第15話 無茶な約束をする僕が嫌いだ
子供たちとの遊びも何とか何事もなく進み、気が付けば夕方になっていた。
始めはぎこちなかったけど、楽しむことを意識したこともあり、今ではもうかなり自然に子供たちの遊びに付き合うことが出来るようになった。
もっとも、本当に子どもたちが僕に何の不満も抱かず遊んでいたかと言われれば、分からない。結局楽しむ必要がある、ということも僕が考えた結論というだけで、正解だとは言えない。
そんな不安を抱えながらも、子供たちとの遊びの時間は終わり、帰る時間になった。
「みんな、お姉さんたちが帰る時間だ。お別れの挨拶をしていってくれ。」
先生がそう言うと、子供たちは一斉に清水と三谷さんの方に集まっていく。そんな中、たった二人ではあるが、僕の元に来てくれた子供がいた。今日一日、僕と遊んでいたあの二人だ。
「今日は楽しかったよ、ありがとう。」
「……おにいちゃん、またきてくれる?」
この一言で、僕の抱えていた不安は一気に軽くなった。
ずっと、僕がいることを望まれてこなかった。訳も分からず避けられ、解決方法もままならないのなら、初めから近づかなければいい。そう思っていた。
「……ああ、気が向いたらな。」
女の子の頭にポンッと手をのせる。
小さな頭だ。でも、僕なんかよりもずっと敏感に人のことを考えている。もしかしたら、心のどこかで子供のことを別の生き物のように考えていたのかもしれない。
「……矢田くん、今笑いましたか?」
隣を見ると、三谷さんがこちらを見て何か驚いたような顔をしている。
「……笑ってない。」
「笑いましたよ!私、矢田くんが笑ったところ、初めて見ました!」
三谷さんは子供っぽく笑う。
自分でも意識はしていなかった。笑わないことを意識していたわけじゃないけど、確かに最近笑う事は昔と比べて極端に少なかったことは自覚している。それが、今こぼれたという事は……
「まぁ、悪くはなかったかもな。」
僕は三谷さんから顔を背けて、表情を隠す。その時、僕がどんな顔をしていたのか、それは僕にも分からない。
〇●〇
白石先生はその後、もう少し残っていくそうだったので、僕ら3人は施設の人たちに挨拶を済ませ、建物を出る。
特に話すこともない。そう思い、僕はさっさと自宅に帰ろうとした。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
清水が僕を後ろから呼び止める。
「何だ?」
「何だ、じゃないでしょうが。1人だけさっさと帰ろうとしてんじゃないわよ。」
「じゃあ逆に聞くけど、他に何かすることあるのかよ?」
「……あんた、そんなだから友達の一人も出来ないのよ。」
事実を突きつけられて、僕は何も反論できなくなる。正直、思いつかなかったわけじゃない。こういう時、大抵は打ち上げとかに行くんだろうけど、金がかかるような真似は極力避けたい。
「うーん、でも矢田くん、一人暮らしですし、あんまり無理はしてほしくないですし……。」
意外だ。三谷さんは雰囲気とか言葉遣いから見ても、お嬢様なイメージだったから、そういうお金のことは気にしないたちだと思っていた。
「そういうことだ。僕はあんまりそういうのには……」
「あっ!だったら、私の家に来るのはどうですか?」
「なんでそうなるんだよ。」
本当に、三谷さんの考える事は分からない。
「私の家、ここから結構近いんです。歩いて5分くらいですね。皆さんにも晩御飯をごちそうできると思いますよ?」
「……本当か?」
「いや、ちょっと待って、三谷さん。そんな急に行って大丈夫?流石に迷惑じゃ……」
清水が止めに入る。当然だ。急に家の人に3人分の晩御飯を用意してほしいと言っても困るはずだ。
「もちろん、茜さんに確認してからになりますけど……あっ、返事がきましたね。……大丈夫だそうですよ?」
「マジかよ。」
食事代が浮くのはかなり魅力的だ。今から晩御飯を作るのは手間もかかるし、今日は晩飯を抜こうかと思っていたくらいだ。
でも、女子の家に一人で訪ねるのはマズイ気がする。となれば……
「……なら、清水が一緒に行ってくれるなら僕も行こう。」
「えっ、それってどういう意味……?」
何だか急に清水があたふたしだした。どうしたんだ?
「女子の家に一人で行くよりかは、誰かと行った方が僕も緊張しないで済むし。」
「……あっ、そういう意味ね。分かったわ。そういうことなら、私も行く。」
今度は急に色々と冷めたように見える。清水ってこんなにころころと表情が変わるような人じゃなかったと思うんだが、やっぱり前に『僕のせいだ』と言っていたし、僕に原因があるんだよな。あの時は結局答えてくれなかったけど、原因が僕にあるなら考えておかないとな。
「では、早速行きましょう!家にお友達を呼ぶの、すごく久しぶりなので楽しみです!」
今にもスキップしだしそうな軽やかな足踏みで、三谷さんは歩いていく。
こういうところを見ると、やっぱり分かりやすい性格してるんだよな。そのくせ、所々で妙な勘の鋭さを見せるんだから、今みたいに全く読めないことをいう事もある。
「ほんと、面白いよな。」
自分にしか聞こえない程度の小さな声で、呟く。いつの間にか、三谷さんといて居心地が悪くないと思っている自分がいる。
三谷さんの行動の効果が早速出たわけだ。誰かと一緒にいて心地よくなるなんて、以前の僕では考えられない。
もしかしたらこのまま、三谷さんと一緒にいても……
そう思った瞬間。脳裏によぎるのは過去の記憶。友達だった彼女から言われた。『最低』『もう二度と話しかけないで』
そう言われたあの瞬間は、今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。
呼吸が浅くなる。たいして熱くもないのに汗が噴き出る。
あぁ、ダメだ。頭が真っ白に──
「…だ……矢田!」
耳元で大きな声を出され、僕は正気を取り戻す。
隣を見ると、清水と三谷さんが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いみたいですけど……」
「ああ、大丈夫。大したことじゃない。心配しないでくれ。」
「もし体調が悪いのなら、今日は解散しても……」
「いや、本当に大丈夫だよ。こんなこと、僕にとっては結構日常的にあるものだから。」
「そうなんですか……?分かりました。でも、本当に無理はしないでくださいね?」
「分かってる。」
三谷さんも清水も心配そうにこちらを見ていたが、納得してくれた。
少し言い訳が苦しかった気もするけど、何とかなって良かった。
実は、僕にはこういう誰かと一緒にいて、幸福感を感じると起きるパニック障害がある。最近はこの障害が起きることはめっきりなくなっていたせいで油断していた。
気分は最悪に近い。でもおかげで思い出せた。
そうだ、忘れるな。僕には償いようのない罪がある。
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