番外編 敵国の王子は檸檬の香りと幸運の花をご所望 結婚に向けての課題
実際に結婚すると決めたら、気になることが色々と出て来た。さすがに『今すぐルービンに行きましょう』という訳にはいかない。
この部屋は狭いけれど、応接室に案内できないので隅の椅子に腰かけてもらった。私はそっと隣の部屋からもう1脚椅子を持ってきて、アドゥーサと向い合せに座る。
「私は、フランカ・スプルース。17歳です」
改めて自己紹介をした。すると、アドゥーサの顔が強ばった。
「もしかして、君はスプルース領主の一人娘?」
「父のことを知っているの?」
アドゥーサは何かを考えるように俯いて、しばらく黙った後、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は、アドゥーサ・ルービン。年齢は19歳だ」
(ルービン! まさか⋯⋯)
「父は国王で、俺は第三王子だ」
敵国の王子に求婚してしまったなんて、父が聞いたら卒倒しかねない。領主の娘として、とても正気とは思えない行動だし、それを受け入れる王子もどうかしている。急に全てを投げ出して城に帰りたくなった。でも、アドゥーサが私に向ける真剣な瞳を見ると、そんなことは言えない。種をまいたのは私だ。
「僕の兄が君に婚姻の申し入れをしたことがあるのは知っている?」
「⋯⋯聞いたことがないわ」
「君の父上に断られたと聞いている」
どうやら、私たちの結婚には色々と問題がありそうだ。ふたりで状況を整理する。
アドゥーサは第三王子だけど、王位継承者としては第一候補というやっかいな立場にいた。理由は上の兄2人が継承者として認められなかったから。
「王位を継ぐには2つ条件があるんだ」
1つ目は<香力>が強い妻を持つこと。
ルービンでは<香力>を持つ人がとても少ないそうだ。そのため<香力>を持つ女性は希少で、大抵は王家か、それに連なる家に嫁ぐことになる。そのため自然と王族の周りに<香力>を持つ人間が集まり、アドゥーサも、近いうちにその中から妻を選ぶ予定だったらしい。
「まだ、相手は決まっていなかったし、君の<香力>の強さは申し分ないから、これは問題ないはずだ」
「異国人という事は問題ないの?」
「駄目だという決まりもない」
2つ目は、国王と王族から国を統べる力を持つと認められること。
「この条件を、長兄も次兄も満たすことができなかった」
ルービンの国王は生前に退位せず、死ぬまでに次の王位継承者を指名するしきたりだ。王が指名した候補者を王族一同が認めることで、正式な継承者となる。
アドゥーサと兄2人は10歳以上離れていてて、誰もが兄のどちらかが王位を継ぐと思っていた。アドゥーサ本人も、そう思って育ってきた。しかし国を統べる力を証明する、というのが難点で番狂わせが起こってしまった。
過去を顧みると、スプルースに進軍し適当なところで軍を引く。いかに上手く軍を指揮してスプルースに打撃をあたえるかを見せる事が、典型的な証明方法だった。
しかし、長男が進軍した8年前は事態が違った。スプルースの兵力が父王の代とは比べものにならないほど向上していたのだ。ルービンは全滅の憂き目に逢い、面目を失った長男は王位継承候補から外れた。
この事から教訓を得た次男は、スプルースに政略結婚を申し入れた。軍を率いずとも、スプルースに大事なものを差し出させることで威信を示そうとした。新しい取り組みに、国王も王族も興味は示したらしいが、結果は失敗だった。
ルービンに勝てる戦力を手に入れたスプルースに『一人娘を差し出せば、今後は進軍しないでやろう』そんな居丈高な申し出を受け入れる理由はない。領主は縁談をあっさり断った。
誇りを傷つけられた次男は、やぶれかぶれで進軍し、またもや返り討ちにあって王位継承候補から外れた。そこで、アドゥーサに王位継承候補者としての役割が回ってきてしまったのだ。
「大事な事を確認するわ。あなたは、スプルースに進軍するつもりなの? 先日森に来ていたのは偵察の為だったの?」
返答次第では求婚は取り消して、今ここでアドゥーサを砦の兵に突き出すつもりだった。2度の進軍のことはよく覚えている。あの恐怖と怒りは生涯忘れることは無い。
王位継承の証明のために、今までスプルースはルービンに苦しめられてきたのか。森を焼かれ、田畑を荒らされ、領民や兵士が殺された。とても許せる事ではない。
私の顔に浮かんだ怒りを察して、アドゥーサは慌てて否定した。
「違う、俺は進軍するつもりはない。16歳で成人して正式な王位継承候補になってから、何度も戦をすすめられた。だけど、俺はそんなことをしたくない。こんな事のために、軍を強化して、民に苦労を強いたくない。
だから君の国の言葉を学び、君の国の事を知りたいと思った。友好関係を築いて、戦以外でも国を導ける力があると証明したかった。
過去にルービンが行ったことは取り返しがつかない過ちだ。もし俺が王になったなら、二度と他国に侵略の為の兵を送るつもりはない、絶対に」
切々と訴えるアドゥーサの表情に嘘はないと感じた。正直なところ、ルービンの過去の仕打ちを許す気にはなれない。でも、私は目の前のアドゥーサの気持ちを信じようと決めた。
私は気持ちを落ち着けるために、何度か深呼吸をした。
「あなたを信じる。――では、問題は全て解決したわね」
にっこり笑う私に、アドゥーサは戸惑いを隠せない様子だ。
「解決? どうして?」
「だって、私と結婚すれば『他国と友好関係を築いて国を導く力がある』と証明できるんでしょう? 簡単じゃない」
「君の父上は、俺の兄との結婚を承知しなかった。俺とだって、承知しないんじゃないか?」
「父が拒否したのは、娘を敵国に人質のように嫁がせることよ。あなたが、この国に進軍するつもりがないのなら、もう敵国ではないわ。それに――」
私は、アドゥーサの手を取った。
「娘が自分の意思で結婚したいと言うのよ。父には反対する理由が無いわ。父は私に甘いのよ」
アドゥーサの顔が、また真っ赤になった。目が少しうるんでいる。
「ありがとう。君は、俺の幸運のフィモナの花だね」
まず、アドゥーサと私がルービンに行き、ルービンの国王と王族にアドゥーサを王の継承者として認めてもらう。
次に、私の父に結婚を認めてもらう。
こういう段取りにした。決まれば早い、私はアドゥーサを待たせて出発の支度をした。
大きな荷物は持って行けない。肩から下げられる小さな鞄に身の回りの物を少しと、通貨が使えないだろうから手持ちの宝石を詰め込んだ。次に動きやすい服装に着替える。私にもアドゥーサのような美しい布があればいいのに、と思うが仕方ない。
最後に書き置きを残した。
『少しの間、家出をしますが探さないで下さい。探していることが分かったら、二度と戻らないので絶対に探さないで下さい』
本当に父に何も言わずに行っていいのか、とアドゥーサが心配したけれど気にしすぎても仕方ない。『後で一緒に怒られてね』と言ったら、とても困った顔をしたけれど、アドゥーサはうなずいてくれた。
『お前は、何ごとも簡単に考えすぎる!』お父様からの聞き飽きた苦言が頭をよぎったけど、思い出さなかったことにしておく。
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