第4話 素直になれない僕が嫌いだ

「ねぇ、三谷さん。転校前の学校ではどんな部活入ってたの?」

「バスケ部入らない?賑やかで楽しいよ?」

「どこ住んでるの?」


 昼休み、私はこんな感じでクラスの女子から質問攻めにあっていた。

 転校生に聞きたいことがたくさんあるのは分かるけど、こうして一気に来られると目が回りそう…。


「ちょっとみんな、落ち着いて!三谷さん困ってるでしょ。」


 そんな時、1人の女子生徒が助け舟を出す。


 茶色がかった短髪に褐色の肌。ハキハキとした話し方から見ても、明らかに運動部のものだ。


 私に質問攻めしていた生徒も、その一声で落ち着きを取り戻す。クラスメイトからの信頼も厚いみたい。


「澄玲さんだよね?私、遠藤瑠奈。よろしくね。」


「あっ、うん。遠藤さん。よろしくお願いします。」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべる遠藤さんを見て、私は少し安心する。


「瑠奈ー、私も三谷さんと話してみたい〜。」


 先ほど私に話しかけてきたうちの1人が駄々をこねるように言う。


「ははっ、分かってるって。大丈夫、みんなが1番聞きたいこと聞くからさ。」


「聞きたいこと?」


 わけがわからず首を傾げると、遠藤さんは小声でそっと聞いてくる。


「矢田君のこと、どう思ってる?」


「ふぇ!?」


 思わず変な声を上げてしまう。

 というか、どういうこと?何でそんなこと聞いて?


「いやー、このクラス、こういう恋愛ごとって中々話題にならないんだよねー。皆彼氏とか作るのに興味がないわけじゃないんだけど、そもそも好きな人ができないってことが多くて……。」


 ふと周りを見ると、ウキウキした表情で私の返事を待つクラスメイト。

 恋に恋するお年頃というものなのかな?


「それに、さっき澄玲さん、さっき矢田君にお礼してたし、2人に何かあったのかなって気になってたんだー。」


「ああ、それは昨日ナンパされているところを助けてもらって。その時はちゃんとお礼もできないまま別れてしまいましたから。」


 聞かれたことを正直に話す。


「えっ!ナンパされたの?どこで?」


「駅のすぐ近くのところですよ。」


「あー、あそこって不良の男がタムロしてること多いからねー。大丈夫?怖くなかった?」


「怖かったけど、矢田君が助けてくれましたし。」


「本当?よかったー。」


 よほど心配してくれたのか、何度も澄玲に大丈夫なことを確認してくれる。


「あっ、実は私も少し聞きたいことがあって……。矢田君ってその……誰にでもあんな感じなのですか?それとも、私にだけ……?」


 さっきお礼を言ったときのあの反応。嫌われているのなら流石に話しかけづらいし、聞いておきたい。


「矢田君はいつもあんな感じだよ?本人も気にしてるみたいだけどね。」


「そうなんですか?」


「うん。なんって言うのかな……ちょっと自虐的な発言が多い気はするね。ナルシストの真逆って感じ。」


「自虐……。」


 自虐的な発言、自己犠牲的な助け方。それに頑なにお礼を拒否する態度。

 澄玲は今聞いたことと昨日あったことを照らし合わせて、一つの予想が思い浮かんだ。


「矢田君って自分のこと、あんまり好きじゃないのかな……。」


「あー、それはそうかもね。私、中学は矢田君と同じだったんだけど、一時期すごく病んでた時があったみたいだし。」


 ボソッと呟いた言葉に、遠藤は思い当たる節があるように答える。


「病んでた?矢田さんがですか?」


「うん、詳しいことは知らないけどね。でも、絶対悪いやつじゃないよ。無愛想だけど、何か手伝ってほしいときとかは頼んだら手伝ってくれるし、勉強で分からないところとかも聞いたら教えてくれるし。」


 それはそうだと思いますね。そうじゃなきゃ、あんなボロボロになってまで私を助けようとしてくれるはずないですから。


 そういえば、矢田君は今朝早退して病院に行くことになったと聞きましたけど、大丈夫でしょうか?


