第26話 単純な僕が嫌いだ

「おっしゃーー!!」


 剣崎が渾身のガッツポーズを見せる。


 たった一点。されど一点。それだけ気合の入ったシュートだったということだ。



 力が抜ける。


 目指すべき道が間違いだったと感づき、どこに行けばいいのか分からなくなる。

 進むことも引き返すことも出来ず、ただ立ちすくむしかない。


 剣崎に対する嫌悪はもう消え失せている。


 あいつは、僕なんか比べ物にならないくらい真っ直ぐに突き進んでいるだけだ。軽い気持ちで告白するなんて言ったんじゃない。この試合のための努力量は、剣崎らしくないガッツポーズから分かる。


 僕に挑んだのも、三谷さんと最近一緒に行動していることが多いからだ。僕に何の断りもなく告白すれば、わだかまりが生まれると思ったんだろう。

 

 軽い気持ちで言ったんじゃない。この勝負に、本気で勝ちにきている。それだけ努力できるのなら、三谷さんと付き合ったとしても、きっと幸せにする努力をするはずだ。


 作戦は崩れた。勝ちたい理由もなくなった。


 考える間もなく、試合は進む。


 もちろん、サブプランも考えていたから実行したが、剣崎たちはその対策もしていた。

 おかげで形勢は徐々に傾き、残り5分で2ゴール差になっていた。


「どーした?随分と手応えがないな?」


 ボールコートから出たタイミングで、剣崎が声をかけてくる。


「そりゃそうだろ。」


 もうこっちは諦めてるんだ。石田もこの点差に焦りが出ていつもの動きができていない。

 このまま多少頑張ったところで、結果は見えている。


 僕のその考えを読み取ったのかは分からないが、剣崎はそれ以上何も言わない。

 その表情はどこか残念そうにも見える。


 諦めていいはず。

 なのに、なぜかこんなにも胸が痛くなる?苦しくなる?


 理屈ではこれでいいと分かっているはずなのに、どこか納得できない。


 試合終了まであと4分。その疑問に答えが出せないまま終わる。そう思っていたその時だ。



「頑張ってください、矢田くん!」


 1人、たった1人、僕を応援する声が体育館に響く。


 そうだ。初めは疎ましいとすら思っていた。関わるのが嫌で、あえて冷たい態度を続けていた。


 でも、彼女は決してめげずに僕に関わり続けて、すぐに僕の抱える想いを暴き出した。


 それからは余計なお世話の連続だ。

 無理矢理ボランティア部なんてものに入れさせられたり、たまに弁当を用意されたり。


 そんな彼女を見ているうちに、いつの間にか疎ましさとは別の、もっと別の感情を持つようになった。


 彼女の声援で勝ちたいと思う気持ちが膨れ上がる。


 ようやくはっきりした。

 理屈ではない、実に子供っぽいくだらない理由だ。


 僕が彼女に惹かれているのだ。


 剣崎と付き合ってほしくない。格好いい姿を見せたい。そんな想いが心のどこかにあった。どれだけ理屈を重ねてもどこか納得できなかったのはそのせいだろう。


 理屈は自分の思うままの行動を抑制できる。今までは過去の失敗を踏まえて、常に自分の行動が理屈で考えて本当に正しい事かを判断していた。


 だけど今は、今だけは自分の思うままに動こう。


 三谷さんの応援に、僕はサムズアップで答える。


 まだ2ゴール差。まだ巻き返せる。


 これまでのプレーは、常に石田を中心にして組み立てていた。でも、全てとはいかないまでも、そのほとんどは剣崎たちに対策されていて、なかなか思うように攻められなかった。


 なにより、石田には常に二人がマークについている。二人ともバスケ部ではないが、運動部という事もあってかなり石田の動きが制限されている。


 だったら……


 相手チームが五十嵐にパスを出す瞬間。僕はそのパスをカットする。


 相手チームも決して全員が強いわけじゃない。目線の動かし方、フェイントのかけ方はやはりバスケ部のメンバーよりもはるかに甘い。


「させるか!」


 ボールを持つと、すぐに剣崎が直接ボールを奪いに来る。


 確かに、これだけ激しく奪おうとされればとても守り切ることは出来なかった。


──さっきまでは。


 石田と五十嵐。バスケ部の2人のプレーを見て、ボールをキープする方法は大体分かった。


 そして、剣崎のボールを奪おうとする動き。間合いを詰めすぎている。これなら僕でも少しのフェイントと急ダッシュで簡単に抜ける。


 剣崎にボール奪取をさせず、さらにはドリブルで抜き去るという予想外の僕のプレーに、コート内の全員の視線が集中する。


 剣崎はバスケ部じゃなくとも、その運動神経は抜群だ。そんな相手を運動部でもないやつがいとも簡単に抜いたとなれば、注目は必至だ。


 もちろん、それに見合うだけの実力はない。あくまでも一時のものだ。


 けれど、それで十分だった。


 プレーの中心が石田から僕になるという変化。相手チームは五十嵐を含め、全員が僕の動きに対処しようとする。それこそが狙い。

 石田のマークが甘くなり、さらに石田と逆サイドに僕自身が寄ることで意識をそらす。


 不思議な感覚だ。自分の本当の気持ちが分かっただけだというのに、こんなにも心に余裕が出来るなんて。


 いつもより周りがよく見える。


 ゴールに近づき、全員の意識が向いた瞬間、僕はシュートフェイントをはさむ。

 それと同時に、全員の意識外から走りこんできた石田にパスを出す。


 今日イチのシュートチャンス。この一瞬だけは、誰も石田に追いつけなかった。


 当然のようにゴールを決め、1ゴール差になる。


「矢田!」


 石田はゴールを決めたその足で一直線に手を挙げて僕の方へ走ってくる。


「ははっ、ナイシュー!」


 自分の心のままに動く感覚。自分の思い描いたシナリオを現実に起こせた時の高揚感。何より、それを他の誰かと達成した事実は、想像以上に楽しいものだった。

 

 二人は笑い合い、思いっきりハイタッチをする。


「……おい、どういうことだよ。」


 ゴールを決めた後、剣崎が怪訝そうに僕に話しかける。


「お前はこの試合、もう勝つ気がないのだと思ってた。なのに、どうして急にやる気を出したんだ?まさか、三谷さんが応援してくれたから、なんていう理由じゃないだろ?」


「いや、そのまさかだよ。」


 ふと、僕は自然な笑みをこぼす。


「僕も自分がそんな単純な人間だとは思っていなかった。いつも理屈を優先して行動してきた。後先考えずに自分の心のままに動けば、その行動を後悔することがある。そのことを、僕は痛いほど知ってる。でも、気づいたらその声援に応えたい気持ちが、もう抑えられないくらい強くなっていたんだ。」


「……そうか。ならやっぱりお前は」


「ああ、お前が三谷さんに相応しくないからじゃない。僕も三谷さんが好きだから、この勝負に本気で勝ちに行く。」


「ったく、ようやく気付いたか。遅すぎるんだよ、俺から見ても丸わかりだったくせしやがって。」


「丸わかり……」


 そう言われると少し恥ずかしい。自分が色々と鈍い自覚はあるが、そこまで分かりやすかったとは思わなかった。


 でも試合はまだ終わっていない。その数秒の会話の後、僕らは再び作戦を考え、走り、ボールを持って、点を奪い合う。


 僕が理屈を考えて行動するようになったのは過去の失敗を踏まえてのことだ。なのに、結局は感情に任せて行動してしまっている。


 感情的に行動するのは悪手だ。そう分かっていても変えられない。


 そんな僕のことが……本当に嫌いだ。

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