第3話 無愛想な僕が嫌いだ
──翌日。
僕は目を覚ますと、いつも通り眠気を覚ますために顔を洗いに洗面所へ向かう。
蛇口から水を出し、手で水を掬い、顔を洗う。
その動作をする前に、昨日のことを思い出していればよかった。
「いっ〜〜〜〜っ!?」
水が怪我した場所に染み、強烈な痛みが朝から僕を襲う。
近所迷惑になるほどでは無かったものの、またもや情けない声を出してしまった。
鏡を見ると、やはりと言うか、当然と言うか、僕の顔の怪我は治っていなかった。
一晩すれば治っているかもと思ったけど、そんな漫画のようにはいかないな。
……というかこれ、骨にヒビとかいってないよな?今までに見たことないレベルの腫れ方なんだけど……。
痛みはあるけど一応何もしなければ耐えられるレベルではある。まぁ、昨日は痛みのせいでなかなか寝付けず、寝たのが夜中の3時になってしまった。
「あれ?そういえば時間は……。」
時刻を確認すると、8時20分。
高校の始業時刻は8時半。
そして、自宅から学校までは、徒歩で約15分、走れば5分短縮できるかどうか……。
「………呑気に傷見てる場合じゃ無かった。」
僕は急いで必要なものをバックに詰め込み、朝食も取らずに家を飛び出した。
○●○
なんとか門限には間に合った。けど、朝のホームルームには間に合わなかった。
入学してから2年間、一度も遅刻なんてしたこと無かったのに……。
恐る恐る教室の扉をそっと開けて中を覗き見ると、既にホームルームは始まっており、僕以外のほぼ全員が着席している。
入りづらいなぁ……。
「おい、矢田!何してる。言い訳は聞いてやるから、早く入ってこい。」
「はっ、はい!」
担任の白石先生の声に少し驚いて、僕は教室の扉を開ける。
と同時に、教室中がざわめき出す。「何あれ?」「ヤバ……。」とか、不気味がられるような反応。いくら遅刻したからって酷くないか?
「矢田……顔大丈夫か?」
「顔?って、ああ、そういえば。」
遅刻してしまったことで頭が一杯で、すっかり忘れていた。
そりゃ、クラスメイトが次の日こんな顔で登校すれば、ビビるよな。
「えっと……、ちょっとトラブルに巻き込まれちゃいまして、遅れてすみません。」
「うーん、まぁ矢田のことだし、理由もなく遅刻するはずがないか。詳しい事情は後で聞く。とりあえず席につけ。」
そうして、何とか一難を逃れ、窓際にある自分の席につく。
しかし、本当の災難はここからだった。
「よし、じゃあ自己紹介だ。ちょっとタイミング悪く遅刻者が来てしまったが、始めなさい。」
自己紹介?誰の?
僕は聞きなれないこのワードに反応して、顔を上げる。そういえば、先生の隣には見慣れない女子生徒が、前で手を合わせて礼儀正しく立っていた。
転校生だろうか?
黒く、長いストレートな髪。目鼻立ちは整っていて、顔も小さく、スレンダーな体型。
一目見ただけで、いいところのお嬢様だと分かる優美な佇まいがある。
そんな人が、なぜか僕の方を注視してポカンと口を開けている。まるで僕の方を見て驚いたように。
……なんで?
