いざ対戦
よく晴れた朝だ。まだ地面が朝露で湿っている。
今日はいつもの秘密の訓練場ではなく、他の兵士たちもいる大きな訓練場で戦う。わたしは少し緊張して、グリュート達の前に立った。
「あなたたちは、絶対に強くなったはずです。自信を持って戦ってきてくださいね」
「はッ!」
50人が心強い返事をしてくれる。
対する向こうの隊にはイシル様が何かを指示している。20日前の実力では向こうが圧倒的に強かったと聞いている。頑張ったグリュート達を勝たせてあげたい。
決戦は実戦に近くなるよう、全員が一斉に闘技場に立つ乱戦にした。木剣を使うけれど、真剣だったら戦闘不能になるような当たり方をした兵士は闘技から抜ける。30分後に残っている兵士が多い方が勝ち。
ちなみに、わたしとイシル様は隊の手助けをしても良いことにした。
どちらの隊にも属さない兵士が数十人、立会人として散らばる。彼らは分かりやすく青い布を首に巻いている。
闘技場の中で左右に分かれて兵士たちが立った。わたしの隊の兵士は深緑の服を、イシル様の隊は白い服を着ている。わたしとイシル様はそれぞれの隊の前に立つ。
ちらりと相手方を見ると、好戦的な笑顔でわたしを見るイシル様と目が合った。絶対に負けたくない。
主審を務める兵士が中央で手を挙げる。
「それでは⋯⋯、始め!」
はじまった。グリュートが高らかに叫ぶ。
「3、2、1、いくぞ!」
『いくぞ』の声でわたしの隊の兵士たちが目と口を覆う。
わたしは、地面に向かって<香力>を強めに注いだ。ドン、と衝撃音がした。
「うわぁ!」
「何だ、これは!」
イシル様の隊の兵士たちが戸惑いの声をあげる。
地面に向かって注いだ<香力>は、地中の水分を一気に飛ばした。そこに風を混ぜ込み、まるで砂のような足場にした。ところどころに、大小の穴も開けてある。
土煙が収まったところで、わたしの隊の兵士たちがイシル様の隊に向かって駆け出して戦闘を始める。
イシル様の兵士たちは、突然悪くなった足元に動揺している。轟音と共に立ち昇った土ぼこりに目をやられたり、吸い込んで呼吸を乱した兵士もいる。
しかし、さすがに精鋭だけあってすぐに体勢を立て直して、わたしの兵士たちと激しい打ち合いを始めた。
「こっちだっ!」
声をかけられて振り向くとイシル様が木剣を構えて、わたしに向かって打ちかかってきた。木剣とは言え、人に切りかかられたのは初めてだ。あまりの迫力に、腰が抜けそうになる。
「ひっ!」
とっさに<香力>で受け止める。しかし素早く2打目がやってくる。防いでも次々に打ち込まれてしまい、防戦一方になってしまう。<香力>でイシル様の動きを止めようとするが、次々に繰り出される打撃を防ぐのが精一杯でうまく集中できない。
必死に防ぐわたしを、明らかに面白がっているイシル様に腹が立つ。
(グリュート達はどうしてる?)
何とか攻撃の合間に様子を見ると、白い服の兵士はわずかしか残っていない。イシル様の執拗な打撃を防いでいるうちに決着が着いた。
主審が高らかに宣言する。
「終了! ピオニィさまの勝利!」
まだ制限時間は残っているが白い服の兵士が1人もいない。こちら側に残っている兵士は30人以上いる。圧勝だ。
イシル様が剣を収めて、離脱した兵士たちの方に向かう。みな悔しそうにうなだれていた。
わたしも兵士たちの方に向かって様子を確認する。離脱した兵士の中に大きな怪我をした兵士はいないようだ。
グリュート達は集まって泣いて喜んでいる。
「ありがとうございました!」
みんなが口々にどれだけ嬉しいかを語ってくれる。
やがてイシル様が全員を呼び集めてねぎらった。そのまま、休憩の後に通常の訓練に戻るように言うと、わたしに着いてくるように言って訓練場の外に向かった。訓練場が見渡せる位置の石段にふたりで腰かける。
「見事だった。短期間で、ずいぶんと強くなったようだが何をした?」
わたしは、今までの訓練の内容を説明した。
「今日、俺に<香力>を使えないよう邪魔されるのは、想定していたことか」
「はい。実際の戦闘でも、恐らく、敵は邪魔なわたしを真っ先に排除すると思いました。だから、わたしが<香力>を使えるのは一番初めだけ。後は<香力>が無くても勝てる方法を考えました」
グリュート達を勝たせたかったので、最初の足場を崩す攻撃をもうすこし強くしたり、風で威圧する攻撃も検討はしたけど本人たちが望まなかった。
わたしの隊の兵士たちは風の中の訓練で筋力を上げると共に、今日よりももっとひどい状態の足場での訓練を積んだ。だから、今日くらいの足場の悪さには動じないし風もない状態では、身のこなしも軽くなる。わたしの力添えは最低限にして、存分に力を発揮してもらった。
「たった20日で、ここまでやるとは思わなかった。これからは、あんたの方法で――どうした、具合が悪いのか?」
勝って気が緩んだのか疲れが一気に体にのしかかってきた。体が重くて眠くて仕方ない。日が差しているのにとても寒い。
「申し訳ありません。少しだけ休憩させてください」
立とうとするが、頭がぐらぐらする。ここでしばらく休もう、そう思ったところで、イシル様に横抱きに抱え上げられた。
「ちょっと! なんですか!」
「戻って、しっかり休め」
そのまま、城に向かって歩き出す。自分で歩くと言いたかったけど、体がもう限界だった。森の樹木の香りがする。馬車でもよく感じていた。これがイシル様の<香力>の香りだろうか。
幼い頃、遊び疲れて先生に抱きかかえられて屋敷に戻った時のことを思い出した。イシル様はやっぱり先生みたいだ。
限界が訪れて眠りがやってきた。
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