 澄玲は心配になってそっとため息をついた。



〇●〇



 一方、その頃。

 

 僕はというと、病院で診察を終えて、先生の車で自宅に戻っていた。


 幸い、骨に異常はなく内出血をしていたところが多く、今朝水が染みたのは細かな切り傷が残っていたからだそうだ。


 やっぱり病院で受ける治療と自分で適当に処置するのでは全然違う。

 痛いことに変わりはないけど、治療後は傷もあまり痛まないし、流石の一言に尽きる。


 ただ、2〜3週間で治るそうだけど、少し後が残るかもしれないとのことだった。

 あまりショックでは無かった。これだけ派手に怪我したんだから、その辺りは覚悟している。


「しかし、派手にやったものだ。何があればそんなに傷だらけになれるのやら。」


「別にいいでしょう、先生が迷惑被るわけじゃないですし。」


 呆れた顔で話しかける先生に、不貞腐れた態度で返事を返す。

 先生の言いたいことは分かる。あまり危ない真似はするなと、注意するんだろう。

 でも、心配しなくても、もう二度とこんな真似はしない。それがたとえ、誰かを助けないという選択だったとしても。


 しかし、先生の発言は僕の予想とは全く異なるものだった。


「君の先生という立場からすれば、もうこんなことはするなと言うところだが、私個人としては、君のそういう無鉄砲な一面が見れて少しホッとしているよ。」


「……どういう意味ですか?」


 いつものクールで合理的な一面からは想像もつかない発言。

 僕は少し驚いて返事をするまでに少し時間がかかってしまう。


「君は私から見れば十分優等生だし、文句のつけようはない。だが、あまりにも若者らしくなくてな。少しは青春らしいことをしてほしいと思っていたんだよ。」


 その言葉に、僕は思わず顔を背けて表情を隠す。

 嬉しくなってしまったのだ。こんな僕でも誰かにちゃんと見てもらえていたということが。

 しかし、今はその気持ちは心の奥底に秘めておく。


「それなら、間違いを犯せと言うんですか?」


「いいや、違う。明らかに間違っていることをしろとは言わないさ。だが、とは言ってあげられる。」


 信号で車は止まり、その間に先生は何か昔のことを思い出すように目を閉じる。


「矢田。人は間違えてしまう生き物なんだよ。全て正しい人なんていない。でも、間違いは糧にできる。糧にして、大人になっていく。そういう意味では、君はまだまだ子供だ。そして、間違えることは子供の特権だよ。」


 先生の言うことは納得できる。間違いを糧にするのは僕もしているし、高校生という今だからこそできる間違いもあるはずだ。


「だから、君は間違いを恐れるな。君はいつも。もっと青春らしいことをしたらどうだ?」


 納得はできる。それは間違いない。だけど、それを認めたくない自分がいる。


「……間違えることは若者の特権……ですか。なら、間違えた本人がそれを許せないならどうしますか。」


 これは先生に対しての怒りじゃない。僕自身への苛立ちや不満をぶつけただけだ。

 言ってすぐに気まずさを感じ、この場から離れたいと思ったけど、あいにく車の中で逃げ場がない。


 しかし、先生はいつも通りのクールな表情を崩すことなく、淡々と話を進める。


「君がなぜそんなにも卑屈になるのかは、今は聞かないでおくよ。だけど、もし誰かに話したくなったなら、いつでも私に話してみなさい。きっと、君の力になるよ。」


 胸がふわふわと浮かび上がる感覚。張り詰めていた空気が解かれ、先生の顔を隣で見つめる。


 この状況で、聞こうと思えば聞き出せるはずの、逃げ場のないこの状況で、ただ待つという選択ができるのか。


 すごいな。この先生は。


 これまであまり話したことなんて無かった。しても、面談で進路相談をするくらい。雑談なんかしようとすら思わなかった。


 なのに今日、少し言葉を交わしただけで、この人のことを信頼したくなってしまった。


「……ほんと、先生が僕の担任でよかったですよ。」


 僕は先生にギリギリ聞こえない程度の大きさでそう呟く。


 もう数年、僕が早く生まれていて、この人と早く出会えていたらなら、きっといい友人になれたのだろう。


 ……いや、先生なら僕なんかよりもよっぽどいい人を見つけるか。

 僕は友人どころか知り合いにすら、なれないだろう。


 でも、今はそんな仮定はどうでもいい。先生の言葉を、今までよりもう少し、信じて見よう。


 車が自宅に着く頃には、痛みはもうほとんど感じず、代わりに先生の言葉が刻まれていた。

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