第23話 友達を作らない僕が嫌いだ

 球技大会前日。


 授業も終わり、みんな帰宅の準備をしている。


 結局、チームでの連携を練習する時間はあまりとれず、数回確認しただけという結果になった。その数回も、バスケ部の石田を中心とした数人とだけで、バスケに参加する全員としたわけじゃない。


 僕自身はとりあえず試合中にスタミナ切れにならないように体力づくりに励んでいた。

 それでも、普段から部活で練習をしている剣崎には到底及ばない。


 要するに、今の時点で剣崎のクラスに対する勝率はかなり低い。


「どうしたもんかな……」


 思わず大きなため息が出る。


「なぁ、矢田。ちょっといいか?」


 そう話しかけてきたのは、バスケ部の石田だった。もう帰る準備も済ませていて、カバンを肩にかけている。


「今日の放課後、バスケの練習に付き合ってくれないか?」


「それはいいけど、部活は……ああ、そうか。」


 そういえば、今日は球技大会の前日準備のこともあり、部活動は休みだった。

 断る理由はない。むしろありがたいくらいだ。


「他には誰か誘うのか?」


「いや、今日は俺とお前の2人だけだ。少し話したいこともあるしな。」


「ああ、いいけど……?」


 話したいこと、と言われても、特に心当たりがない。石田が僕と2人で?


 一体何の話をするつもりだ?



〇●〇



 そうして、僕と石田は以前練習したバスケのコートにやってきた。


「それで、話したい事ってなんなんだ?」


「あー、そうだな、そういえばそんなこと言ってたな……。」


 なんだか話しづらそうに頬を掻く。


 らしくないな。石田のイメージは常に元気が有り余っているような性格で、何をするにしても声を大にして言うようなものだった。


「俺さ、中学で矢田と同じクラスだったんだ。覚えてるか?」


「えーっと、確か2年の時だっけ?」


 もちろん覚えている。なんでも、石田は夏休み明けから急にバスケが上達したらしく、部活ではレギュラーを勝ち取り、性格も急に明るくなったことで一気にクラスの人気者となった。


 元々は大人しめだったから、あれはかなり衝撃的だったな。


「覚えてないかもしれないけどさ、あの時バスケが上達したの、お前のおかげなんだよな。」


「僕のおかげ?何で?」


 流石に面食らってしまった。全く記憶にないし。


 目をパチパチと瞬きする僕を見て、


「あの時……夏の大会で俺が初参戦した試合があったんだけど、俺がミスしたせいで負けたんだ。先輩たちも、引退さ。もうバスケ部を抜けようとすら思ってた。」


「…………」


「だけど、お前のおかげで立ち直れた。たまたま帰り道で会って、八つ当たりみたいに話したのに、お前はただ黙って話を聞いてくれた。そしてこう言ったんだ。『それだけ苦しんでるのなら、やめるのはもったいないだろ。それだけ頑張ってきたってことなんだから。俺の百倍すごいよ。』ってな。」


 僕は思わず照れ臭くなり、そっぽを向いて頬を掻く。


 ようやく思い出した。そういえば、そんなことを言っていた。相手が誰だったかまでは覚えていないけど、石田だったのか。


「その言葉のおかげで、何っていうのかな……自分の頑張りを認められるようになったんだ。ダメなところしか見れていなかったのに、良かったところもちゃんと次に生かせるようになったんだ。そしたら何だかそれまで以上にバスケが楽しくなってさ!一気に上達したんだよ!」


 当時のことを思い出し、いつもの調子を取り戻す石田。


 確かにあの時のことは覚えている。たしか、返しそびれた図書室の本を返すために学校に行って、その帰りにバスケ部のやつと話した。


 でも、単純に思ったことを言っただけだし、石田にアドバイスしようとも、元気づけようとも考えていたわけじゃない。


 だから……


「お礼を言おうとしても、矢田はあの夏休みの後不登校になっちまうし、高校ではなんか『俺に近寄るな!』って感じのオーラ出してたからさ。なかなか話せなかったんだよな。」


「…………」


「だからさ、ありがとな。」


 …………こうして感謝されるのは少し後ろめたい気持ちになる。


「それで、何でその話をしたんだ?」


「えっ、ああ、まぁ要するに何が言いたいかって言うとな。矢田は今回の球技大会、剣崎のチームに勝ちたいんだろ?なら、俺が全力でサポートする。それを言いたかっただけだ。」