「えっと、三谷?どうかしたか?」
「あっ、いえ、何でもないです!失礼しました。」
先生の声かけで女の子は我に戻り、一つコホンッと咳払いをして話し出す。
「今日から皆さんのクラスメイトになります、
三谷さんが頭を下げると、パチパチと拍手が送られる。そんな中、僕はその佇まいや挨拶よりも、どこかで聞いたことのあるようなその声に注目していた。
どういうことだ?初対面のはず。でも、最近、本当にごく最近少し話したような気がする。
「三谷の席は……と、窓際の一番後ろの席が空いているな。ひとまずそこに座ってくれ。近々席替えもするから、前の席がいい生徒は申し出ること。」
相変わらず、手際のいい先生だ。いつも発言に迷いが少なく、必要なことは簡潔に言う。
他の先生はラフな格好をしている人も多いのに、この人だけ常にスーツだし……。
「朝礼は終わりだ。矢田はこの後は私のところへ来なさい。それと、三谷はまだこの高校のことをあまり知らないだろうから、だれか案内してやってっくれ。以上だ。」
その日のクラスの日直の掛け声で全員が起立し、礼をした後、僕は言われた通り重い腰を上げて先生のもとへ向かおうとした。
きっと怒られるんだろうな。
「あの……!」
後ろから誰かに呼び止められ、足を止める。
振り向くと、そこには先ほど自己紹介をしていた三谷さんが僕の手をつかんでいた。
「どうかした?」
その行動の意図が分からず、戸惑いながら尋ねる。
「えっと、その……昨日はありがとうございました!」
昨日。その言葉を聞いて、ようやく思い出した。
というか、どうして忘れていたのか、自分でも不思議なほどだ。
この声。間違いない。昨日、チンピラに絡まれていた女の子と同じだ。
あの時はその子の容姿を見る余裕が無かったから、見ただけでは分からなかった。
だけど、ここで感謝なんてされてしまったら、騙してるみたいで気が落ち着かない。
「いや、お礼なんてしなくていいよ。じゃ、僕は先生のところに行かないといけないから。」
僕は逃げるように教室を飛び出す。
「えっ……。」
向こうはきっと、「あの後大丈夫だった?」とか、「同じ学校だったのか、よろしく!」みたいな返事を期待していたんだろう。
でも、一度見捨てようとした人を相手に、今更どんな顔で話せばいいんだよ。
ただ、あの子からしてみれば、ただお礼をしたいだけなのに、こんな嫌っているような態度をとられるのだから、多少ショックだろうな。それは少し心残りだ。
「……ホント、気持ち悪いな、僕。」
自身に悪態をつき、先生の待つ職員室へ向かった。
○●○
「それで?どうして君はそんなボロボロなんだ?」
職員室に入ると、先生は待ちくたびれ様子で腕を組んで待っていた。
やっぱこうして間近で見ると、美人な先生だよな。
キリッとした目つき、癖のない髪。スタイルまで抜群ときている。
以前、気の迷った生徒が授業中に告白した、なんて話も聞いたことがある。
「昨日トラブルに巻き込まれまして……。」
「三谷のことだろう?本人から聞いているよ。」
「えっ?」
予想外の回答に、思わず聞き直してしまう。
「昨日、しつこくナンパされていたところをこの学校の男子生徒に助けられたと聞いてね。お礼がしたいから探して欲しいと頼まれていたんだ。怪我のことも心配だったそうでね。」
何でこの学校だと分かったのか……と聞こうとしたけど、その答えは実にシンプルだった。
この白く目立つ制服のせいだ。
デザインが悪いとは言わないけど、今時真っ白のブラザーに赤いネクタイ、淡い青のカッターシャツに黒いズボンという構成はかなり派手な部類に入るだろう。
ちなみに、女子の制服はさらにネクタイがリボンに変わり、赤いスカートになる。それ以外にはこれと言って男子と女子で制服に違いはないから、これから通うことになる高校の制服ぐらい、見分けられてもおかしくない。
「それにしても、まさか君がその男子生徒だとは思わなかったよ。失礼かもしれないが、君はそういうことをしない人間だと思っていた。」
「本当に失礼ですね。まぁ間違ってませんが。」
皮肉めいた口ぶりで答える。しかし、先生はそんなこと気にも留めず、真剣な表情で話を進める。
「もう病院には行ったのか?」
「いえ、まだです。」
「なら今日は学校を休みなさい。病院までは私が送ろう。」
カバンを肩にかけ、出かける準備をする先生を見て、慌てて止めに入る。
「いやいや、先生が学校を離れたらまずいでしょう?授業はどう…」
「心配するな。私はもしもの時のために、毎日授業にあわせた自習プリントは用意してある。」
つまり自習させるってことか。というか、毎授業そんなの用意してるのかこの人。前から思っていたけど抜け目なさ過ぎて少し怖い。
そうして、反論も許されないまま僕は病院に連れていかれるのだった。
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