第20話 俺にないものを持っているアイツが嫌いだ
落ち着け。大丈夫。普通に、自然体で話せばいいんだ。ほかの生徒がやっているように、普通に……。
緊張でどんどん早まっていく鼓動を抑えようと、自分に言い聞かせる。
三谷さんや清水、それにボランティアで会った子供たちと話すときは、こんな風にはならなかった。
それの理由は『自分から話しかけなかったから』に他ならない。
誰かから話しかけられ、それに答える、というだけならまだ何ともないのだが、自分から話しかける、となっただけでハードルが驚くほど高くなる。
そんな典型的なぼっちの思考が頭から離れない。いや、最近の言葉だと『陰キャ』と言ったほうが正確かもしれない。
……やめよう。こんなことを考えていると、ますます自分への嫌悪が募ってしまう。
今はこちらから話しかけないといけないんだ。そう、三谷さんと話すみたいに、自然に……。
大きく深呼吸をして緊張を和らげると、僕は自然な笑みを浮かべて彼らに話しかける。
「なっ、なあ、球技大会に向けて、ちょっと……みんなで練習して…したいんだけど、よかったらどうかなっ?」
やばい、少しどもった。
それを自覚したとたん、顔に少し熱が帯びるのを感じる。
そして、後悔する。これだから、慣れないことはするもんじゃないんだ。
三谷さんと初めて出会ったあの日。そのことを文字通り痛いほど痛感したというのに、何も反省できていない。
「……あー、やっぱり今のは……」
なかったことにしてほしい。そう言おうとした。しかし……
「いいじゃん、やろーぜ、一緒に!」
活力あふれる元気な声に、その続きの言葉はかき消される。
「悪い悪い、お前ってそういう事自分から言うタイプじゃないと思ってたから、ビックリしてさ、一瞬固まっちまったよ。」
「あっ、そうなんだ……。」
「で、いつやる?何なら今日の放課後、うちのバスケ部の練習に来てみるか?」
「いや、流石にそれは……」
「あっ、でもそれは体力的にキツイか。なら、木曜はどうだ?うちは毎週木曜日は休みだしさ!」
「あっ、うん、空いてるけど……」
「よし!じゃあ木曜日、放課後に駅近くのバスケコートでな!」
「わっ、分かった…」
「あっ!悪い、俺まだ飯食ってなかったわ!食堂行ってくる!」
「…………」
返事も待たず、教室から出て行ってしまった。
あいつとは初めて話したけど、何というか、嵐みたいな印象だ。
まさかあんな気さくに話してくれるとは。
……少し、考えすぎていたのか。
「上手くいきましたか?」
呆然と立つ僕の横に、顔を傾けてのぞき込む三谷さんの姿があった。
「……まぁ、思った以上に……な。」
「よかったじゃないですか。みんなと仲良くできて。」
「仲良くなりたいわけじゃない。一緒に練習をしたいだけだ。」
「それ、何が違うのよ。」
そして当然のように会話に参加する清水。
「さっきも言ったけど、勝たなきゃいけない理由ができたってだけだ。みんなとはそれなりに会話ができる友達にはなりたいけど、そんなに仲良くなりたいとか考えているわけじゃない。」
「でた、偏屈な理論。あんた、もうちょっと自分の気持ちに素直になったほうがいいんじゃないの?」
「ほっとけ。」
友達になる、と言っても、そんなに親密な仲になろうとは微塵も思っていない。ただでさえ、三谷さんと清水とはこんな仲になってしまっているんだ。これ以上は過剰と言っていい。
「あっ、ところで矢田さん。今日もまたお昼は食堂ですか?」
「……そのつもりだけど。」
「よかったら、今日は私たち3人で一緒に食事をしませんか?」
「いや、前にも言ったけど、僕は……」
断る。そう言おうとして、口を閉ざす。
元々は三谷さんと関わりたくなくてこの誘いは断っていた。でも、1年間ボランティア同好会に参加することになったのなら、一緒にご飯を食べるぐらい、今更な気もする。
だったら、ここで断る意味は薄い。正直、昼飯代が浮くのもありがたいしな。
「わかった。なら、一緒に食べるか。」
「……!いいんですか!」
「断ってばかりも悪いしな。せっかく用意してきてくれたんだし。」
そういうと、三谷さんは満面の笑みを浮かべる。
本当に嬉しそうに笑うな。
清水の方はというと無表情を貫いているが。考えが読めない……。
「じゃあ、屋上にでも行って食べるか。あそこは人も少ないし、ゆっくり食えるだろ。」
そうして僕らは屋上へ向かう。それを陰で見つめる男がいるのにも気づかずに……
〇●〇
「……むかつくな。」
二人の女子を侍らせて歩く男を見つめ、剣崎はぼそりと呟く。
自分で言うのも何だが、俺はこれでもモテる方だ。告白なんて入学した時から何度もあったし、その中の何人かとは付き合ったこともある。
だが、俺に寄ってたかってくる輩はどいつもこいつも、俺自身を好きになったのではなく、『俺と付き合っている』というステータスを求めている奴ばかりだった。
現に、付き合っていてもその女どもは俺を見ようとはしない。周りに見栄を張ってばかりで、俺自身のことを知ろうともしない。
それからは、俺は女が嫌いになった。告白も何度も断ったし、少なくとも高校にいる間は誰かと付き合うのは止めようと決めていた。
ならば、俺の青春は灰色に染まってしまうのか、と言われれば、そういうわけでもない。青春とは何も恋愛だけのことを指すのではない。
俺にはライバルがいた。
とは言っても、当の本人はそんなつもりはないのだろうが。
奴は定期テストで、常に俺の上の順位をとっていた。
これでも俺はテストでは一桁台は常にキープしていたし、かなり優秀な方だった。それでも、奴に勝てたことはない。他の奴はそれこそ1位でも取れば、分かりやすく喜んだりするものだ。しかし、奴は1位をとった時でも何ともない顔でいる。
でも、向こうは帰宅部。こっちはサッカーをやっているのだから、学力で勝てないのはしょうがない。少し前まではそう思っていた。
しかし、奴の運動センスは体育の時に嫌というほど分からされた。
それは、二クラス合同でのサッカーをしていた時のこと。
こちらはサッカー部が複数人いたが、向こうのクラスは0人。普通に考えれば、勝負になるはずがない。
だが、クラスでの勝負の結果は……引き分けだった。
他のサッカー部のメンバーはなぜこんな結果になったのか、首をかしげていたが、俺には分かった。
あいつだ。試合中、こちらが得点のチャンスになると、いつもシュートブロックをあいつがやっていた。まるでこっちの動きを予想して、先回りするような動き。そのせいで、こっちの決定打が全て消される。
……素人であれだけ動けるのは普通じゃない。逸材と言ってもいい。
他の部活に取られる前に、声をかけるべきだ。そう思って、部活に勧誘した。
しかし、結果は拒絶だった。何度誘ってもだ。
「誘ってくれたのはありがたいと思ってる。でも、僕なんかがいたら、チームの和が乱れるよ。僕は、何かに本気になるってことができないから。」
その言葉は、あいつにとってはどうってことのないものだったのかもしれない。
でも、もしその言葉が本当だったのだとしたら、僕はその程度の力に、今まで負け続けてきたのか?
自分のことを一途に想ってくれる女性。常に俺の上の順位をとる学力。そして、喉から手が出るほど欲しい運動センス。
俺の欲しいものを全て持っているくせに、自分を卑下する考え方に、心底腹が立つ。だからこそ……
「ぜってー勝つ。」
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