出立の準備

 王都に戻るための準備を整えた。自分の荷物は多くはない。来る時に父に持たされた服飾品や身の回りの物だけだ。増えたのは、動きやすい訓練用の服と、フランカが描いてくれた数枚の絵くらいだろうか。


 隊長、副隊長、グリュート、兵士の皆のために、最後まで精一杯、訓練場の整備などを手伝った。出来るだけ多くの木剣に<香力>を込めておく。


 皆、別れを惜しんでくれたけど、少々誤解があるようだ。


「奥方様には向いていらっしゃいませんでしたが、それでも、俺たちはピオニィ様をお慕いしておりましたよ」

「きっと、ピオニィ様の良いところを理解して下さる方も、いらっしゃいますよ」


 どうやら、婚約破棄されたと思われて慰められているらしい。聞こえているであろうイシル様は、にやにや笑うばかりで助け舟を出してくれる気配はない。


 普段の行いの報いだろう。あきらめて、受け入れた。


 フランカは、イシル様がどう伝えたのか、あっさりと受け入れてくれた。


「ピオニィはお友達だけど、お母さまになるのは無理ね。でも、これからもずっと、ずっとお友達よ」


 最後までずっと、わたしから離れず、毎日一緒に眠った。一度だけ、眠りかけた時に言ってくれた。


「きっと帰ったら会いたい人に会えるわ。そうしたら、もう泣かなくて済むでしょう?」


 わたしもフランカと離れるのは辛かった。でも、わたしにとっても可愛い妹で、娘とは思えない。フランカも<香力>が強いけど、イシル様がいらっしゃる限り辛い目に遭うことは無いはずだ。


 イシル様は、最後まであれこれ面倒を見てくれた。色々と小言⋯⋯いえ忠告も頂いた。本当にバーノルド先生のようだ。


「俺はまだ、あんたに借りを返せたとは思っていない。だから困った事があったら頼って来い。あんたは俺に、貸しがあるんだ。絶対に遠慮はするな、約束だ。それから⋯⋯気が変わった時にも戻って来い」


 別れ際に、真剣な顔で言ってくれた。わたしは、ここでの生活を忘れることはないだろう。心を込めてお礼とお別れを言った。


 馬車から兵士の皆が手を振ってくれるのが見える。フランカは泣きそうな顔でイシル様にしがみついている。中央に領主の貫録を漂わせて立つイシル様。壮大なスプルース領の城。


 ぐんぐん遠ざかっていく。


 わたしはこれから、王都に帰る。

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