第25話 邪魔な僕が嫌いだ
「矢田くん!」
試合直前、三谷さんが声をかけてくる。
「三谷さん、どうしたんだ?というか、自分の競技は?」
「私はバレーなので、男子バスケが終わった後です。なので、応援しにきました!」
「そういうことか、ありがとう。」
僕は三谷さんの頭を優しく撫でた。
「「……………………え?」」
その行動に、お互いに驚いた。
三谷は自分がされた行動に。矢田は自分がした行動に。
「ごっ、ごめん!そんなつもりじゃ……」
慌てて手を引っ込め、キョロキョロと周囲を見渡す。幸いにも、すぐに手を引っ込めたこともあり、誰かに見られてはいないようだ。
三谷さんは顔をうつむけて黙り込んでしまう。
「えーっと、大丈夫?」
「あっ、はいっ、だっ、大丈夫です!」
少し裏返った声で答える三谷さん。顔も少し赤いように見える。
「ご、ごめんなさい、少し用を思い出したので、ちょっと出てきます!」
そういって、小走りで体育館を出て行った。
……やってしまった。
大きくため息をつき、頭を抱える。
三谷さんは以前から子犬のような人懐っこさがあった。
いくら親しみやすいとはいえ、赤の他人にそんなことをされて喜ぶ人なんているはずがない。
顔も赤かったし、相当怒ってるんだろうな……。
「おい、矢田!そろそろ始まるぞ!」
僕は石田に呼ばれ、気落ちしながらも試合に臨んだ。
○●○
もう後数秒で試合が始まる。
剣崎にまた声をかけられると思ったが、そんなことは無かった。あいつもあいつでこの試合のために集中したいようだ。
球技大会では、そのスポーツの部活の生徒は1チームにつき1人というルールがある。
その唯一の生徒の実力が拮抗していた場合、当然ながら勝敗は他のメンバーの動きにかかっている。
だというのに、さっきからなかなか集中できない。
理由は分かっている。さっき三谷さんにしてしまった行動に動揺してしまっているからだ。
おかしい。普段ならこの程度のことでここまで動揺しない。したとしても、すぐに切り替えられる。
「おい、矢田?大丈夫か?」
「ああ、悪い。」
石田に声をかけられ、僕は何とか気を取り直そうと試みる。
剣崎のほうは表情を見ただけで集中できていることがわかる。
他のメンバーもそうだ。みんな、試合のことだけ考えてる。
もう審判の先生も来ている。もうあと数秒で始まる。
僕も含め、チームのメンバーはすぐに配置についた。
「矢田。今日は勝たせてもらうぞ。」
剣崎のマークは僕だ。
こいつには負けたくない。その思いが、再び心の奥から湧き上がる。
おかげで集中力が戻ってきた。
「ではこれより、球技大会男子バスケの一回戦を始めます!礼!」
「「「よろしくお願いします!」」」
二つのチームは挨拶と礼をし、すぐに入り乱れる。
ジャンプボールは石田だ。相手もバスケ部のメンバーのようだけど、身長で勝っている石田がとるはず。
僕はボールが落ちるであろう位置にスタンバイする。
試合開始の笛が響き、投げられたジャンプボール。
予想通り、ジャンプボールはこちらのチームがとった。
すぐにボールは石田にパスされる。
それを見た僕は即座にゴール下まで走り込んだ。
球技大会のバスケは両チーム1人しかバスケ部員を入れられず、ほとんどが素人と言っていい。
つまり、得点はほとんどが各チーム1人ずついるバスケ部員が決める。
相手チームもそう考えているやつがほとんどのはずだ。
その裏をつく。
昨日練習しただけだが、僕のレイアップシュートはフリーの状態なら7割は決められるようになった。
最初の得点を奪ってリードを守る。
それが、剣崎のクラスに勝つための、1番現実的な作戦だ。
石田は鋭いパスで僕にボールを渡す。
ディフェンスはまだ追いついていない。フリーだ。決まる……
そう思ったその時だ。
「ふっ!」
シュートを打つ瞬間、暑苦しい声と共に剣崎が僕の前に飛び出し、ボールの軌道がずれる。
ボールはリングに弾かれ、相手チームに渡る。
しまった。油断した。
いや、それだけじゃない。今の動き。全く迷いがなかった。まさか読まれてた?
