第11話 善意を踏みにじる僕が嫌いだ

「清水、少しいいか。」


 帰り道、僕は校門前で清水に声をかける。


「いいけど、どうしたの?」


「ああ、まぁ大したことじゃない。帰り道、途中まで一緒だろ?歩きながら話そう。」


「あ、うん。分かった。」


 そうして、僕と清水は2人で下校することになった。


 そういえば、清水とこうして一緒に帰るのは久しぶり……いや、初めてかもな。


 長い付き合いとはいえ、面と向かって話すことが多いわけじゃない。清水は毎回風紀委員に立候補していたから、その仕事の関係で声をかけられることはあっても、僕から話しかけるという事はしたことがない。


「えっと……、そういえば、次の風紀委員の活動はいつあるんだ?」


 何聞いてるんだ僕……。


 元々僕は自分から人に話しかけるのは苦手だ。話しかけられて答える分には何ともないのに、自分から話しかけようとすると、話の切り出し方が分からなくなる。


「来月末よ。また挨拶運動があるから。」


「そうか……その……昼は悪かったな。傷つけるつもりはなかったんだけど。」


「えっ?ああ、いいわよ、そんなこと。気にしないで。」


 清水はあまり気にしていないように今の今まで忘れていたように話す。

 

 これは清水なりの気遣いだろう。僕にあまり罪悪感を抱かせないようにっていう……。


 少し話した後、二人が横一列に並んで歩き、沈黙が続く。

 

 当たり前だ。そもそも、僕も清水もあまり自分から人に話しかけるタイプじゃない。清水だって、風紀委員の仕事に関わること以外で誰かと話しているところなんてあまり見ないし、口数の少ない二人が話そうとしたって、こうなるに決まってる。


 だけど、今回に関しては僕の方から話しかけたんだ。何とかしなければ。


「えーっと、ところで、少し清水に聞きたいことがあるんだけど。」


「…………」


「清水?」


 返事がなく、心配になった僕は清水の方に顔を向ける。


 すると、清水は顔を少しうつむけてほんのりと顔を赤くしている。何やら考え事をしているようだった。


「ごめんなさい、少し考え事をしていました。どうかしましたか?」


 可愛らしくコテンッと首を傾げ、目を大きくして清水が尋ねる。まるで三谷さんみたいだ。


「いや、お前がどうした!?」


 僕は驚いて思わず目を見開いて、大きな声を出してしまう。


 らしくないとかいうレベルの話じゃない。普段の清水ならこんなあざとい行動は


 ツッコミを入れられた清水は顔を真っ赤にして目を逸らす。


「ごめん、今の忘れて。記憶から抹消して。」


「いや、そんな無茶な…」


「いいから、忘れなさいってば!!」


「あっ、はい。」


 よく見ると、少し涙ぐんでいる。


 そんなに恥ずかしいならそんなことしなければいいのに。

 でも、おかげで話がしやすくなった。


「話したかったのは最近のお前の様子がおかしいと思ったからだ。丁度三谷さんが転校してきた頃から、なんだかよく話すようになった気がして。」


 僕がそう言ったとたん、清水の足が止まる。


 返事はない。でも小刻みに体が震えているのが分かる。聞くべきではなかったか……?


「あんたのせいよ。」


「えっ?」


「だから!あんたのせいだって言ってんでしょ!!」


 清水は子供みたいに手に持っていた鞄をブンブンと振り回す。

 なんとか躱すが、あまりに突然で体勢を崩してしまう。


「ちょっ!?待てって!そんな急に怒られたってわかんねーってば!」


「うるさい!うるさい、うるさい、うるさい!!」


 ダメだ。感情的になってしまってる。手が付けられない。なんでだ。なんで清水はこんな風になってるんだ?


「いい!?今は三谷さんにご執心みたいだけど、絶対振り向かせてやるから!!」


 清水は僕を指さして、訳の分からないことを言い出す。


「いや、待て待て、本当に意味が分からない。清水が最近おかしかったのは僕のせいなのか?」


「そうよ!」


「さっき下手にかわいこぶってたのも?」


「あれは忘れなさいって言ったでしょ!?」


「無茶だって言ったよな!?」


 それにしても、清水のこんな取り乱した姿、初めて見た。

 内気で仕事熱心で、いつも理性的なイメージだった。


 でも今は真逆だ。感情的で、三谷さんみたいな……


「ホントはさ、三谷さんに聞くずっと前から、知ってたんだ。」


 塩らしくなった清水はまた何か話し出す。


「知ってたって?」


「あんたが、自分のことを凄く嫌ってること。」


「……いつから?」


「中学から。」


「…………マジかよ。」


 流石に驚きを隠せない。気付かれていたのもそうだけど、中学の時って、ほとんど会話もしたことなかっただろ?


「いつか私が何とかしてあげたいと思ってた。そう思ってたのに、ずっとできなかった……。なのに、三谷さんはいとも簡単に行動に移した。ホント、私には真似できないね。」


「お前……」


 清水はかなり落ち込んだようで、ずっと俯いている。


 何でそんなことをしようとしたのか?


 そんなことは聞かなくても理解できる。

 清水が優しいからだ。人との関わりは少ないけど、その分身近な人のことをよく見てる。

 そして、誰かが困っていたら自分なりに考えて、その人の助けになる行動をしようとする。

 それがたとえ、自分とは何の関係もない人でも。


「まったく、くだらないな。」


「えっ……?」


 僕は吐き捨てるようにその言葉を口にする。


 清水のことだ。どうせ気を遣いすぎて、結局何も出来なかっただけだろう。


「考えすぎだよ。僕なんかのことで清水がそこまで悩む必要はないよ。」


「僕なんかって……」


「清水や三谷さんが何をしようとも、僕が僕自身を好きになることはない。だから、そんな悩みは無意味だよ。」


「でも、あんたはいつも辛そうだったじゃない!気づいてる?あんた、中学からずっと、笑ってないのよ?」


 清水は悲しそうな、悔しそうな、そんな声で僕に叫ぶ。


 清水はすごいな。僕と似ているところがあると思っていたけど、やっぱり全然違う。清水には周りの人の気遣いが出来る優しさがある。だけど、その優しさを受け取ることはできない。


「そうかもな。でも、それでいい。」


 僕が僕を嫌っているのには理由がある。


 だから、自分嫌いを克服する方法もはっきりしている。


 だけど、僕自身がそれを望んでいない。僕みたいな人間は、まだまだ苦しめばいい。一度死のうとしたこともあったけど、死ぬだけじゃ足りないと分からされた。


 あの日の事を、僕は一日たりとも忘れたことはない。


 息を大きく吐いて、僕は前を向いて歩く。


「僕のことを心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから。」


 清水の肩にポンッと手を置き、優しく微笑みかける。


 頑張って自然な笑みを作るが、内心ではかなり気持ち悪い。まるで詐欺師になったような気分だ。


「ならもういいわよ。あんたがそういうなら、私ももうこれ以上は踏み込まない。ね。」


 清水は僕の方を見て、目を合わせる。その目はやっぱりいつもとは少し違うように見える。


 ここまで言われて何も諦めないなんて、大したものだ。この様子だとこれ以上何か言ってもあまり意味はないな。


 僕はついため息をつくのだった。

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