 つまり、それがお礼の代わりってことか。

 それにしても、中学のことをまだ覚えてるなんて、案外義理堅いみたいだな。


「分かった、そういうことなら、お言葉に甘えて練習に付き合ってもらうよ。」


「おう!」


「あっ、けど勘違いしないでくれよ?あくまでもチームの1番の得点源は石田だ。僕はサポートに徹する。」


「おっ、おう……?」


 この反応……。やっぱり僕にシュートとかドリブルを教える気満々だったな。

 たった1日やそこらでそんなことできるわけがない。僕がするのは、を覚えること。

 それだけに絞れば、とりあえず形にはなるはずだ。


「……矢田って、三谷さんにカッコいいとか思われたくねーの?」


「は?何で?」


「いや、何でもねーや。じゃあ、始めるか!」


 石田はボールを手に取り、こちらによこす。


「まずパス練からしよーぜ。ボールに触ってなきゃ、感覚も掴みにくいだろ?」


 バスケットボールは他の球技に比べると重く、大きい。室内で行うことの多いスポーツということもあり、実際にまだ感覚は掴めていなかった。


 先週の練習では、大まかな動きは掴めたけど、ボールに触る時間が短かったから今日のうちに少しでも慣れておかないといけない。


「分かった、やろう。」


 僕が手を出して構えると、石田は正確にその位置にパスを出す。

 ボールは吸い込まれるように手に収まった。


 これだけでも、石田がどれだけ毎日練習をしているのかが実感できる。



 僕と石田はしばらくパス練習を繰り返し、次に連携の練習へと移る。


「矢田って何かスポーツやってたのか?」


 練習中、ふと石田が僕に声をかける。


「いや、特には。なんで?」


「なんか普通よりもコツをつかむのが早い気がしてな。この間みんなと練習したときはあんまり分からなかったけど、思い返せば初心者の動きじゃなかったように思うし……。」


「おいおい、褒めても何もできないぞ?」


「別に何か求めてるわけじゃないって。ただ、この分だとレイアップシュートぐらいは練習しておいてもいいと思うぞ?」


 レイアップシュートはバスケの中でも特に基本となるシュートだ。もし仮に僕がシュートを打つ状況になるとすれば、まず間違いなくこのシュートかジャンプシュートの二択になる。せめて片方だけでも使い物になるようにしておくのはだ。


「分かった。なら、少し練習しておくよ。」


「了解、なら早速やろう。まず──」


 石田は踏切位置やボールの持ち方、腕の動かし方など、事細かに教えてくれる。

 

 スポーツではよく理論派と感覚派の人がいると言われるけど、僕はそのどちらかというと理論派だ。

 それは石田も同じだったようで、そういう意味では、僕との相性はかなり良かった。


 おかげで、数時間である程度のレベルまでは仕上がった。


「よし、明日もあるし、このぐらいにしておくか。」


 辺りが暗くなり、ボールも見えづらくなってきた頃、石田が言った。


「ああ、今日はありがとう。」


「気にすんなよ、これもお礼みたいなもんだ。明日は頑張ろうぜ!」


 僕と石田は握手を交わし、石田が自転車を置いている駐輪場に向かうまで一緒に雑談をしながら歩いていく。


 何だか、石田とこうして話していると穏やかな気分になる。まるで友達みたいな……。


「……僕たちって、友達か?」


 ふいに出た言葉。それは、今日一日感じていても、口には出さずにいた考えだった。


 自分がそんなことを言ってしまったことに驚き、僕は慌てて手で口を覆う。


「あっ、いや、ごめん!今のは忘れてくれ。」


 石田は僕の方を見て呆けた顔をしている。


「いや、何言ってんだ?当たり前じゃん。」


「えっ……。」


「また明日な!」


 石田は自転車に乗り、勢いよく走り出す。


 大きく手を振っていて、僕もそれに答えるように手を振る。


 

 友達……か。高校ではもう作らないって決めてたんだけどな。でも、やっぱり友達が出来るというのは、どうしても嬉しくなってしまう。


 もう辺りは暗く、雲がかかっているせいで星も見えない。でも、僕は晴れやかな気持ちで帰宅した。

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