第24話 自分勝手な僕が嫌いだ
球技大会当日。
僕はいつになく早起きをする。
昨日の練習の疲れは残っていない。日々の体力づくりのためのランニングのおかげだ。やっていなかったら、疲れ切って寝坊する、なんてこともありえたな。
でも、早起きできたのは、自分でも意識しないうちに、今日の大会に気持ちが高ぶっているからかもしれない。
剣崎に勝つ。目的はぶれていない。でも、それ以外にも、ただ純粋に楽しみたいと思っているのも事実だ。
学校の行事はいつも退屈で時間の無駄としか思わなかったけど、こうして練習を重ねてようやく迎えるイベントは一味違うワクワク感がある。
「今日ぐらいは楽しむか。」
僕は体を起こし、学校へ向かう準備をし始めた。
教室に着くと、席についている生徒は僕の隣の一人だけだった。どうやら少し早起きしすぎたらしい。
「おはよう……ってどうした?そんな顔して。」
声をかけると、そこには死にそうな顔をしている清水がいた。
「それはこっちのセリフなんだけど?いつもこういう行事でつまらなそうにしてるくせに、なんで今日に限ってそんなに楽しそうなのよ。」
「楽しそう?」
「顔に出てるわよ。」
「……気のせいだろ。」
僕は表情を見られないようにそっぽを向く。
「そういえば、あんた運動神経結構いいもんね。私はてんでダメだから憂鬱でしかないわ。」
清水は何度も大きなため息をつき、俯く。確かに清水は中学も今も運動部ではないし、これまで何かスポーツをやっていたなんてことは聞いたことがない。
「今更そんな落ち込んでも仕方ないだろ。ほら、応援するからさ、少しは元気出しなよ。」
「……応援?」
清水が急に顔を上げ、目の色を変える。
「あんたが?私に?」
「えっ、まぁ、そりゃ同じ同好会だし、応援ぐらいいくらでもするけど……」
何かまずかったか?
「ふーん、そう、まぁ別に?あんたに応援されるからってわけじゃ無いけど?そこまで言うなら今日ぐらいは頑張ってみてもいいかもねー」
「棒読みが凄いぞ?」
「うるさいわね。」
キッと睨まれ、慌てて顔を逸らす。
まぁ要するに清水は僕に応援して欲しい、と言いたいのだろう。
最近になってようやくわかったことだが、どうやら清水は僕のことが嫌いというわけでは無かったらしい。おそらく、僕が清水に感じていたように、清水もまた、僕が自分と似ていると感じていたのだろう。
そうなると僕に対してきつめに当たっていた理由が分からなくなるのだが。
その話はおいておくとして、要は僕のことを友達のように思ってくれているということだ。友達の応援は嬉しいものだし、やる気が出るのも頷ける。
「分かった。試合時間が被っていない限りは、応援に行くよ。」
「……そっ、ありがと。」
清水はそっぽを向いて返事をする。
たまに見る、いつもの清水の仕草。しかし、その姿はどこか嬉しそうに見えた。
「あっ!2人ともおはようございます!」
静かさが漂っていた教室に、元気な声が響く。
「三谷さんか、おはよう……って、もう着替えたのか、早いな?」
三谷さんは僕らとは違い、既に体操着に着替えていた。
球技大会当日とはいえ、登校するときは制服と決まっている。つまり、三谷さんは僕たちより早く来て更衣室で着替えを済ませたという事だ。
「はい!この学校で初めてのイベントですから、楽しみです!」
「……そっか。」
正直、あまり話が入ってこない。というのも、体操着というだけあって普段の制服よりは生地が薄い。そして、普段の体育では男女別でやるから、体操着姿を見るのは初めてだ。つまり、何が言いたいかというと……。
──胸部に目がいってしまって話が入ってこない。
制服姿ではあんまり分からなかったが、三谷さんって意外と……
「あんた、一体どこを見てるのかしら……?」
なんてことを考えていると、背筋が凍るような殺気を感じる。
先ほどの少し楽し気な声とはかけ離れた、冷たく刺すような清水の声。清水は元々風紀委員だ。邪な目線には敏感だし、この反応も当然だ。
「いや、しょうがないだろ、僕だって男なんだから。」
「……殴るわよ?」
「すみませんでした。」
釈然としないけど、僕はただただ謝るしかなかった。
その後しばらくして朝礼が終わると、いよいよ球技大会が始まる。
開会式の後に三谷さんの方を確認してみると、チーム同士で仲良く雑談をしていた。
実を言うと、三谷さんは転校して日が浅いから、孤立していないか心配していたけど、杞憂だったようだ。
元々三谷さんは人からは好かれやすい性格なのだろう。
僕がどれだけ嫌な態度をとっても優しく接してくれるし、義理堅く、何より明るく素直だ。少ししつこいところもあるけれど、それを踏まえても誰かから嫌われるような人じゃない。
……嫉妬とかはあるんだろうけど。
「おい、約束は覚えてるな。」
声をかけられた。
僕のことを異常に毛嫌いしているようなこの威圧的な声。聞き間違えるはずがない。
むしろ、いつ声をかけられるのかと待ちくたびれていたくらいだ。
「当たり前だ。剣崎。」
「ならいい。さっき試合の組み合わせを見てきたが、運よく、お前のクラストとは一回戦で当たるようだぜ。」
「……なるほど、確かに運がいいな。」
バスケの試合はリーグ戦形式だ。例え組み合わせが違い、どちらかのクラスが他のチームに負けたとしても、対戦できなくなるということはない。
しかし、試合が後になればなるほど、運動部でない僕は体力的に辛くなる。
逆に言えば剣崎側はその方が有利になるはずなのだが、運よくとはどういうことだ?
「これで、対等な条件で勝負ができる。」
剣崎が僕の考えを見越したように答える。
ああ、なるほど、疲れ切って動きが鈍った状態の僕よりも、万全の状態の僕と勝負したかったってことか。中々律儀じゃないか。でも……
「何が対等だよ。スポーツでの勝負って時点で、お前に分があるだろ。」
「はっ、天才が何を言ったって嫌味にしか聞こえねーよ。」
その物言いに違和感を覚えたのは言うまでもない。
天才というのは、他人と比較して、自分に劣等感を抱いたときに出る言葉だ。
僕は、剣崎のことを自信家で自分勝手な奴、としか思っていなかったけど、意外とそうでもないのか。
「ここで言い争っても意味はねぇな。試合で決めようぜ。」
「ああ、そうだな。」
僕と剣崎は互いに姿が視界から外れるまでにらみ合った。
何度話しても、やはりどうしても好きになれないな。
剣崎が三谷さんに告白する。このことはやはり何度考えても本来僕が介入できることじゃない。それでも、止める。
この間は、屁理屈を自分に言い聞かせて納得したけど、ようやく分かった。
冷静に考えれば分かる。僕は剣崎が嫌いだ。そして、三谷さんのことは嫌いじゃない。
そんな2人が仲良くしている姿を想像するのは気に食わない。
たったそれだけ。100パーセント、自分の都合だ。
「…………ハッ。」
誰にも聞こえない声で吐き捨てるように笑う。
心底気持ち悪い。そんな自分の勝手な都合を他人に押し付けていることが。
僕は、自分勝手な僕が嫌いだ。
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