第10話 察しの悪い僕が嫌いだ

──放課後。


 少しスッキリとした僕に対して、清水は気まずそうな表情だ。

 やっぱり、昼休みの会話を気にしているみたいだな。流石に言いすぎたか。後で謝らないと……。


 ただ、その前に今は……。


「矢田くん、清水さん、行きましょう!」


 三谷さんは元気よく僕と清水に声をかける。さっき言っていたことだな。


「ああ」


「ええ」


 特に断る理由もなかった僕と清水は妙にテンションの高い三谷さんに連れられて、空き教室に訪れる。授業でもめったに使うことのない教室だけど、そんな特別なものはなかったのは覚えてる。

 黒板、教卓、使われていない本棚。そんなものしかない教室で、何をするつもりだ?


「失礼します。」


 三谷さんが扉を引き、僕と清水もそれに続いて教室に入る。


「おお、来たか。早かったな。」


 僕と清水は二人とも驚いた。なぜなら、教室にはすでに白石先生が腕を組んで待っていたからだ。


「「何してるんですか、こんなところで。」」


 僕と清水が、同じタイミングで同じ質問をし、声が重なる。


「私が呼んだんです、今日は3人に聞いてほしいことがあったので。」


 三谷さんが折り畳み式の机を広げて、席を用意する。

 こうしてみると、やはり先生の従妹というだけあって手際の良さとか似た部分がある気がする。肌の白さや癖のない真っ直ぐな髪、目元なんかはそっくりだ。


「さて、今日来ていただいたのは他でもない、新しい部活動を立ち上げたいと思ったからです。」


「……いや、ちょっと待ってくれ。」


 思わず僕は三谷さんの話に口を挟む。


「まさかとは思うけど、その部活に僕が入るなんてことはないよね?」


「もちろん、強制ではありません。勧誘はさせてもらいますが。」


 ニッコリと笑う三谷さんを見て、僕はため息をついて頭を抱える。


 予想はしていたけど、やっぱり、面倒なことだった。とはいえ、まさか部活を立ち上げようとしているとは。本当に、三谷さんの行動力には驚かされてばかりだ。


「私、この学校でボランティア部を立ち上げたいんです!」


「ボランティア……部?」


 聞いたことがない。というか、何の部活なんだ?名前からして、ボランティア活動をするのだろうとは思うけど、それを部活動として扱うのか?


「えっと……?ごめんなさい、三谷さん。それってどういう部活動なの?」


 僕が質問するよりも先に、清水が聞いてくれた。


「はい、簡単に説明すると、文字通りボランティアをする部活です。数はかなり少ないですが、ボランティア部のある高校はいくつかあるんですよ?様々な方との交流を図ることが出来ますし、楽しんでできると思います。」


「へぇ、そうなのか。聞いたこともなかったけど……。いや、ちょっと待って。そうじゃない。そもそもなんでそんな部活立ち上げようと思ったんだ?」


 僕としては、そこが1番の疑問だ。急すぎるのは三谷さんの異常な行動力で説明がつくとして、なぜその考えに至ったのかはまるで分からない。

 部活をしたいだけなら元々ある部活に入ればいいし、ボランティアをしたいなら、それこそ自分で勝手にボランティア活動に参加すればいいだけの話だ。


「初めて訪れたこの町で、もっと多くの人々と出会い、見聞を広げたい……というのが、表向きの理由です。」


「表向きの理由?」


 それって、僕らに暴露していいものなのか?


 そんな疑問がふと頭に浮かんだが、その次の発言で、三谷さんの真意が分かった。


「本当の理由は、前に言った通りのことですよ。」


 それを聞いて、僕はあることを思い出す。


 そういえば三谷さんは言っていた。『矢田君が自分嫌いなのは人と関わることが少ないからだ』と。


 ようやく理解できた。つまりこの部活の立ち上げは……


「誰かの助けになることをすれば、当然その人から感謝されます。そして、誰かに必要とされること、認められること、それをボランティア活動を通して実感することが出来れば、それは大きな自信になり、自分を好きになることにつながると思うんです!」


 どや顔で自身の案を説明する三谷さん。親戚の子を見守るように目を閉じて無言で相槌を打つ白石先生。そして、呆気にとられる僕と清水の二人。


 確かに、ボランティアと一言で言っても、様々なものがある。募金活動やゴミ拾い、動物愛護に至るまで、数知れない。

 人との関わりを増やす、という目的ならかなりいい手段になる。


 それに、部活として活動するのなら、そこに加えてさらに部員との交流もある。


 これならば、学外でばかり交流が増える、ということもないだろう。


 それにしても、本当に裏表のない人だな。こんなにも自分と正反対の性格じゃ、彼女の行動を予想するなんてできるはずがない。


 それにしてもどうする?


 断りたい気持ちはある。面倒だし、何より三谷さんと一緒にいると、自分でも分かるほどに調子が狂う。なかなか頼みも断れないし、だけど、本当にそれでいいのか?何か引っかかるが……


「言っておくけど、僕は……っ」


 僕が三谷さんの話をけろうとした時、白石先生からすごい剣幕で睨まれ、僕は言葉を呑む。


「まぁまぁ、そう焦らずに、ゆっくり考えたらいいじゃないか。」


 優しい言葉とは裏腹に、目では『断るな』と訴えている。


 ……ちょっと待て。まさか、昼休みに先生と話したのはこの時のためか?


 三谷さんのことを気にかけること。それはただ言葉通りにクラスで一緒にいる時に出来るだけ視界に入れておく……という程度のものだと思っていた。


 けど、今になって考えてみれば、学校生活において部活動というのは重要な要素だ。放課後の数時間、休日の活動時間を含めて考えれば、かなりの時間数になる。


 先生が言っていたのは、その大半の時間の三谷さんの面倒を僕に押し付けるためだったのか?


 ……なんにせよ、一度やると言ってしまった以上そう簡単に断れるものでもない。先生にはいつも世話になっているし、身内の心配をする気持ちも分かる。


 あの時即答してしまったのは、少し考えなしだったかもな。


 僕は昼休みの先生との会話を思い出して、頭を抱えてため息をつく。


「分かりましたよ、一先ず返事は保留にしておきます。それで?部活を立ち上げると一言で言っても、そう簡単な話でもないでしょう。活動場所はいいとして、まず顧問の先生が見つけられなきゃ……。」


 言葉の途中で僕は気が付いた。そもそもなぜここに白石先生がいるのか。


 白石先生は確か写真部の顧問だったが、その写真部はつい最近廃部になったそうだ。


 つまり……


 僕が白石先生の方を向くと、先生も僕の思っていることが伝わったようにニヤリと笑う。


「察しの通りだ。顧問については私がやろう。丁度、手が空いているしな。」


「マジかよ。」


 思わず、思った事をそのまま口に出す。


 何がって、白石先生が顧問になったこと自体ではなく、部活をするうえで不足するものがなくなってしまったこと。つまり、部活は部員さえ集まれば、すぐにでも始められるわけだ。


「清水はどうするんだ?」


 僕はとりあえず状況の整理をしようと、清水に話題を振る。


「……私も保留にしておくわ。委員会の方も忙しいし、両立できるかどうかも分からないからね。」


「あっ、それだったら、どこかのタイミングでみんなでボランティアをしてみませんか?部活じゃなくて、単にみんなでボランティアに行くだけなら、問題ないですよね?」


 とんとん拍子に話が進んでいく。のんびりと考えている暇はなさそうだ。


「要するに体験入部みたいなものか。いいよ、それくらいなら、僕も参加する。」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


 三谷さんは満面の笑みを僕に向ける。


 まったく、不本意なはずななのに、そんな顔をされたら悪い気がしなくなるじゃないか。


 その後、清水もそのボランティアに参加する事を了承し、僕らは帰宅することになった。

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