第14話 子供嫌いな僕が嫌いだ③

 女の子は、一人で遊んでいた男の子の元に行き、何かを話している。

 本来なら、僕が仲裁役として一緒に行った方が良かったのかもしれないけど、子供たちが避ける僕が一緒に行ったところであまり意味はないだろう。


 大したアドバイスができたとは思っていない。子供は時に残酷だ。もしかしたら、本当にあの子と遊ぶのがつまらないから、という理由で約束を破ったのかもしれない。


 僕がしたのは可能性の提示。それも、たまたま自分が経験したことのあることだったからできただけ。


 あとは本人たち次第だ。


 ただ、もし仮に男の子の方が故意に約束を破ったのなら、僕が女の子のケアをしなければならないのか。


 ……できるか?僕に。いや、でもアドバイスをしてしまった以上、何もしないわけにはいかない。


 だけど、どうか。少しでもマシな結果になりますように。


 そう願い、僕はこの離れた位置から、遠目で様子を窺う。




 しばらく、その女の子と男の子はお互いに気まずそうに話していたが、だんだんと表情が柔らかくなり、笑顔になっていく。


 会話を聞いていないから詳しくは分からないけど、どうやら悪いようにはならなかったみたいだな。


 僕は安心してホッと肩をなでおろし、その場に座り込む。


 下手をすれば、僕があの子に恨まれる可能性もあった。何かされることが怖いのではない。他人の心に深い傷を負わす、そのきっかけを作ってしまう事が恐ろしかった。


 これだから、誰かの相談を聞くのは嫌なんだ。もう二度とやってたまるか。


 二人はしばらくすると、僕の方を指さす。そして、女の子が男の子の手を引いて、こちらに近づいてくる。


「ねぇ、おにいちゃん。いっしょにあそぼ?」


「……いや、別に僕でなくてもほら、あっちのお姉さんとかいるだろ?」


 そういうと、女の子はむぅっと頬を膨らませて僕の服の袖をつかみ、引っ張り出した。


「おにいちゃんがいいの!」


 おいおい、なんだこれ。この子、僕の事嫌じゃないのかよ?


「分かった、分かったから。」


 仕方なく、僕は重い腰を上げて立ち上がる。男の子の方も笑顔で、どうやら僕と一緒に遊ぶことには賛成らしい。


 話を聞いたところによると、どうやら約束をしてから少し時間が経っていたらしく、男の子の方が約束の日を間違えていたらしい。

 そして、それに気づいてからは気まずくなってしまい、女の子に謝ることもなかなかできなかったのだとか。


「それで、これから何するんだ?」


 子供の遊びについてよく知らない僕は出来る限り優しく尋ねる。


「おままごと!」


 いや、やったことないんだが。僕が小さい頃なんて、外で走り回って虫取りばかりしていたからなぁ。

 せいぜい合わせられるように頑張ろう。


「じゃあわたしがおかあさんで、しょうくんがおとおさん、おにいちゃんがこどもねー」


「いいよー」


「えっ、あっ、ああ、分かった……。」


 いや、いきなり予想外すぎる。僕が子供って無理があるだろ。

 でもこういう細かいことを指摘すると嫌われそうだし、黙っておこう。



 そうして僕なりに頑張って子供たちにあわせて遊んでいたわけだが、やはりどうにも乗り切れない。

 そもそも、おままごとの遊び方が分からない。みんな台本も何もないのに、思うままに話して、動いている。理屈っぽい僕にはこれがなかなかできない。


「ごはんですよー」


「あっ、ああ……、じゃなくて、はーい」


 自由時間はあと1時間程度か?それまでは何とか持たせないと……。


「おにいちゃん、たのしくない?」


 女の子がうつむいていた僕の顔を覗き込んでそう聞いてきた。


「えっ、いや、楽しいよ?」


「でもおにいちゃん、なんだかつまんなそう。」


 この子、案外鋭いな。いや、この子に限った話じゃないのか。


「おにいちゃんがたのしくないなら、ほかのことしよー」


「えっ、いや、ちょっと待て。わざわざそんなことしなくても……」


 僕が慌てて止めようとしたが、女の子はもうてこでも動かないような態度だった。


「いいの!わたしは、みんながたのしくなきゃいやなの!」


 その言葉には、何も言い返せない。


 同時にその言葉のおかげで納得がいった。

 子供たちが僕を避けていたのは、雰囲気とか、性格の問題だけじゃない。一緒にいても、一緒に遊んでいても、僕自身が楽しんでいないからだったんだ。それが分かってしまったから、子供たちは僕から離れていった。


 そんな単純な事だったんだ。なら今僕がするべきなのははっきりしている。


「ごめん、もう大丈夫。続きをやろう、おままごとの。」


「……うーん、わかった。」


 そうして、僕と子供たちは再び遊び始めた。子供にあわせるだけでなく、楽しむことも考え始めた僕は、清水や三谷さんほどではなくとも、さっきよりは格段に子供たちと遊ぶことが出来るようになった。



〇●〇



── 一方その頃


「どうやら、上手くいったみたいだな。」


 私は少し離れた位置で矢田のことを見守っていた。矢田は鈍感だが、人のことはよく考えている。子供のもめ事ぐらいなら簡単に解決できるはずだ。


 澄玲の言っていたことは間違っていない。あいつの自分嫌いを克服するには、他人との関わりは必須だ。誰かから認められること、誰かから感謝されること、それはあいつの自信になる。


 しかし、それはあくまでも必須事項。それだけで克服できるほど、あいつの過去は甘くない。


「先生、ちょっといいですか。」


 私に声をかけてきたのは澄玲だった。


「三谷か。何か用か?」


「……先生は、どうして矢田くんが自分をあんなに嫌っているのか、知っていますか。」


「……なぜそんなことを聞く?」


「矢田くんは、先生には何だか心を許しているように感じられたので。」


 相変わらず勘がいい。だが……


「ああ、知っている。しかし、こればかりはそう簡単に話すわけにはいかない。」


 本人のこともある。最悪の場合、矢田自身が不登校になってしまう可能性だってある。


「……分かりました。では、一つだけ教えてください。このボランティアは……彼にとって意味があると思いますか?」


 澄玲は心配そうな……いや、不安そうな表情を浮かべて質問する。

 

 なるほど、澄玲は自分のしていることが正しいと思っているわけではないのか。


 自分のしていることが本当に矢田のためになっているのかどうか。それは、本人に聞く以外なら、矢田の過去を知っている私に聞くのが1番だと判断したわけか。


「結論から言うと、悪くない手だ。だが、矢田はこの程度では認めないぞ。三谷と同じで、頑固だからな。」


「分かってます。でも今は、私のしたことが余計でなかったことだけ、分かればいいです。」


 澄玲は軽く頭を下げると、再び子供たちとの遊びに戻っていった。


 私には、矢田が過去を清算すること以外、自分嫌いを克服させる方法は思い当たらなかった。人との関わりがもっと必要だということも、澄玲の話を聞いてから納得した。


 きっと、今の矢田には澄玲のような子が必要なのだろう。


 ならば、私は見届けるだけだ。もう、生徒が命を捨てるようなことがないように。

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