第22話 努力が苦手な僕が嫌いだ
練習が終わり、疲れ切った僕はどこに寄るわけでもなく、真っ直ぐに家に帰る。
「はぁー、づがれたーー。」
一人、部屋で大きな独り言を呟き、ベットにもたれかかって座り込む。
体中のあちこちが筋肉痛だ。一度こうして座り込んでしまったせいで立つのも億劫だ。
しかし、ここまで体が思うように動かないとはな。今日練習してみて正解だった。
いくら自分がすべき動きが見えていたところで、それを実行できる肉体がなければ机上の空論だ。
何とか大会までに筋力をつけないと……。
でも、流石に今日は晩飯は抜きかな。準備するにも疲れ切ってしまったし、何より眠い。
──ピンポーーーン
そんなことを考えていると、部屋にインターホンの音が響く。
誰だ?こんな時間に。
重い腰を上げ、何とかインターホンの玄関子機で応答する。
「……はい、どちら様ですか?」
「あっ、矢田くん、私です。」
……げっ。
三谷さんだった。この疲れている時に、関わりたくない人と言われれば真っ先に思い浮かべる。これなら、どこかからの勧誘を断る方がまだ楽だ。
「……矢田くん、今嫌な顔しましたよね?」
三谷さんはぷくーっとむくれる。子供か君は?まぁ、当たってるけど……
「何の用?今日はちょっと疲れてるから、面倒ごとなら明日学校で話してほしいんだけど。」
「あっ、いえ、大した用ではないです。今日はちょっとおすそ分けをと思いまして。」
確かに、よく見ると三谷さんの手には野菜炒めらしきものが入ったパックがある。
見ただけで食欲がわいてくる。
「ありがたいけど、いいのか?」
「矢田くん、一人暮らしですし、今日はバスケの練習に行ったと聞いていたので、晩御飯を作るのも苦労するんじゃないかと思いまして……。」
凄いな、大当たりだ。正確にはもう作る気もなかったのだが……。
僕は玄関を開け、三谷さんと顔を合わせる。
「ずいぶん頑張ったんですね。疲れが顔に出てますよ?」
「しょうがないだろ、あんなに運動したのは久々だったんだし。」
とは言っても、たまに運動がてらのランニングはしているので、ここまでとは思っていなかったのだが。
「じゃあ、これ。私の作った野菜炒めです。少しお肉を多めにしてます。運動後は食べないと筋肉になりませんからね。」
「分かってるよ。あっ、でもただもらうだけなのは悪いし、今度お礼をするよ。」
「お礼……ですか?」
キョトンとすっとぼけた顔を見せる三谷さん。
今回は借りがあるわけでも無かったのだから、そんな一方的に厚意を受け取るなんてしたくはない。
「分かりました!なら内容は考えておきますね!」
僕の考えをすぐに察したのか、三谷さんはすぐにそう答える。
「なら、これは受け取っておくよ。わざわざありがとう。」
「いえいえ、では、長話をしても悪いですし、私はこれで。」
「ああ、また明日。」
三谷さんは軽く頭を下げて、小走りで去っていく。
その後ろ姿を僕は見えなくなるまで見送った。
再び僕の部屋の空気が静けさに包まれ、ほんの少し、寂しい気分になる。
…………寂しい?
その感情に、僕は少なからず動揺する。
僕はこんなにも三谷さんに心を許していたのか。
いや、今思えばボランティア同好会に入ったのも、三谷さんや清水がしつこかったから、というだけでなく、そういう感情もあったからなのかもしれない。
……なるほどな。通りで最近、三谷さんに逆らえないわけだ。
彼女と話していると、ポカポカと胸が暖かくなる感覚がある。
「いい気分になってんじゃねーよ、糞野郎。」
誰もいない部屋に、憎しみのこもった感情を吐き出す。それは他の誰でもない、自分自身に対して放った言葉だ。
やるせない気持ちになった僕は、三谷さんからもらったお裾分けを口に雑に放り込み、眠気に任せてベットへと向かった。
○●○
一方その頃。三谷家の屋敷では、女性が1人。耳にイヤホンらしきものをつけて呟く。
「ふむ、糞野郎ですか……。」
三谷家で働く九条茜だ。
「お嬢様に対してなんて口を……いや、彼の性格から考えると、今のは自分に対しての発言でしょうか。」
彼女は独自に矢田栄一郎の調査を進めていた。
これは彼に限った話ではない。家柄のこともあり、昔から彼女の主人とその娘、三谷澄玲には警戒が必要な輩が近づくことも多々あった。その度に彼女がその相手の調査をし、未然にその相手が信頼できる相手かを見極めていたのだ。
このことは、主人には知られているが、その娘である澄玲には知らされていない。純粋無垢な彼女の前で大っぴらにそんなことをしているとはとても言えない。とはいえ、この行動のおかげで大事にならなかったこともあるため、そう易々とやめていいものでもない。
「判断が難しいですね、彼は。果たして信用できる方なのか。」
調査の結果、彼の母校である中学校ではいじめの事件が起きていた。
被害者は自殺を図り、意識不明の重体。命は助かったものの、これは大きな問題となり、一時にはかなりの騒ぎになった。
いじめ騒動では、その加害者の学生が名を出されることはほとんどない。とはいえ、その中学校付近で聞き込みの調査などをすれば大まかに把握できてしまう。
この事件を知った時、矢田栄一郎はそのいじめ事件の加害者である、と仮説を立てた。
それなら、高校生という身で一人暮らしをしているのにも、ある程度の説明はつく。いじめの事件は周知の事実であったし、居心地が悪かったから、といった具合だ。
性格面も、いじめによって、相手を死に追いやったという罪の意識。それがあるからこそ、彼はあれほどまで自虐的になっているのだと。
もしこれが本当なら、お嬢様を彼に近づけるわけにはいかない。たとえ今は更生したとしても、前科がある以上は信用などできるはずもない。
そう考え、いつもよりも慎重に調査を進めた。
しかし、その予想は外れていた。被害者の親族、彼の親族、学校の教員や当時の被害者のクラスの学生に至るまで、彼がいじめをしていた、という事実には否定的な意見を出していたのだ。
むしろ、被害者を助けようと動いていた、と言う人もいるほどで、この時点で加害者であった可能性はほぼ無くなってしまった。
そして、今最も可能性の高い説は、彼が『被害者を助けられなかったことに対して、罪の意識を持っている』というものだ。
それならば、まだマシな方だ。自分から助けようと動いたのなら、むしろ好意的にも思える。
しかし事実は結局、本人の口から語られなければ分からない。
「ただいま帰りました!」
玄関から扉を開く音と共に元気な声が聞こえてくる。
私は考えを中断し、手早くお嬢様を迎え入れる。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「もう、いい加減『澄玲』って呼んで欲しいのに。」
頬を少し膨らませていじける姿は、子供っぽさを強調する。
「そういうわけにもいきません。私はあくまでも、お手伝いですから。」
「分かってますよ。」
「それにしても、随分上機嫌ですね。その様子だと、彼に受け取ってもらえましたか?」
「…………はい。」
赤くなった顔を隠すように、彼女は顔を伏せる。だが、耳まで赤く染まってしまっているせいで、全く隠しきれていない。
「ふふっ、それは何よりです。では、私たちも夕食の準備をいたしましょう。」
…………まぁ、こんな愛らしい姿を見れるなら、彼に対してはもう少し様子を見てもいいかもしれませんね。
九条茜は、心の中で呟いた。
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