第21話 体力のない僕が嫌いだ

 そして、約束のバスケの練習の日が来た。

 木曜日の放課後。普段なら家に帰って勉強に励んでいるころだが、普段から部活をしている剣崎との差を埋めるには、今からでも練習しておかないと間に合わない。


 ボランティア同好会の方は、始まったばかりだが一時的に休止という事になった。何でも、三谷さんや清水も球技大会には力を入れたいらしく、練習で忙しくなるらしい。僕にとっては好都合だが。


「おーい、矢田!こっちだぞー!」


 バスケコートでは、バスケ部のレギュラー、石田を筆頭に、球技大会で同じチームになるクラスメイトが数人集まっていた。


「悪い、待たせたかな?」


「気にすんなって、待ってる間も皆んなで遊んでたし。」


 確かに、他のメンバーは既に汗を流している。


「とりあえず、3対3でもしよーぜー。」


「えっ、いや……」


 てっきり、パス練習やシュート練習から始めると思っていた。しかし考えてみれば、高校生がこうして放課後集まるのなら部活のような練習ではなく、ミニゲームのような形式で遊ぶのは自然な流れだ。

 それに、試合形式でも十分練習にはなる。ボールには触れるし、ほかのメンバーの動きを把握することもできる。

 なにより、全員が不満を持たずに練習するには『遊ぶ』ことが手っ取り早い。


「わかった、やろう。」


 僕は否定することをやめ、その場の流れに任せることにする。




 そうして、僕と石田が同じチームになり、3人ずつに分かれてミニゲームを始めた。


 一見、各々が好きなように動いているように感じるけど、実際それでうまくチームワークができている。バスケ部でもないのにこんなことができるのは、きっとここにいるメンバーが石田を中心にいつもここで遊んでいる証拠だろう。


 そして、そうでない僕はいわばノイズだ。もしここで僕が自分で得点を狙おうものなら、このチームワークは崩れる。

 

 だから、僕はサポートに徹した。ある時には石田が1対1に持ち込みやすいよう、スペースを作り、またある時にはスクリーンをかけて他のメンバーがフリーの状態を作り出す。


 体力不足な僕でもできることといえばそれぐらいだ。そう思っていたのだが……。


「おい、矢田?おまえ、大丈夫か?」


「ぜぇ、ぜぇ、だ、大丈夫……。」


 自分の体力のなさを心底恨んだ。


 今の時点で、足はガクガクと震え、汗は滝のように流れ出している。


 バスケはコートは狭いが、激しく走り、跳びまわるかなりハードなスポーツだ。とはいえ、たった5回オフェンスとディフェンスをしただけでここまで疲労するとは。


 やっぱり、中学三年間を帰宅部として過ごしていた日々は、確実に僕の身体を鈍らせていた。


「とりあえず休んどけよ、体力が戻ったらまた参加すればいいし。」


 石田が優しく背中をたたいて、休憩を促す。


 普通に考えれば、ここは素直に休んでおく場面なのだろう。この練習がただ巻き込まれただけのものだったなら、僕もそうした。


 しかし、今回は違う。自分から動いて、この練習に参加させてもらうように頼んだんだ。

 何より、剣崎のクラスのチームに勝つには、この程度じゃ足りない。


「いや……大丈夫っ、もう少しだけやらせてくれ……。」


 気合いで呼吸を整え、大丈夫なことをアピールするために軽く跳んでみせる。


 その様子を見た石田が首を傾げる。


「……なぁ、矢田。お前、何で急にそんなやる気出したんだ?」


「えっ……」


「あっ、いや、答えたくないならいいんだけど、お前っていつもこういうのにあんまり乗り気じゃないイメージだったからさ。」


 確かに、何も事情を知らない人から見れば、僕の変わりようは不思議に思えるのかもしれない。


「大した理由じゃないよ。」


「あっ、もしかして剣崎と何かあったとか?」


 それを聞いて緊張が走る。内心では冷や汗が止まらない思いだ。


「……何でそう思った?」


「だって、剣崎とお前って今まで特に接点無かったのに急に2人きりで話すとか言い出したし、球技大会も近かったからな。」


 当然のように石田が言う。


 ……正直、隠す理由はない。

 僕は基本的に他人からどう思われようとあまり気にしないたちだ。人気者の剣崎の邪魔をしようとしていると知られたとして、周囲からどう攻められようが知ったことではない。どれだけ罵倒されようが、特に傷つくこともない。


 しかし、だったらなぜ、僕はこんなにも焦っているんだ?


 自分の気持ちのはずなのに、自分でその感情の理解ができない。理屈的に考えて動くことは得意でも、感情で動くことが苦手な僕にとって、今のこの心境は厄介なものだ。


 少し考えた後、いい答えが見つからなかった僕は、分からないことは後回しにして正直に事情を話すことにした。


「……剣崎が三谷さんに告白するらしい。それで僕に勝負を挑んできた。」


「えっ!?マジで!?じゃあお前が勝ったらお前が三谷さんに告白するのか?」


 石田の声に反応し、バスケをしていた他のメンバーも集まってくる。


「まさか、そんなわけないだろう。僕と三谷さんじゃ釣り合わないよ。」


「でも、それっておかしくないか?それならなんで剣崎はお前に勝負を挑んで、お前は剣崎の勝負を受けたんだ?」


 石田は興味津々で質問を次々に出していく。そんなに気になることか?


「剣崎がなんで僕にそんな勝負をけしかけたのかは知らない。でも、僕が剣崎の勝負を受けたのは、剣崎と三谷さんじゃ合わないと思ったからだ。」


「合わない?なんでだ?剣崎って、成績もいいし、部活でも活躍してると思うけど……?」


「そういう話じゃない。剣崎は裏表の顔が。純粋な三谷さんが剣崎と付き合えば少なからずショックを受けるだろ。」


「えっ、剣崎ってそうなのか?」


「少なくとも、僕のことはかなり嫌ってるみたいだったし、二人だけの時と教室にいた時とじゃ、雰囲気が全然違ったぞ。」


「へぇー、なるほどな。」


 何とか納得してくれたようで、質問攻めもようやく終わ……


「で、矢田は三谷さんのこと、好きなのか?」


 ……っていなかった。


「なんでそんなこと気になったんだ?」


「だって、矢田って三谷さんにそこまでする義理はないだろ?聞いた話じゃ、同じ同好会に入ったのもほとんど強制みたいなもんだったらしいし。なのに気に掛けるってことは、そうなんじゃないか?」


 こいつ、何も考えていないようで、実は結構いろいろ注意してものを見ているんだな。


 それにしても、僕が三谷さんを好き……か。


 確かに、あの素直さや自由奔放さ、行動力には好感が持てる。でも、それは決して異性に向ける好意、『恋』になることはない。万が一、いや、億が一なったとして、その想いが存在したとして、そんなものは僕の自分に対する強い嫌悪で押しつぶされるだけ。決して、彼女に伝わることはない。


「……確かに、三谷さんのことは好きだよ。幸せになってほしいとも思う。でも、それは異性に向けたものじゃない。」


「ふーん、そういうもんか?」


「そういうもんだ。もうこの話はいいだろ?さっさと続きやろう。」


 僕は小走りでバスケのコートに入る。



「……片思いかと思ってたけど、案外そうでもないかもな。」


 ボソッと矢田には聞こえない声で、石田は呟いた。

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