第17話 優柔不断な僕が嫌いだ

「それじゃ、ボランティア部の初活動を記念して、乾杯!」


「乾杯!」


「乾杯……。」


 三谷さんの掛け声に合わせ、僕たちはコップを合わせる。


 食事は九条さんが用意したものらしく、かなり豪華なものだった。それこそ、パーティーで出すような食事だ。

 清水はすぐに慣れたのか、遠慮せずに食事に手を付けていた。


「あっ、そういえば二人は何か食べれないものとかありますか?そういえば聞いていなかったので。」


 少し心配そうに三谷さんがこちらを見る。そんな心配する事はないんだけどな……。


「私は特にないわよ。」


「……僕もだな。」


「その割にはあんた、箸の進みが遅いみたいだけど?」


「そりゃ、こんなに豪華な料理出されちゃ、どっから手をつけたらいいのか分からないだろ。」


「むしろ食べないと失礼でしょ。」


 なんだか、こうして清水とよく話すようになってからずいぶんと今までの印象が書き換えられた。似ているところが多いと思っていたのに、こういう慣れが早いところとかは僕とは正反対だ。


 でも、清水の言うとおり、せっかく用意してくれたのだから、食べないと逆に失礼だ。


 僕は一番近くにあったカルパッチョらしきものを口に運ぶ。


「……美味いな。」


 食材の良さだけじゃない。僕の好みにぴったりな絶妙な味付け、まるで以前食べた三谷さんの料理だ。

 ん?三谷さんの料理と同じ……?


「それは何よりです。」


「ごふっ!?」


 後ろから急に声をかけられ、思わず吹き出す。


 振り向くと、そこにはさっきまでいなかったはずの九条さんが立っていた。いつからそこにいたんだ?気配を消すにしてもほどがある。


「あっ、茜さん。今日はありがとうございます。こんな豪華な食事を用意してもらって。」


「いえ、この程度お安い御用です。」


 なんで三谷さんはそんなに平然としているのかまるで分からない。やっぱり慣れてるのか?


「あっ、もしかして、三谷さんの料理って……」


「はい、茜さんから教えてもらったんです。まだまだ茜さんの腕には及びませんけど……」


 そういえば、清水も三谷さんの弁当を食べていた。お互い、三谷さんの料理の腕は知っているわけだ。


「いえ、お嬢様の腕前は急成長しています。すぐにでも私を追い抜くでしょう。」


 三谷さんはそれを真に受けたのか、嬉しそうにニヤニヤとする。


 それにしても、九条さんの方はなぜか僕の後ろから離れようとしない。

 まぁ清水はともかく、僕は男だから警戒するのは当然だけど、僕としても九条さんは警戒しなければならない相手だ。


 九条さんは僕の過去を知っている。言いふらされるのは流石に困る。


「ところで、結局あんた、ボランティア部には入るの?今日は一応体験みたいな扱いだから、まだ決定じゃないでしょ?」


「そうだな。」


 断ることはできる。問題なのは、僕自身が今日のボランティアが悪くないと思ってしまったことだ。


 こんな自分でも誰かのためになれるという心地よさ。それは中々得られるものじゃない。


 三谷さんや清水から距離をとる。その目的とは逆になってしまうが、仕方ない。

 何より、自分の気持ちに嘘をついて、後悔するような真似はもうしたくない。


「……分かった。入部しよう。ただし、いくつか条件を出したい。僕のために作ってくれるというのなら、聞いて欲しい。」


「それは構いませんけど、何でしょう?」


 三谷さんは嬉しそうにほほ笑む。美人の笑顔というのは、少し男心をくすぐられる気分になる。


 僕は気を取り直して咳ばらいをし、話し始める。


「まず、にはしてほしくない。同好会ぐらいでちょうどいいはずだ。部活動となると、色々としがらみが増える。それに、一人暮らしをしている身としては、部費を払わなきゃいけなくなるのは辛い。部活動のいい点は学校から援助を受けれることだけど、ボランティアをすることが活動内なら、学校から援助金を受ける必要も基本的にはない。それと、人数はそこまで必要ない。多くなりすぎると意見をまとめたりするのに苦労する。幽霊部員なんかできてしまっても困るからな。あと……」


「「…………」」


 ひとりで話していると、いつの間にか三谷さんも清水も何か呆気にとられたように黙って聞いている。


「何かおかしい事でもあったか?」


「あっ、いえ、その、そんなにしっかり考えてくれるとは思わなかったので。」


 その疑問は当然のことだった。ずっとやる気のない態度をとっていたのに、急に口達者に意見するのだから、戸惑うのは当たり前だ。

 もちろん、


「やるからにはそういうのははっきりさせた方がいいだろ。それに、今言ったのはあくまでも今思いついたことだ。もっといい案があれば遠慮せず言ってくれればいい。」


「……そうね、なら、私は賛成。矢田の意見も正しいと思うし、ボランティア自体、そんなに人手のいるものでもないだろうし。」


「私も、実は矢田くんと同じことを考えていましたし、賛成です。みんなに聞いてから決めようと思っていましたけど、先を越されてしまいましたね。」


 二人とも、素直に僕の意見を取り入れてくれる。

 清水に関しては聞き分けがいいのが逆に怪しくも感じられるけど、あまり気にしないことにしよう。


「それと、もう一つ。僕がこの活動に参加するのは一年限りだ。」


「「えっ……?」」


 二人とも声をそろえて困惑の声を上げる。


「三谷さんは、僕に自己嫌悪を克服させるためにこの活動をしようと思ったんだろう?もしそれが一年続いて克服できなかったのなら、僕は活動を続ける意味がない。」


 それに、これなら僕自身も後ろめたさを感じることなく割り切れる。ここまで来たら、僕が何をしたって彼女たちと関わるのは避けられない。だったら、期限付きの関係にして、それ以降は無関係の状態に戻る、とした方がいい。

 もちろん、普通ならこんな口約束を守るとは思わない。でも、三谷さんと清水は二人とも素直で責任感が強い人だ。この約束は破れない。


「……分かりました。それで行きましょう。」


「ちょっ、三谷さん、本当にいいの?」


「元々私が無理やり彼を引き込んだようなものですし、そのぐらいの条件は飲みますよ。」


「まぁ三谷さんがいいなら私は何も言わないけど……」


 清水は少し不満げにこちらを見る。

 前から薄々感じてはいたけど、こいつ三谷さんの事結構気に入ってるんだな。清水の性格からして、三谷さんとは馬が合わないと思っていたんだけど、予想が外れたな。


「それでは、改めまして、ボランティアの結成を記念して、乾杯!」


 三谷さんの掛け声に合わせて、再び僕と清水がコップを合わせる。


 それにしても、まさかここまで三谷さんに振り回されることになるとはな。この行動力の高さには何度も驚かされる。


 いや、それ以前に僕の意思が弱かったのが原因だな。心のどこかで、三谷さんのような人に憧れてしまった。それが、この優柔不断な結果を生んだんだ。


 ああ、くっそ。考えれば考えるほど自分が嫌いになってくる。

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