騎士たちの来訪

 対戦の準備も着々と進み、ついに今日、アベル様たちが到着する。全員、騎馬でやってくるらしい。戦争でもないのに、騎士が20人もやってくるのは珍しいことだから城中が浮足立っている。


 イシル様や隊長たちは門のところまでアベル様たちを出迎えに行った。わたしも一緒に来るか聞かれたが、フランカの事を考えてやめておいた。


 門の方が賑やかになった。どうやら到着したようだ。わたしとフランカは窓からそれを眺める。


「フランカは、騎士を近くで見たくないの?」


 フランカは、ぷいっと顔をそむける。


「絶対に見たくない」


 まだ、警戒しているようだ。


 対戦は明後日。それまで騎士たちは旅の疲れを取り、戦いの準備をする。城全体が、騎士のもてなしにかかりきりになっている。グリュートがわざわざ『いかに騎士がカッコいいか』をわたしに報告に来て、フランカを泣かせていた。おろおろして懸命になだめる姿は、グリュートには申し訳ないが、年相応の男の子らしくて微笑ましい。


 泣き止みはしたものの、フランカの不機嫌さは増すばかりだ。わたしから一時も離れようとはせず、お手洗いにまでついて来かねない。イシル様と相談して、わたしは対戦当日の立ち会いも中止した。本当は立ち会いたかったけれど、フランカを不安な気持ちにさせてまで見届けなくても良い。出来る事は全てやった。結果だけ教えてもらうことにして、陰ながら勝利を祈ることにする。


「オークリーと話す時間が必要か?」


 イシル様が気にしてくれたが、それも断った。懐かしい気持ちはあるけれど、何も話すことはない。ミネオラやエルダー様の話を聞いて会いたくなっても、もう会えないのだから。アベル様も今さら、わたしと会って話す内容もないだろう。


 対戦当日、わたしとフランカは建物の窓から遠目に戦いを見た。みんな豆粒くらいの大きさだ。服装の色で騎士かスプルースの兵士かは見分けられたが、勝ち負けなどは全然分からない。


 見ていてもつまらないので、すぐに飽きて、わたしたちは絵をかいて遊ぶ。そのうち<香力>を使って、紙を飛ばして遊ぶことを思いつき、部屋中に紙をまき散らして思い切り遊んだ。


「何だ、これは!」


 イシル様が入るなり、紙だらけの室内をみて呆れた顔をした。


「まだ、対戦中かと思いました」

「驚け、17勝だ!」


 わたしは泣きそうになった。20人のほとんどが騎士に勝った。王都の騎士相手に正々堂々と1対1で戦って勝ったのだ。みんな、どれほど喜んでいることだろう。


 イシル様の顔も喜びに輝いている。


「騎士たちは納得していない。対戦相手は、それぞれ自分たちで選ばせたんだが、今度は相手を変えて対戦したいと言っている」


 これから、もう一度対戦するのだそうだ。それだけ言うと、すぐにイシル様は戻っていった。わざわざ報告に来てくれたらしい。


「みんな、騎士に勝ったんですって」


 フランカも、さすがに嬉しそうだ。わたしを騎士と会わせたくないだけで、頑張っていた兵士たちを応援する気持ちはあるのだ。


「後でみんなのところに、お祝いを言いに行きましょう」


 わたしの言葉に素直にうなずいた。


 再試合の結果、スプルースの兵士たちが15勝したそうだ。騎士の悔しがり方は相当なものだったようだ。


 遠目に見て騎士たちが引き上げた様子だったので、わたしとフランカは訓練場に向かった。スプルースの兵士たちはまだ忙しく片付けをしている。


 訓練場の近くまで来ると、グリュートの方が先にわたしを見つけた。


「ピオニィ様! 僕たち勝ちました!!」


 大声で叫んで走ってくる。周りにいた兵士たちも駆け寄って来た。みんな、涙を流しながら満面の笑みを浮かべている。王都の騎士に勝った、どれほどの誉れだろう。生涯自慢できることだ。


