第6話 鈍感な僕が嫌いだ
あの後、三谷さんは食事を終えると、一旦家に戻ると言ってここを出て行った。
まぁ、制服でもなかったし、カバンも持っていなかったから当然のことだ。
ただ、朝食も作ってもらって、特に他にやることもなかった僕は、まだ朝のホームルームまで1時間以上あるというのに登校する。
学校につくと、部活動の朝練で汗を流す学生がちらほら見える。そういえば、全国大会出場するっていう部活もあったんだっけ。どこの部活かは興味がなかったから覚えていないけど。
教室につくと、当然ながらまだ誰も来ておらず、中は静けさに包まれている。
僕は自分の席に着き、教科書とノートを開いて授業の予習を進める。実をいうと、僕は普段から少し早めに登校し、こうして授業の予習をすることが日課だ。もちろん、今日ほど早く来たことはないけど、元々物覚えがよくないほうだから、こうでもしないと授業についていけない。
ただ、今日に限ってはなかなか予習に集中できなかった。というのも、今朝のことがずっと頭に残り、教科書を読んでも頭に入ってこなかったのだ。
文章を一つ読むたび、三谷さんのことが頭に浮かぶ。あれだけ非日常的な経験をすれば、こうして何度も思い返してしまうのは仕方ない。
「帰ってからにするか……。」
あんな体験をして、すぐに平常運転に戻れというほうが無理な話だ。今日は復習を入念にするしかないな。
そっと教科書を閉じ、何かやることがないか、おもむろに辺りをキョロキョロと見まわす。
「珍しいわね。あんたがこんなに早く来るなんて。」
扉のほうを向くと、そこには何やら不機嫌そうな顔をした女子生徒が立っている。いや、僕から見ればいつも機嫌が悪そうなので、いつも通りではあるのだが。
「ちょっと早起きしてしまったからな。そっちこそ、ずいぶん早い到着じゃないか。」
「どうでもいいでしょ、そんなこと。」
キツイ目つきでこちらを睨み、僕の隣の席に座る。
彼女は清水花蓮。髪はおさげにしていて、制服も一切着崩したりはせず、規律が人の形になったような性格をしている。普段は風紀委員をしていて、よく誰かに注意をしている姿をよく見かける。
そういう意味では、僕は制服はちゃんと着ているし、特別悪いことをした覚えもないから、彼女に嫌われる理由はないはずだ。
だけど、断言できる。このクラスで最も僕を嫌っているのは、僕自身を除けば、彼女だ。
最低限の会話をするだけでも、あんな態度をとられるんだ。きっと知らないうちに何かしてしまったんだろうな。
そんなことも自覚できない自分自身にまた嫌気がさした。
〇●〇
矢田がそんなことを考えている一方、清水は全く逆のことを考えていた。
(や、矢田と話しちゃった〜〜!!)
不貞腐れた態度とは裏腹に、内心では飛び上がりたくなるほど歓喜に満ち溢れていた。
早起きしてよかった。矢田が以前から早めに登校しているのには気づいていたし、時間を合わせて登校していたのはそうだけど、いつも挨拶すらまともに出来ずに眺めているだけだった。
でも今日は何というか、いつもよりも少し話しやすい雰囲気を醸し出している。
何かあったのかな?
「なぁ、清水。」
「…………。」
「おーい、清水?」
「えっ、ああ、ごめんなさい。どうかしたのかしら。」
え?なんで?なんで矢田の方から話しかけてきたの?これまでそんなことなかったじゃない!
予想外すぎて返事が遅れちゃった……。
「清水はさ、もしも誰かが自分を助けたせいで怪我をして、怪我をした本人がお礼とか謝罪をいらないって言ったらどうする?」
「どうしてそれを私に聞くのかしら?」
言いながら心の中で後悔が重なる。なんでこんな言い方しかできないかな。
「清水とは付き合いが1番長いからな。小学校から一緒だし……。」
「……そう。」
私は矢田と話すのが少し気恥ずかしくなってしまい、また素っ気ない返事を返す。
……えっ?ちょっと待って。今小学校からって言った?そんな前のことを覚えてるなんてひょっとして……
「矢田って私の事どう思ってるの?」
「どういう話の流れでその質問が出てきたんだ?」
思わず、私は意識されているものだと思い、妙な質問をしてしまった。
「あっ、いや、違うのよ?別に変な意味で聞いたんじゃなくて、ほら、付き合いが長いとか言うから、どう見られてるのか気になって……」
言い訳にしてももう少しマシなものがあったでしょうに。なんで私はいつもこう……!
「へぇ、そうか。確かに周りの人間から自分がどう見られてるのかっていうのは気になるとこだよな。」
矢田は軽くうなずいて納得してくれた様子を見せる。
……いや、ちょっと鈍感じゃない?こんなセリフ聞いたら、少し察しのいい人なら自分に好意を持たれてる事に気が付いてもいい気がするけど。
「じゃあ、とりあえずそっちの質問に答えるか。清水のことはそうだな……やっぱり、真面目で頼りがいのある人だと思うよ。とは言っても、あんまりこうして二人で話したことはないから、あくまでイメージだけど。」
「へ、へぇ、そうなのね。」
にやけそうになる顔を表情筋を限界まで酷使して何とか抑える。
それにしても、やっぱり何かいつもと様子が違う。普段ならもっと暗いイメージで、受け答えも必要最低限でしかしていなかったはずなのに。
「あっ、ごめんなさい。結構話が脱線したわね。自分のせいで怪我をした相手がお礼も謝罪もいらないって言った時どうするか、だったわよね?」
「ああ。」
……この質問って、やっぱり三谷さんと何かあったってことだよね。
昨日、あからさまにお礼を言ってきた三谷さんを避けてた。三谷さんがあの後矢田に何かしたというなら、この質問をしてもおかしくない。
気になる。でも、今は質問に答えないと。
「うーん、負い目も感じちゃうけど、実際にはその人が何も望まないのなら何もしないっていう選択をしちゃうかもね。私結構臆病な性格だからさ。」
「そうなのか?普段はそうは見えないけどな。」
そりゃそうでしょう。矢田のいるところでは、見え張っていいとこ見せようとしてるんだから。
「それで?矢田はそんなこと聞いてどうするつもりなの?」
「いや、どうもしない。ちょっと気になっただけだよ。教えてくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
その会話を最後に、完全に会話が止まってしまった。
再び、教室が沈黙に包まれ、微かにパラパラと矢田が教科書を開ける音が聞こえる。
やっぱり、いつもの教室で二人きりになるこの時間が好きだ。
欲を言えば、もう少し話をしていたかったけど、こうして静かな時間を過ごしていると、世界に二人だけしかいないみたいな感覚に陥る。私には、それで十分すぎるくらいだ。
矢田はそんなこと、考えもしないんだろうな。
私は読書をするふりをしながら、ふと昔のことを思い出していた。
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