〇●〇



 言ってしまった。気持ちがあふれた。


 彼は目立つことを嫌がる。それは、私が初めてこの学校に登校してきたとき、この学校で彼と初めて話した時に分かっていたこと。

 私が彼に話しかけただけで、彼は逃げ出してしまった。それほど繊細な心の持ち主だと分かっていた。


 だから、今日のバスケットボールの試合は控えるようにしていたのに……。


 彼の何かに諦めがついたような顔を見てしまうと、どうしてもおさえられなかった。


 以前、清水さんには自分の気持ちがまだ分からないと伝えたけど、今ならわかる。



──私は、矢田くんが好きだ。



 きっと、初めて会ったときからというわけじゃない。助けてもらったということはきっかけにすぎない。

 彼と過ごすうちに見えてきたのは、その優しさ。上辺だけでなく、今後のことまで考え抜いてる。


 たぶん、自分嫌いなのも私のことを避けてるのもそれと関係してるからなのかもしれない。


 だから、私は無理矢理にでも彼をボランティア部に誘った。

 彼に自分を好きになって欲しくて、私が好きな彼を好きになって欲しかった。


 でも、これは私が勝手にやっていることであって、彼が自ら望んでしていることではない。


 私のことは邪魔に思われることはあっても、好意的に見られることはない。そう思っていたのに……。


 ふと、応援に応えてくれた彼の姿が思い浮かぶと同時に、顔が熱くなるのを感じる。


 私が今までやってきたことは無駄じゃないと言ってくれた気がして……


「嬉しかったな……」


 いつか、彼が自分のことを知って、自分のことを認められるようになって欲しい。


 私は軽やかな足取りで、自分の競技に向かった。



○●○



 その後はと言うと、結果的に僕はリタイアした。

 1試合目で体力を使い果たした僕は、試合後ロクに走ることも出来ず、次の試合まで出場することはできなかった。


 剣崎はと言うと、やはり体力はまだまだ余っているようで、次の試合でも大活躍だ。


 以前は威圧的な態度で嫌悪しか抱いていなかったけど、今となってはライバルのような感覚だ。


 これは僕が自分の気持ちを自覚したことが大きい。自分と同じ人が好きだった。その事実は、どこか親近感を覚えさせる。

 僕が三谷さんを好きなことは、剣崎からしてみれば一目瞭然だったようだし、もしかしたら剣崎もこんな気持ちだったのかもしれないな。




…………さて、そろそろ現実を見ようか。



 僕は今、空を見ている。


 なぜか?仰向けに寝転んでいるからだ。屋外でなぜ寝ているのかは置いておくとして、仰向けで寝ていれば空が見えるのは当然だ。


 では、僕はどこで寝ているのか?後頭部に触れる柔らかな感触。

 どうやら地面に直接寝そべっているわけではないようだ。


 そして、ほんの少し目を横に向けると、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る三谷さんの顔が見える。


 ふむ。やっぱり三谷さんも自分の競技が終わって疲れていたのか。


 そう言う僕も久々の激しい運動に疲れ切って、実は他の生徒の競技を見るまでもなく、屋上で昼寝をしにサボりに来たわけなのだが……。


 僕はさらに横に目を向ける。


 そこでようやく僕の頭は腿の上に乗っているということがハッキリした。


 なるほど。この柔らかな感触は三谷さんの肌の感触だったわけだ。




「…………。」




 mate。マテ。まて。待て待て待て待て待てっ!


「ちょっと待て!」


 なんでだ?どうしてこんな状況になっている!?


 ここは屋上……そう、屋上だ。


 極まれに、僕が一人になりたいときに来る、お気に入りの場所。ここに来るには扉ではなく、壊れた窓から来なければならない。それも、窓を開けるにも少しコツがいる。

 何より、僕がここに来るという事自体、誰かに話した覚えはない。


 もし……もし仮に三谷さんが僕を探していたとして、こんな場所を見つけられるはずがないのだ。


 僕は正座のまま器用に寝てしまっている三谷さんを起こさないように、慎重に体を起こす。


「……いや、そういえば一人だけ知っていたな。」


「スゥ~ッ、スゥ~ッ……」


 三谷さんは寝息を立てるものの、起きる様子はない。それを見て、僕もようやく落ち着きを取り戻すことが出来た。


 僕が来た時は一人だったし、僕は地べたに寝ころんでいた。

 つまり、この状況は三谷さんが自分で作ったという事だ。大方、地べたで寝転がっている僕を見て、膝枕でもしてあげようという善意があったのだろう。


 普通なら考えにくいが、三谷さんならやりかねない。


「……まったく、お返しだ。」


 僕は三谷さんが寝やすいように隣に座り、もたれかかるように肩を貸す。


 三谷さんが好きだと自覚した今となっては、こんなことでも幸せに感じる。


 その時だった。


 急に体に寒気が走り、視界がはじける。


 屋上、幸福感。昔のことを思い出し、その後悔が、罪が、僕の胸を締め上げる。


 分かっている。忘れたつもりはない。誰かを好きになるなんてこと、許されるものか。



「………だ。矢田!」


 耳鳴りが響く中、遠くで僕を呼ぶ声がする。


 その声に導かれるように、僕はゆっくりと意識を取り戻した。


 目を覚ますと、そこには目の前で仁王立ちをする先生の姿があった。


「全く、お前は一体何をやってるんだ。」


 呆れた表情で先生は僕を見る。


「……先生でしたか。」


「何だその反応は。まるで私にならこんなところを見られても問題ないとでも言いたげだが?」


「いや、少しホッとしただけですよ。少し昔のことを思い出していたので。」


 ここまで言うと、先生も何かに勘付いたのか、顔付きが変わる。


「矢田。まさかまたあの時のような真似を考えているんじゃないだろうな?」


「いえ、僕だってもうあんなことをするつもりはありませんよ。ただ、やっぱり僕は1人であるべき人間だと再確認したまでです。」


 僕は隣で眠る三谷さんを見て、あの時のことを重ね合わせていた。

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