第28話 僕はこの世で一番、僕が嫌いだ①

 僕は僕が嫌いだ。


 どこが?全てがだ。


 話し方も、能力も、顔も、思い描く夢すらも。


 でも、強いて一つ上げるとするなら……それは過去に犯した罪だ。


 僕はあの時のことを、生涯忘れることはない。


 先生との出会い。そして、僕の罪。




〇●〇



───4年前。



「えーちゃん、おはよ!」


「おはよ、れい。」


 朝。学校に登校して真っ先に、いつも通りの挨拶をする。


 玲衣とは幼馴染で、幼稚園から今日まで毎日のように顔を合わせている。

 友達の少ない僕にとっては、家族以外では最も親しい友人だ。


「えーちゃん、また寝癖立ってるよ?」


 頭を指され、その部分に手を当ててみると、確かに髪が浮いている感覚がある。


「別にいいよ、みんなそんな気にしないし。」


「ダメだよ、えーちゃんはちゃんとしたらカッコいいんだから。身なりは気にした方がいいよ?」


 そういう玲衣は、最近少しオシャレに気を遣っているみたいだ。

 シンプルな青いカーディガンに白いシャツ、そしてジーンズ。

 肩に少しかかる程度のショートぎみの髪やつり目も相まってボーイッシュなイメージだ。


 玲衣は見た目だけでなく、性格も男勝りなところがある。昔は近所のガキ大将にいじめられていたところを助けてくれたこともあったっけ。


 ただ、幼稚園と小学校は一緒だったけど、玲衣は中学受験をしたから今年からは別々の学校になる。


「じゃあ、私こっちだから!中学校で何かあったらすぐいいなよ?」


「うん、分かってる。ありがとう。」


 僕と玲衣はそうして道を分かれた。


 玲衣とは喧嘩をすることもあったけど、なんだかんだ言ってずっと一緒にいた。中学で一人になっても大丈夫なんだろうか。


「……いや、僕が心配する事じゃないな。」


 いつも僕が助けてもらっていた。僕が玲衣の心配をする必要なんてない。



 そうして迎えた中学生活。


 小学校にはなかった部活動や新しい友人。小学校では気弱だったけど、むしろ僕にはこの環境が合っていたみたいだった。


 僕はバスケ部に入り、それなりに馴染むことも出来た。

 授業も得意不得意はあるけど、親に塾に行かせてもらっているおかげもあって、授業にはついていけてる。 


 そして、部活動と成長期のおかげで図体も大きくなり、特にいじめられるようなこともなかった。


 玲衣がいなくても順調にやっていけている。その時はそう思っていた。



 ある日。


 ブーッブーッとスマホのブザーが鳴る。


 それを見ると、その時にはもうあまり話さなくなっていた玲衣からのメールが届いていた。


『久しぶり。少し会って話さない?』


 短いメッセージ。もう22時を過ぎた夜遅くに、だ。


 昔から玲衣は早寝早起きは欠かさず習慣化していたし、この時間にはもう既に寝ている頃のはずだ。


 何かあったのかもしれない。


 そう感じた僕は、何の躊躇もなく会いに行くことにした。


 待ち合わせに指定されたのは昔2人でよく遊んだ公園。

 それほど遠くないが、僕は急いでそこへ向かう。


 到着し、目に入ってきた公園は昔見た光景とさほど変わらない。

 昔と変わらない遊具、配置の変わらない木々。


 でも、そんな中に1人、ベンチで静かに座る女性がいた。玲衣だ。

 昔はジーンズや運動着ばかり来ていたが、今日は膝あたりまであるスカートを履き、白いシャツに水色のカーディガンを着ている。


 なんだか、小学生の頃とはまるで雰囲気が違う。まだ中学生だというのに、女の子らしく……いや、ずいぶん大人びた印象だ。


 だけど、その姿はどこか弱々しさを感じた。


「玲衣、久しぶり。」


 以前と同じように、落ち着いた態度で話しかける。


「あっ、えーちゃん、久しぶり。あははっ、ごめんね、こんな時間に呼び出したりして……。」


 いつも笑っていた彼女には似合わない、ぎこちない笑み。

 だが、僕はそれをあえて口に出さない。


「……気にしなくていいよ。」


「なんっていうか……変わったね、声をかけられるまで気づかなかったよ。」


「それはこっちのセリフだよ。なんか大人っぽくなったように見えるし。」


「えへへ、そうかな。ありがと。」


 明らかに、何か悩みがある。それは手に取るようにわかった。

 しかし、ここで無理に聞き出すことは悪手だ。


 こんな時間に呼び出したということは、その悩みを家族にも話せていないということ。そして、誰かに相談したことを誰にも知られたくないということだ。


 それを僕に話してくれようとしている。


 幼い頃からずっと助けてもらってきた。今度は僕が助けたい。頼ってくれるというのならなおさらだ。


「……ねぇ、覚えてる?えーちゃん、よくここで私と遊んでたよね。」


「……うん。」


「小学校じゃ、クラスが違っても毎日一緒に遊んでたよね。」


「懐かしいな。あの時はよく玲衣に助けてもらったよな。勉強もよく教えてもらってた。」


「それを言ったら、私だって教えてもらったことあったよ?えーちゃんは昔から運動神経抜群だったしねー。」


 他愛のない話が続く。


 この時間を過ごしているだけでも、玲衣の表情は少しずつ穏やかになっていった。



「あの……さ、学校はどうなの?」


「まぁボチボチかな。授業にもついていけてるし、部活の方も上手くやれてる。悩み事といえば、進路が決まってないことくらいかな。」


「そっか、えーちゃんは凄いね。私なんか、もう……。」


「……玲衣?」


 だんだんと玲衣の声が震えていく。少しずつ、緊張が解けるように。


 そしてまもなく、玲衣の瞳からは涙が溢れた。


「わっ、私……!もう……」


 震える肩を、優しく抱き留める。少しでも力になれるように。少しでも今までの恩を返せるように。


 玲衣は何とか落ち着きを取り戻し、その想いを伝える。


「学校に行きたくない……!学校に行くことが……怖い……!」


 胸に詰まった言葉を吐き出すその姿は、もう便りが僕しかいないという事実を示していた。


 昔はあんなにも大きく見えた背中が、今でははるかに小さく、弱々しく見える。


「何があったんだ?」


 僕はその答えを焦らずに待つ。


 彼女の抱えている悩みがどれだけ辛い事だろうが、僕が何とかしてみせる。


 そう決意したとき、玲衣は自分の抱えているものをゆっくりと語り出す。


 


 しかし、この時の僕はただ甘かった。


 中学校に入って、勉強も部活も小学校よりも上手くいき、調子に乗っていた、という言い方の方が正しいのかもしれない。

 玲衣の悩みを僕ごときが解決できると思ってしまった。


 それこそが、僕の最大の過ちだったんだ。

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僕嫌いな僕と僕好きな彼女 山上卓也 @Takaya_1121

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