大団円(終)
あの日、エルダー様のお屋敷に帰ると、ミネオラが飛び出してきて、わたしにきつく抱きついた。そのまま泣きじゃくって離れない。わたしもまた泣いてしまった。
エマもバードも、泣きながら温かく迎えてくれた。ブッテさんは「あんたと同じ香りがする花壇、見てもらえないかと思った」と涙ぐんで言ってくれた。
兄には逃げ出した事を申し訳なく思っていたけど、全く心配していなかった。わたしがいない事に気づくと、エルダー様に知らせだけ出して、ご自分の屋敷にお戻りになっていた。なんでもイシル様から『逃げたとしても、探す必要も心配する必要もない。バーシュに任せておけ』と言われていたそうだ。
完全に、見透かされている。エルダー様は『君の事をずいぶん理解しているようだね』と不満そうだった。
エルダー様は兄からの知らせを聞いて、わたしがトマの店に行くと思ったそうだ。あの塔から街を確認していれば見つけられると思っていたのに、わたしが塔に登って来たから驚いたらしい。
後日、アベル様にもお会いした。スプルース領で修行した騎士が短期間で強くなることが評判になり、最近では『スプルース帰り』というと、箔がつくまでになっているそうだ。また<香力>を使って教えて欲しいとお願いされたけれど、騎士たちにはスプルース領に行って欲しいので、申し訳ないけどお断りさせて頂いた。
最近はミネオラとの結婚の準備で忙しくされているようだ。
トマには悪いことをした。わたしが急に図書館に来なくなったと思ったら、バーノルド先生からよく分からない手紙が届き、エルダー様からも連絡が来て⋯⋯とても心配をかけてしまった。
わたしが我儘を言って家出した、と言ったら妙に納得して、エルダー様に愛想をつかされないようにと小言を言われた。全然疑われないところが、ちょっと不満だ。
バーノルド先生には会えていない。葉書のお礼と、経緯を報告する手紙を書いたけれど「そちらに戻ったら、君の冒険の話を聞かせて」という一言だけが返ってきた。
わたしとエルダー様は改めて結婚の手続きをした。今度は何の不備もなく完璧だとエルダー様が胸を張っていた。
気になっていた神殿の方は、わたしたちの結婚が残ったままだった。
「もし君がスプルース伯爵と結婚する事になったら、僕との離婚の儀式が必要だったんだよ。僕は絶対に協力しないつもりだったけど」
イシル様は神殿の儀式なんて気にしない気がするけれど、黙っておく。
最近分かったけれど、エルダー様は意外と嫉妬深いようだ。イシル様の話になると不機嫌になるので、聞かれた事以外は話題に出さないようにしている。それなのに聞いてくるから、少し困っている。
スプルース領には『取り決めをして、仕事として行った』と伝えてある。求婚されたことは絶対に言ってはいけない気がして秘密にしている。
イシル様にはたとえ外国に行こうとも、居場所は必ず連絡するよう言われていたので、経緯を手紙で報告した。フランカから返事が来たけど、手紙の中はグリュートの話題ばかりだった。イシル様がやきもきしているんじゃないかと想像すると少し楽しい。手紙の最後にイシル様の字で『最後の約束の事は、ちゃんと覚えておけ』と書いてあった。スプルース領での日々を忘れる事は絶対にない。
父のことは、わたしの耳には入って来ない。国王陛下と妹の結婚は、白紙に戻ったそうだ。兄によると、妹は気苦労が多そうな王妃よりも裕福で気楽に過ごせそうな貴族の何番目かの妻になりたかったそうだ。あれだけ多くいる兄弟姉妹の面倒を見るのは、本当に大変だと思う。
「みんなが君のように、素敵な人と落ち着いてくれると安心出来るんだけどな」
にこにこ笑って言ってくれた。何事にも動じないこの方が父とは違う形で家族を導いてくれると信じている。
窓からの風が机の上の書類を飛ばしそうになり、わたしはあわてて重しを乗せる。風に乗って、甘い香りがふんわりと届く。そろそろ、エマのお菓子が焼き上がる頃だ。エルダー様から頼まれていた書類を急いで書き上げる。
声がかかるのを待ちきれないわたしは、残りの書類を後回しにして厨房をのぞきに行く。そこでは香りに誘われた使用人たちが、お茶の準備を始めていた。
図書館で子供たちに教えるための準備は、また後にしよう。
「奥さま、焼きあがりましたよ」
<終>
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