 フランカも、やっとわたしから離れて兵士たちとはしゃぎ始めた。グリュートの肩によじのぼって肩車をしてもらい喜んでいる。


 兵士たちが強くなったとは思っていたけれど、正直ここまで効果があるとは思わなかった。わたしがスプルース領に来た意味はあったのだ。父の仕打ちに悲しい思いをしたことも、全て報われた気がした。


 喜びにひたっていると、すこし先からイシル様とアベル様が歩いて来るのが目に入った。アベル様の赤毛を後ろに束ねたあの姿がとても懐かしい。


 フランカがアベル様に気づく前に部屋に戻ろうと思ったところで、先にアベル様がわたしに気づいた。


「ピオニィ嬢!」


 険しい顔になり、大声でわたしを呼ぶと、こちらに駆けてくる。兵士たちが気づいて、わたしの周りから身を引く。すると、フランカが泣きそうな顔をして、たちまち、わたしにしがみついた。イシル様も『しまった』という顔をしてこちらに駆けてくる。


 今さら駆けて逃げるのは、客人に対してあまりに失礼だ。仕方なく、わたしはフランカにしがみつかれたまま、挨拶のお辞儀をした。以前の気心の知れた友人ではなく、王都の騎士に対する、領主の婚約者としての挨拶だ。


 フランカにも挨拶をさせようとするが全く動かない。困ってイシル様を見ると、イシル様も困り果てた顔をしてアベル様に説明した。


「オークリー殿、申し訳ない。これは私の娘です。ピオニィ嬢を大変好いていて、あなたが王都に連れて帰るんじゃないかと警戒しています」


 フランカが、顔をくるんとアベル様に向けて、にらみつけた。


「フランカ、やめて、お願いだから!」


 わたしが必死にお願いすると、しぶしぶ身を離してアベル様にお辞儀をした。アベル様は、一連の事を困惑した顔で見ていたが、気を取り直したように、わたしに話しかける。


「姿をお見掛けしないので、気に掛かっていました」

「ご挨拶が遅れまして、大変失礼いたしました」


 イシル様が兵士たちを下がらせる。自身も立ち去ろうか迷った様子だったが、フランカが離れないと思ったからか、この場に残った。


「あの兵たちを鍛えたのは、あなたですね。リンデルの時よりもずっと改善されているようです。どういう訓練をされているのですか?」


 話して良いのだろうか。迷ってイシル様を見ると、うなずいてくれた。


「兵士たち自身で訓練できるようにしました」


 数人が<香力>を合わせて、交代で訓練をする方法を説明する。


「それは思いつかなかったな。あなたがいなくなった後、リンデルは<香力>を使える人を連れてきて試していますが、あなたの時ほどの効果は得られていないようです」


 リンデル様は、あの訓練を続けていらっしゃるのか。あの時よりもさらに強くなられたことだろう。


「他にも、ここの皆で新しい訓練方法を色々と作り上げました。リンデル様も一度こちらに来て、訓練に参加されてみると違いがお分かりになるかもしれません」

「あなたが、王都に戻ってきてリンデルを助けることは出来ないのですか?」


 アベル様の声に緊張が混ざる。どう答えようか迷っているうちに、フランカが叫んた。


「出来ないわっ! ぜっったいに、そんなこと出来ないの!」


 フランカが、またわたしにしがみつく。わたしはあわてて、フランカをなだめながらアベル様に伝える。


「ここの森や砂浜を使って良い訓練場を作りました。ここは寒さが厳しくないので冬の間も訓練を続けられます。王都にお戻りになる前に一度、森や浜辺の訓練場をご覧になってみてください」

「オークリー殿、申し訳ない。ほら、フランカ。来い!」


 イシル様がフランカを私から引き離そうとするが上手くいかない。


「オークリー様、申し訳ありません。わたし、失礼します」


 フランカを連れて立ち去ろうとすると『少し待って』と止められた。アベル様は羽織っているマントの内側から紙を取り出した。


「あなた宛てに届いた葉書を預かってきました」


 受け取ろうとしたがフランカが邪魔して受け取れない。イシル様が、代わりに受け取ろうか、と言ってくれたので遠慮なくお願いする。


 そのまま、アベル様に挨拶をして、フランカを連れて部屋に戻った。フランカは怒りすぎて疲れたのか眠たそうだ。侍女を呼んで、寝る支度をしてもらった。

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