第13話 子供嫌いな僕が嫌いだ②

 建物の中は体育館のようで、小学校低学年程度の子供が色んなことをして楽しそうに遊んでいる。

 おままごと、鬼ごっこ、あやとり、けん玉、ドッチボール……


 まるで保育園みたいだな。


「やぁ、よく来たな。清水、矢田。今日はよろしく。」


「「……は?」」


 二人の声が重なる。声をかけられたから驚いたわけじゃない。子供がいるなら、そのお世話をする人が近くにいるのは当然だ。


 驚いたのは、それが聞きなれた声で、ここにいるはずのない人のものだったからだ。


「いや、何してるんですか、白石先生。」


「なんだ、私がここにいたらおかしいか?」


「おかしいでしょ!?」


 もうわけが分からない。この人どこにでも現れるな!?


「というか、先生、公務員ですよね?副業っていいんですか?」


「いや、私はあくまでボランティアだ。この施設は元々、私の祖父が運営していてね。時間に余裕のある時は、こうして手伝いに来ているんだ。」


「はぁ、なるほど……」


 確かに、さっき遠目で見ただけでも、ここの子供たちはかなり先生に慣れ親しんだ態度だった。

 なるほど、三谷さんが秘密にしていたのは、先生がいることを驚かせたかったからか。


「せんせー、そのひとたちだれー?」


「ああ、すぐ紹介する。みんな集合!」


 先生が呼びかけると、子供たちは素直に遊びの手を止めてみんな小走りでこちらに集まってきた。

 失礼かもしれないが、少し意外だった。小学生低学年なんて、人の言う事を聞かないことだって多い。


「私の高校の生徒だ。今日はこの二人と三谷さんも一緒に遊んでくれることになった。矢田、清水、軽く挨拶してあげてくれ。」


「あっはい、分かりました。」


 挨拶……挨拶か…………ちょっと待て、挨拶ってどうやるんだっけ?

 

 くっそ、分かんねぇ。こういう人の前に立って挨拶しようとすると、途端に言葉が出なくなる。


「初めまして、清水花蓮です。今日一日で、皆さんと少しでも仲良くなりたいと思っています、よろしくお願いします。」


 僕が悩んでいるうちに先に清水が挨拶をし、子供たちが拍手をする。

 流石だな。風紀委員は時々ではあるが、人前に立つことがある。やっぱり、こういう場には僕よりも慣れているみたいだ。


 拍手が鳴りやんだタイミングで、続いて僕も話し出した。


「初めまして、矢田栄一郎と言います。今日一日、よろしくお願いします。」


 挨拶の時のお辞儀、15度の角度で正確に頭を下げる。


 子供たちは拍手をしてくれたが、どうにも清水の時よりも音がまばらな気がする。


「よし、みんな!時間になったら今日することを言うから、それまではこのおにいさん、おねえさんたちと遊んでいてくれ。」


「「「はーーい!!」」」


 こうして、子供たちは僕らと一緒にしばらく遊ぶことになった。


 しばらくすると三谷さんも合流し、子供たちと一緒になって遊んでいた。


 話を聞くところによると、どうやら三谷さんも以前この施設には来たことがあるらしく、子供たちも三谷さんの姿を見た途端、側に駆け寄っていた。



〇●〇



 こうして、三谷さんはおままごと、清水はトランプ、僕はけん玉で、それぞれ子供たちと遊んでいたわけだが、しばらくすると、避けられているかのように、子供たちは寄ってこなくなった。


 男子も女子も関係なく、三谷さんや清水には懐いているのに、僕には全く近づいてすら来ない。


「早速孤立しているな、君は。」


 僕が一人で隅の方に立っているのを見て、白石先生が声をかける。


「いいんですよ、別に。僕は一人が好きですから。」


「その割にはずっと子供たちの方を見ているじゃないか。」


 先生は僕の隣に立ち、子供たちの方を見て言う。


「子供は人の心に敏感だ。たまにいるだろう?こちらのことをじっと見て、目を合わせるとそっぽを向くような子。あくまで私の推測だが、あれは私達の表情から自分にどういう感情を向けているのかを知ろうとしているんだよ。」


「……何が言いたいんです?」


「要するにだ。本当に仲良くなりたいと思っているのなら、子供は自然と懐いてくれるものなんだよ。矢田、君は心のどこかで子供たちと関わりたくない、距離を置きたいと思っているんじゃないのか?」


 僕は先生のその言葉に何も言えなかった。


 図星だったからだ。僕はそもそも、子供に限らず誰ともあまり関わりたくない。


 その考え方は曲げない。そうしなければ、僕は僕を許せない。


「君の考えはだいたい分かっている。どうせ、自分が関わったら迷惑だとか思っているんだろう?だが、あえて言えば、そんなことを考えたってどうしようもないぞ。」


 実を言うと、先生は僕の後ろめたい過去を知っている、数少ない人物だ。だから、僕の気持ちも分かるのだろう。


 でも、こればかりはそう簡単に割り切れるものじゃない。


「僕のことはもういいでしょう。僕なんかに構ってないで、先生もそろそろ子供たちの相手をしてきたらどうです?」


「……そうだな、では、その子のことは任せるぞ。」


「は?その子って……」


 先生の目線の先、僕の背後を見ると、そこにはすぐ隣で三角座りをして縮こまっている女の子が1人いた。


「えっ、あっ、ちょっ、先生!」


 僕は先生を呼び止めようとしたが、既に先生は他の子供の相手をしていた。


 僕は諦めて、横目で見ながら子供の様子を伺う。


 見た感じ小学生、いや、もっと幼いか?今にも泣きそうな顔をしている。


 どうすればいいんだよ、こんなの。気の利いた一言なんてかけられるわけない。かと言って、このまま放っておくこともできないし。


 僕は大きなため息をつき、渋々その女の子に話しかける。

 

「えーっと……君、どうしたの?他の子たちと遊んできたら?」


「…………」


 返事がない。他の子と遊ぶつもりは無いみたいだな。なら……


「何かあったのか?僕でよければ話聞くよ?」


「…………ともだちにだまされた」


 ようやく、その女の子は口を開いてくれた。


 けど、なんだ?騙されたって?


「わたしとあそぶってやくそくだったのに、ほかのひととあそんでた」


「あー、なるほど」


 小さい子ならたまにあること……なのかな?


 今回の場合は、騙されるというよりかは、約束を忘れられたって言う方が正しいんだろうけど、そう思うのも無理はない。


 そして、その子が全面的に悪いのは分かるけど、僕にそれを責める権利はない。

 なぜなら、僕も騙す側だったからだ。それがたとえ意図的でなかったとしても、その行為を咎めることはできない。


 だったら、僕にできることは一つだ。


「一つ、面白い話をしてあげよう。」


 僕は話しやすいようにしゃがみ、その女の子と目線を合わせる。


「人はどうして誰かを騙すんだと思う?」


「そのひとのことがきらいだから」


 即答……。この子なりに、何で約束を破られたのか、考えていたんだろうな。だけど、まだ足りない。


「半分正解。君が言った理由もある。だけど、故意じゃない騙しっていうのもあるんだ。そして、タチの悪いことに、この騙しは騙した方も、騙された方も傷つく。場合によっては騙した方が騙された方よりも傷つくことだってあるんだよ。」


 これは、僕が実際に経験したことだ。だからこそ、痛いほど分かる。人を騙してしまった時の罪悪感。


「……『こい』ってなに?」


「わざとって意味だよ。」


「……ふーん、そうなんだ。」


 その女の子は首をかしげ、聞き返す。


 まだあまり納得できていないか。


「もちろん、君が言ったみたいに、分かっていて騙すことだってある。大事なのは、どちらかを見分けることだ。一度、その子に聞いてみるといい。」


「……分かった。」


 女の子は、僕の話を聞いて少し悩んだ後、真っ直ぐに歩き出す。

 その先には、1人で遊ぶ男の子がいた。

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