「くっそ!」
ゆっくり考えている時間はない。
予定からはズレたが、それでも作戦が崩されたわけじゃない。まだ先制点を防ぎさえできれば挽回できる。
僕と石田以外のメンバーは既にディフェンスのために自陣に戻っている。迂闊には攻められないはずだ。
僕は剣崎のマークにつき、目を離さないようにする。
それと同時に視界の端で状況を把握する。
今ボールを持っているのは、相手チームのバスケ部。確か名前は五十嵐だったか?
先ほどの僕らのチームの速攻とは打って変わってゆっくりとした慎重な攻めだ。
───考えろ。どう来る。
僕の見立てでは、五十嵐を除いて、今相手チームで一番脅威なのは剣崎だ。
シュート力は石田や五十嵐に及ばないとはいえ、190センチという高身長と身体能力の高さでごり押しされれば、僕一人では抑えきれない。
時間は刻一刻と過ぎていく。五十嵐と剣崎。二人の目が合う事はなく、パス回しでいたずらに時間を使う。
先ほどは剣崎が脅威だとは言ったものの、バスケ部員である五十嵐と比べれば、警戒度は言うまでもない。
時間がたつごとに、徐々に剣崎ではなく、五十嵐の方へ自然に視線は集まっていく。
バスケでは、オフェンス側は24秒以内にシュートを打たなければならないルールがある。もうすぐ20秒。
その時、五十嵐が動いた。機敏な動きで石田を翻弄し、抜きにかかる。
しかし、石田も負けてはいない。五十嵐の激しい動きについていき、シュートへの動きを封じている。
いける。このまま24秒まで抑えれば、こちらのボールになる……。
「矢田!剣崎から目を離すな!」
五十嵐の猛攻を止めていた石田が突如叫ぶ。
そこでようやく気付いた。目を離さないでいたつもりが、いつの間にか視界から外れていたことを。
剣崎は既にゴール下に走り込み、フリーの状態でパスを待っている。
だが、当然チームメイトがカバーに入る。
そう簡単にシュートを打てはしない。となれば、シュートフェイクからのパス。この選択肢をとる確率が一番高いはず。
剣崎がパスを受け、ボールを持つのを確認し、僕はパスコースを塞ぎに走る。
大丈夫。シュートブロックには間に合わなくても、これで得点を防げるはずだ。
この時はそう考えていた。実際、少し前までの剣崎ならその選択をしたはずだ。
だけど、この時の剣崎は違った。
この間話しかけてきたときは、僕を見下す……いや、軽蔑するような目を向けていた。それは、僕にとっても好ましいものではなかったし、あれをきっかけに剣崎に嫌悪を抱くようになった。
だが、今の剣崎は真剣そのものだ。油断など微塵も感じられず、むしろ誰かに挑戦しているかのような気迫。
訳が分からない。お前は僕を見下してるはずじゃなかったのか?三谷さんに告白するっていうのも、外見だけ見て、軽い気持ちで付き合いたいって、そう思っていたんじゃないのか?
まさか……全て勘違いだったのか?
剣崎は僕の思惑とは違い、体を相手にぶつけながらシュートを放つ。
それは、不恰好でありながら、努力の積み重ねが垣間見えるような愚直なシュート。
それはリングの端をぐるぐると回転し、しばらくして動きを止め、ゆっくりとゴールをくぐった。
歓声が聞こえてくる。でも、この時の僕の耳にはほとんど届いていなかった。
剣崎はただ純粋に、三谷さんが好きで、僕がそれに対して不満を持つと考えたから、心置きなく好意を伝えるためにあえて挑んだ?
だとしたら、今の僕は?何のためにここにいる?
いや、むしろ意味なんてない……。今の僕は……
「ただの邪魔者じゃないか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます