第8話 巻き込まれる僕が嫌いだ
どうしてこうなった……。
まるで何か小説の主人公のようなセリフを思い浮かべ、僕は周りの状況を確認する。
背中に突き刺さる視線。いつもより静かな食堂。そして、同じ席にはなぜか二人の女子。
そして、その二人は仲良く弁当を食べ、僕は黙々と学食の親子丼を食べている。
「三谷さんすごい。こんな美味しいの作るなんて。」
「えへへ、ありがとうございます。一生懸命作った甲斐がありました♪」
和かに笑う2人。そして、僕へ周囲の男子からの殺意がブスブスと突き刺さる。
……おかしい。どこで間違えた?僕の平穏な日常はどこにいった?
── まずは状況を整理してみよう。
昨日、三谷さんを家に上げてしまったのは悪手だ。でも、冷たい態度をとっていれば、いくら三谷さんでも離れて行く算段だった。
問題は今日。清水が僕に近づいてきたことだ。これまであまり話したことのない清水がだ。
三谷さんと話したかったのか?それとも僕なんかが三谷さんが仲良くしようとしているのを見て、苛立ちを感じたのか?
もし苛立ったことが理由なら少しショックだな。そんなに僕のことが嫌いかね?まぁ人のこと言えた口じゃないけど。
それはさておき、どうにかして2人から距離を取りたいところだ。もし万が一、僕と仲良くなろうとしてくれているのなら、絶対に避けたい。
僕のような人間と関われば、いつかきっと後悔する。
「このだし巻き卵も絶品ね。三谷さん、家で料理結構するの?」
そんな僕の思惑を知りもせず、清水は三谷の弁当を食べ続ける。
「うん、矢田くんに作った朝食の卵が余っちゃって。」
「へぇ、そうなんだ……そうなんだ?」
「おい……。」
「へっ?」
いやいやいや、何サラッと爆弾発言してんだよ!?三谷さん、まさか本当にただの天然か?
「えっと、矢田、どういうこと?」
清水がアルカイックスマイルでこちらを見る。
そりゃそういう反応になるよな。ただでさえ嫌っている相手が転校生に初日から朝食作らせるとか、普通に考えて異常だ。
だけど、大丈夫だ。清水なら。
「理由はちゃんと話す。まずは落ち着いてくれ。」
「へぇ、転校生の女の子に朝ごはんを作らせるのに、ちゃんとした理由があるのかしらねぇ?」
口調も仕草も笑っているようなのに、目だけが針を刺すような視線を僕に向けている。
あれ?思っていた反応と違う。これ大丈夫か?
「あっ、朝ごはんの話なら、私からしますよ?私がしたくてやったことですし。」
「あらそう。ならお願いね?」
僕に向けていた威圧感を急に抑え、手のひらを反すように三谷さんに笑顔を向ける。
おかげでなんとか首の皮一枚繋がったような気がする。いや、特に責められる謂れはないのだが……。
その後、三谷さんが事の経緯を話し出した。
途中、僕が僕自身のことを嫌っていることも話し出したから止めようかとも思ったが、特に言及しなかった。清水になら別に知られても悪いようにはならないと思ったからだ。
清水が僕のことを嫌っているのは確かだろうけど、あからさまに嫌がらせとかをしてくる奴じゃない。言いふらしたりすることはないはずだ。付き合いが長い分、そういった面では信頼できる。
「なるほど、三谷さんはあくまでお礼のために朝食を作りに行ったわけね。」
「そうなりますね。」
まだ疑念も残っていそうではあるが、何とか納得はしてくれたようだ。これで一安心だ。
「でも、昼ご飯を作ってきたのはどういう理由なのかしら?」
清水が続け様に三谷さんに聞き直す。
正直、これに関しては僕も思っていたことだ。
「それは、私なりの考えです。矢田君が自分嫌いなのは人と関わることが少ないからだと思うんです。」
「……それで弁当を?」
「はい!一緒に食事をすれば、楽しくお話できますから!」
三谷さんは自信満々に言い張る。まるで子供が親に何かを自慢する時みたいに。
清水は呆れたようにため息をつく。
「……だいたい分かったわ。でも、あなた1人じゃこの偏屈男に自分を好きにさせることは難しいんじゃない?」
「誰が偏屈だ。」
「確かにそうですね。」
「否定しないのかよ。」
思わず、テンポよくツッコミを入れる。
それにしても、清水はともかく三谷さんにまでそう思われているとは思わなかった。
「だから提案なんだけど、三谷さんのやろうとしていること、私も手伝うわ。」
「は?」
「いいんですか?」
「いや待て待て待て待て。」
意気投合しようとする2人に、僕は慌てて口を挟む。
冗談じゃない。こっちは三谷さんを突き放そうとしてるのに、なんで1人増えそうになってるんだ。
何とか理由を言わなければ……。
「まさか断ろうって言うんじゃないわよね?女の子2人がせっかくあんたのためにしてくれてるのに?」
「それを自分で言うからありがたみが感じられないんだろうが。」
でも、確かに女子二人からきっぱりと断る度胸が僕にはない。それよりは、適当にいなしておいて、この2人が飽きるのを待ったほうがいいだろう。
「分かったよ。好きにすればいい。」
僕は残りのご飯を勢いよくかき込み、合掌をして席を後にする。
僕が立ち去った後の席では、2人が何やら作戦会議のようなものを開いているけど、気付かないフリをして僕は食堂を去っていった。
〇●〇
「ふぅ……。」
矢田がいなくなった後、ようやく緊張から解放された私は、そっと肩をなでおろす。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、三谷さん。」
首をコテンッとかしげる。
女の私からしてもかわいい動作が多い。やっぱり、男の人はこういうあざとい仕草が胸にくるのだろうか?
……ずるい。何がずるいって、それをわざとじゃなく、自然にしているところだ。そんなの、私のような無愛想な人にできるはずがない。
「ところで三谷さん。少しお尋ねしたいのですが……。」
「どうしたの?」
三谷さんはキョロキョロと辺りを見回し、こちらの会話に耳を傾けている学生がいないことを確かめると、そっと耳元に口を近づける。
「清水さんって、矢田くんのことが好きなんですか?」
三谷さんが私の耳元でこっそりと告げる。
私は思わず目を見開いて驚く。
すぐに三谷さんのほうを向くと、彼女もまた私の顔色を窺うようにこちらを見ている。
ちょっと動揺してしまったけど、もしかしたらかまかけられただけかもしれない。
「私があいつを?まさか!そんなわけないじゃない、はははっ。」
「……私、もしかしたらそうかもしれないんです。」
三谷さんは顔を下に向けたまま、小さな声でつぶやく。騒がしい食堂の中で、私だけがギリギリ聞こえる程度の大きさで。
私は見栄を張ることもなく、すっかり黙り込んでしまった。
三谷さんが矢田を……。いや、何も不思議なことじゃない。彼女は矢田に助けられたんだ。身を挺して、目の前で。そんな姿を見たら、私だって同じように思う。
沈黙がしばらく続く。
騒がしい周りの声も、私と三谷さんの周りだけは静かに感じる。
当然の如く、その沈黙を破ったのは三谷さんだった。
「正直、私の感情の名前は、まだよく分かっていません。異性に向けるものなのか、友達としてのものなのか、憧れに近いものなのか……」
「……」
「その反応だと、清水さんは分かっているんですよね。」
「……そうね。」
否定できない。こんな真っ直ぐに聞かれたら、私だって嘘なんてつけない。
……ずるいなぁ。私もそんな風に、素直になれたらよかったのに。
「……うん。好きだよ。彼のことが。」
「そうですか。」
三谷さんは弁当を食べ終わると、ご馳走様の挨拶をして静かに立ち上がる。
「あっ、三谷さん。」
その名前を呼ぶと、彼女はピタリと足を止めて振り返った。
「私にはまだ、分かりません。でも、もし分かった時は遠慮しません。友達ですから。」
真正面からの宣戦布告。しかし、その笑顔は私にはとても眩しく見えた。
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