第18話 自分の気持ちが分からない僕が嫌いだ

「はぁ……。」


 授業の合間の休憩時間で、僕はこれから起こるイベントを想像し、心底憂鬱な気分になり、ため息をつく。


 あれから、まだボランティア同好会の次の活動は決まっていない。しかし、今はそれはどうでもいい。問題なのは……


「どうしたんですか、矢田くん。なんだか気分が落ち込んでいるみたいですけど……。」


「っ……ああ、三谷さん。」


 座っているところに端正な顔を近づけられ、ついドキリとしてしまうが、何とか平静を保つ。


「さっきの朝礼で先生が話してたことだよ。『球技大会』の件でちょっと悩んでるだけだ。」


「矢田くん、球技が苦手なんですか?」


「苦手ってわけじゃないけど……」


 球技大会。体育祭とは別で、1学期に生徒会主催で行われるイベント。目的は新しいクラスメイトとの親交を深めること。そのこともあって、球技といっても野球やサッカー、バスケにバレーなど、チームスポーツに限定される。


 別に体を動かすことは嫌いじゃないし、スポーツはむしろ好きな方だ。

 問題なのは、『チームスポーツ』という点だ。


 テニスや格闘技のような一対一の勝負と違い、どうしても誰かとそれなりのチームワークを必要とされる。

 要は必然的に、誰かと関わることになるわけだ。それを嫌う僕にとってはとても『楽しい』と思えるものではない。


 そして、次の時間ではクラスで球技大会のチーム分けを考える。男子の種目はバスケとサッカー。どちらも、チームメイトとの交流が必須のスポーツ。


「……面倒くさい。」


 言うつもりはなかった。言えば、どうせ三谷さんが無理やりにでも理由をつけて僕に関わろうとする。

 ただここ最近は三谷さんに影響されてか、少し素直な性格が移ってしまったようで、たまにこうして心の声が口に出てしまうことがある。


 僕は慌てて口をふさぐが、遅すぎた。

 

「そんなこと言うものじゃないですよ。球技大会って、みんなと協力する感じがワクワクしますし!」


 三谷さんは子供の用に目をキラキラさせる。

 対して、僕は死んだ魚の目のように暗い視線を送る。


 こうしてみると、やっぱり三谷さんと僕では人柄が違いすぎて住む世界が違うようにさえ見える。いくら恩人とはいえ、本当にどうしてここまで構ってくれるんだか。


「あー、話してるところ悪いが、ちょっといいか。」


 そう声をかけてきたのは、体格のいい茶髪の男子生徒だった。


 クラスメイトの顔と名前すらしっかりと覚えていない僕でも、噂程度にはこの男を知っている。


 確か名前は剣崎宗太けんざきそうた

 バスケ部のレギュラーで、顔のよさからよく女子にモテているのだとか。


 しかし、こうして直に見ると女子の気持ちも少しは理解できる。

 オシャレに髪は茶髪に染めていて、身長は190はあるだろう。制服の上からでも分かる筋肉量。そしてなにより、女子に受けそうな顔立ち。テストでも、毎回上位に入っている。


 全体的なスペックが高い、まさに物語の主人公のような存在だ。


 そんなやつが、わざわざ隣のクラスまで来て一体何の用だ?


「矢田ってお前の事だろ?ちょっと話があるんだ。来てくれないか。」


「話?ここじゃダメなのか?」


「ああ、悪いが二人で話したい。」


 剣崎はそう言ってチラッと三谷さんの方に視線を送る。


 三谷さんは気づいていないようだけど、その視線が示す意味はすぐ理解できた。


 ……なるほど、そういうことか。


「分かった。ごめん三谷さん。少し話してくる。」


「あっ、はい。でも、あと5分で授業ですから、遅れないように気を付けてくださいね?」


「分かってるよ。」


 さて、どうしたものかな……


 剣崎に連れられて、僕は校舎の屋上までやってきた。


 周りには他に人気はない。屋上に剣崎の仲間がいて、カツアゲのような真似をされる展開も予想していたのだが、どうやら本当にただ話をしたかっただけみたいだな。


「それで、話って何なんだ?あまり時間もないから、手短に頼みたいんだけど。」


 大方予想はついているけど、一応聞いておく。剣崎も先に悟られていたなんて分かったら恥ずかしいだろうし。 


 そう思って聞いたのだが、剣崎の様子が急変した。


「あっ?三谷さんのことに決まってんだろ。お前、よく一緒にいるからな。」


 流石に少し驚いた。教室の時とは打って変わった高圧的な態度。なるほど、コイツ表と裏の顔がハッキリしてるタイプか。それにしても、ここまで露骨に態度を変えられると、少しイラつくな。


「呼び出しておいて随分と偉そうだな。話さないなら僕は教室に戻るぞ。あいにく、無駄話するほど暇じゃない。」


 さっさと戻って授業の準備をしようと、背を向ける。


「お前と三谷さん、付き合ってるのか?」


 それを聞いて、僕は足を止める。冷静に考えれば、立ち止まる必要はなかった。けれど、その時はハッキリと否定しておかなければならないと思ったんだ。


「いや、付き合っていない。三谷さんが一方的に僕のことを気にかけてくれているだけだ。」


「……お前はどう思ってるんだよ?」


「どうって……迷惑だよ。何かと連れ回されるし、巻き込まれるし……」


「だったら、俺が彼女に付き合ってもいいわけだな?」


 やっぱりそう来たか。教室で三谷さんに向けていた視線。あれは、明らかに好意を持っていた。

 三谷さんは誇張なしに美少女といえる容姿をしている。そもそもクラスでも一緒に話していると視線を感じることは多い。本気で好意を向ける人もいるだろう。

 別に僕にとってはどうでもいいが。


「好きにしなよ。僕と三谷さんはただのクラスメイトだ。僕に聞く意味なんてないだろ。」


「……だったら、何でお前、こっち見ないんだよ。」


 尋ねられた質問に対するその答えは、自分でも分からなかった。

 表情を見られたくなかったから?そうだとして、僕は今どんな顔をしてる?見られたくない理由がまるで分からない。


「……やっぱ俺、お前のこと嫌いだわ。」


 憎たらしく剣崎が言う。今日初めて会った奴によくこんなことが言えるもんだ。 


「そうかよ。」


 急に何なんだこいつ。さっきからムキになりやがって。もうどうでもいいな、こんなやつ。


「おい、お前が受けようが受けまいが知らない。けど、一つだけ言うことがある。」


 背中越しに剣崎の声がする。


「球技大会、俺はバスケットボールに参加する。お前も出ろ。俺のチームが勝ったら、俺は三谷さんに告白する。止めたきゃ俺に勝ってみろ。」


 僕はそれに何の返事もせず、屋上を去っていく。


 一方的な宣戦布告。受ける必要なんてない。剣崎が三谷さんに告白しようが、それで2人が付き合いはじめようが知ったことではない。


 そう、何度も自分に言い聞かせる。


 ただそれでも、僕の胸には今までに覚えのない、確かな闘志が燃え盛っていた。

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